Prologue





 暗い空間の中に、ポツリ、ポツリと白い蛍火が生まれる。


 白亜の塔の屋上。そこに作られた儀式場にて、満月の明かりの下、一人の少女が魔法の詠唱を唱えていた。


御魂から肉体を描く正円


 朗々とした声は夜空へと消える。

 昼間には真白の風景を見せる都の住人で、その声を聞いたのは傍で控えている一人の老人のみ。老人というにはあまりに若い風貌だが、それでも彼は老人であった。


彼の地より縁を紡ぎ 結い直す螺旋の糸


 儀式場の上に輝く魔法陣の、白い魔法光の中――膝をついて手を組み、祈りを捧げる少女の口から、さらなる深淵の言霊が紡がれる。


 魔法という名の神秘。少女が選び行使している魔法は『儀式魔法』と
呼ばれる、高度な魔法の中でも最難とされる魔法の一つ。十四程度の少女が使うことなど到底無理な、魔法の秘奥の一つとも数えられる魔法だった。

運命を招く我が存在を鍵とし

 それでも少女は、秘奥の魔法たる[召喚魔法]のための、イメージである言葉を並べていく。

 脳裏に描く螺旋の縁。招くものに対する畏敬と崇敬の念――招くことの意味を思い、少女の可憐な顔は、不安に押しつぶされそうな表情となっていた。


 そんな孫の姿を見て、儀式をじっと見ていた老人はピクリと片眉を上げる。

 今行われている儀式魔法には不備があることを、[召喚魔法]の権威とさえ呼ばれた、賢者たる老人は気付いていた。儀式場には限界を超えるほどの魔力が注ぎ込まれ、静寂の夜に骨の軋むような音を奏でている。

 あまりにも魔力の使用量が多すぎる。

繊細な[召喚魔法]は、より多く魔力を注ぎ込めばいいと言うわけではない。制御することに主を置く魔法だ。魔力の量は、必ず適量でなければならない。


因果により結ばれし御身を招き寄――

「やめよ」

長々とした少女の詠唱を、老人は一言を持って中断させる。

プツリと途切れた詠唱の言葉に、魔法光の輝きが乱れ、徐々に減退していく。

それを俯き加減で見つめている少女へと近付き、老人は注意の言葉だけをかけた。


「例え『召羅の魔道書』の手助けがあると言えども、使徒様の血液を触媒にした儀式場と言えども、[召喚魔法]は難しい魔法だ。生半可な気持ちでは成功せん。特にクーヴェルシェン、お前が行う[召喚魔法]はな」

「……ごめんなさい、おじいちゃん」


「謝ることはない。明日旅立つ前に、強引に[召喚魔法]を完成させようとしたのは儂なのだからな。――明日は早い。もう寝なさい」


 祖父の言葉に、孫である少女はコクリと頷く。


「……もう一言だけ。クーヴェルシェンよ、自分をあまり卑下するでない。

 選ばれたお前は、選ばれるにたる理由と資格があるのだ。過度に自分を卑下することは、逆に選んでくれたお人を蔑むことになる。それをよく覚えておくがよい」


 最後に一言言い残し、老人は塔の屋上から去る。


「…………私は……」


 白い光が消え、辺りが月明かりのみに照らされた暗い空間に戻る。その中で一人、少女は夜空を見上げた。


 ここから見えるあの満月を、あの人も見上げているのだろうか?


 秋のとある日。

旅立つ前日の夜――見仰ぐ月の優しい光を受け、少女は静かに涙を流した。









 進む

inserted by FC2 system