Prologue





 豪華絢爛なダンスホールに響くのは、楽団の奏でる美しい調べ。


 シャンデリアが照らす光の下、真紅の髪と瞳が美しい白いドレスの少女が、凛々しい立ち振る舞いで人々を魅了していた。


 賞賛は、常にその気高き家名と称号と共に捧げられる。


『いと高きシストラバス』


『不死鳥の血を継ぐ者』


『竜滅姫』


――リオン・シストラバス」

 様々な異名を持つ少女に声をかけたのは、年齢にして十八、九。金髪の髪が美しい、一目では少女にも見えてしまう美貌の少年であった。

「皇太子殿下」

 リオンは声をかけて来た彼に振り向き、その名を呼ぶ。

広々としたホールに集った、グラスベルト王国内の貴族たちの中にあって、なお彼の持つ雰囲気は高貴。それもそのはず。彼こそは、やがてはイズベルト三十三世の名と共に王冠と玉座を受け継ぐ、この国の第一王子――クリスナ・イズベルトその人である。

美貌の少女に声をかけようと、互いを牽制しあっていた若い貴族たちの間を抜けてやってきたクリスナ。さすがに王族を前にしては、独占欲の高いグラスベルト貴族と言えども、身を引くしかない。

 しかし壁に寄り、他の女性に近付きつつも、彼らの視線は二人に釘付け。

いや、彼らだけじゃない。ホール中の視線は国の王子と大貴族の一人娘に釘付けだった。

 いずれも名高い名主たちの視線を浴びつつも、気品も落ち着きもそのままに、クリスナはリオンに向けて手を差し出す。


「ミス・シストラバス。もしよろしければ、私と一曲踊っていただけませんか?」


 楽団の演奏に、王城のダンスホールに集まった貴族たちのどよめきが混ざる。


 麗しき王子クリスナが、ついにあのリオン・シストラバスにダンスを申し込んだ。

これはその言葉以上に大きな意味合いを持つ。ダンスを申し込むという行為は、好意の表れに他ならない。特に王子が自ら手を差し伸べダンスを申し込むなど、求愛以外の何ものでもない。

ゴクリ、と一斉に唾を飲み込んだ貴族たちは、さらなる興味の視線で二人を見る。


 こうなれば、後はリオン・シストラバスの対応次第だ。

凛々しき騎士のお姫様は、王子の視線、周りの視線、あらゆる全てを受けながら、毅然とした態度で首を横に振った。


「申し訳ありませんが
(わたくし)、今夜は誰とも踊る気がありませんので。皇太子殿下には申し訳ありませんが、他の方をお誘いなられるようお願いいたします」


 他の貴族なら、即座に無礼者だと罵られる返事を、リオンは何の躊躇なく王子に向ける。

 

『始祖姫』ナレイアラの系譜――シストラバス家の竜滅姫の名は伊達ではない。

クリスナ王子は確かに国内では最も偉い人間の一人だ。しかしこれが聖地に行くと、王子もリオンも地位的には同じ位になる。いや、リオンの方が上になるかもしれない。

 王族の地位は聖神教の最高指導者使徒』よりも低く、その従者である巫女』のほんの少し下と位置づけられている。対して、リオン・シストラバスのような使徒の血を引く――つまり『聖君』の地位は、確固たる取り決めこそないが、巫女と同等と考えられている。もっとも、シストラバス家の竜滅姫は、地位以上に大きな役割を担っているわけだが。


「そうですか」

 貴族たちの間から溜息と安堵の息がもれる中、クリスナ王子は口を開く。

「それは残念です。また日を改めて申し込むことにしましょう」

 こうなれば、注目を一身に浴びることになるのはダンスを断られた王子の方だが、王子は断られたことに憤慨することもなく、素直に手を引き、美貌の顔に心配げな色を過ぎらせるだけ。


「……ミス・シストラバス。しばらくお会いしていない私でも、あなたの心の痛みは分かるつもりです。大丈夫でしょうか?」


 何も事情が知らない相手では、意味の分からない言葉をクリスナ王子は口にする。

 しかしリオンは即座に王子の言葉の意味を理解し、一瞬物憂げな表情となった。

「申し訳ありません。父があなたに無茶なことを申しました」


「いえ、構いません。国王陛下のお言葉は、とても理に適ったお言葉でした」


「しかし、あなたのような国にとっても、誰にとっても大事な人の未来を、まさか武競祭などで決めようとは。正気の沙汰とは思えません。あの大会には平民すら、野蛮な傭兵すら出るというのに」

 静かな憤慨を露わにするクリスナ王子は、一歩リオンに詰め寄る。


 彼の瞳をまっすぐ見て、リオンは淀みなく綺麗に笑ってみせる。


「そのことなら心配いりませんわ、皇太子殿下。だって――

 それは壮絶な、自信が溢れた笑み。

 見る者すべてに王者の貫禄を見せつけるとともに魅了する、リオン・シストラバスという少女らしい笑みだった。

リオンは片時も離すことのない、母親の形見であり騎士の誇りである右手中指にはめられた指輪を見せ、来るべき戦いの優勝者が誰であるか、クリスナ王子に向かって――集まった全ての人に向けて明確に宣言する。


 

――――此度の武競祭には、私も出場いたしますから」


 そう、全ては半年前の事件を本当の意味で終わらせるために。

 ――紅き騎士姫はここに、『第一回レンジャール武競祭』への参加の表明をした 









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