第十話  武競の名において





 告げる祝砲を合図として、武競祭本戦は予選よりも大々的に始まった。


 開会式には埋まってなかった来客席、貴賓席も今日はほとんど埋まっている。


 十の予選会場に分散していた観客たちも王城コロシアム一つに集まり、予選を勝ち抜いた者、騎士団から選ばれた者が戦う姿に魅せられる。剣戟の音は歓声と罵声によってかき消されることなく響き、白熱した空気は一戦ごとに加速していく。


 武競祭と呼ばれるにふさわしい華やかさを見せつけて、また一人、勝者と敗者とで線引きがされる――午後へと移り変わった現在、すでに本戦一回戦は前半を終了させていた。


 三十二名いた参加者の内、前半八組が戦って、二回戦へと八人が駒を進めた。残り八人は敗北と賞賛とを背負って退場した。

 そして今、本戦一回戦後半部の最初の試合にして、誰もが待ち望んだ戦いが始まろうとしていた。

 ここに来て、会場の熱気は最高潮へと上り詰める。


『さぁ、ついにやってきました! そう、皆様の多くが心待ちにしていたあの方の登場です!』


 拡声魔法によって大きくなった声を会場中に轟かすのは、選手紹介を任された『騎士百傑』序列八十二位に席を置く騎士――アブスマルド・ナッケルディ。卓越した剣捌き以外にも、普通の魔法使いとは違う奇妙な魔法を扱う異色の魔法騎士だ。


 二十五メートル四方の石のリング上全てを見下ろす位置に腰掛け、隣に騎士団の重鎮を置いての紹介なのに、まったく気にせずゴーイングマイウェイ。午前中から元気マックスで行われた独特の紹介は、賛否両論の声があがっている。

『古えより謳に聞こえた、我が愛すべき祖国グラスベルト王国が誇る不死鳥の系譜! 騎士の中の騎士のお姫様!』

 

 そんなアブスマルドも興奮を隠せないとばかりに、いつもより長く前説を入れて十八番目の選手の登場を盛り上げている。

 同じく戦う十七番目の選手の紹介は極々普通だったのに対して、圧倒的な長さだ。それも仕方がないとはいえ、観客席から見守るジュンタは、十七番目の選手がかわいそうでならなかった。


「あの選手だって予選を勝ち抜いてきた選手だろうに……哀れな」

「それは仕方ないわよ。だって次の試合は紛れもなく、今日の試合の中で最も注目されているんだから。ジュンタ君だってそうでしょ? 今までの戦いよりも注目してるわよね?」


 漆黒の甲冑をつけ、アルカンシェルに扮装するジュンタの呟きに、隣に座ったトーユーズが答える。


「まぁ、そうですけど。色々な意味で、注目度は一番でしょう」


「ふふっ、だからって見とれてるだけじゃダメよ? 次の戦い、しっかりと見ておきなさい。情報だけじゃなくて、その目でちゃんと見るのは重要よ。勝つためにね」

 全身甲冑男と色っぽいねーちゃんとの組み合わせは非常に目立っており、やはり威圧感を感じるのか、混雑する観客席の中では比較的過ごしやすい。

 観客席を回って売られていたエールを片手に、トーユーズは長々と続けられる演説じみた選手紹介にケチを付ける。


「しかし相変わらずアブスマルドの熱狂は長いわね。よく舌は回る子だけど、選手を差別している時点で紹介者としてはダメダメね」

 同じ『騎士百傑』に名を並べるトーユーズは、紹介をしている騎士アブスマルドを知っているのか、そう評価する。そんな彼女の声が実況席まで届いたはずもないが、トーユーズのその文句に合わせたように、ついにアブスマルドの前説は終了に至った。

『その美しさに酔いしれやがれコンチクショウ! できれば俺も出場したがったぜコノヤロウ! あ、ゴメンゴメン嘘々。愛してるよハニー! と――さぁ、今こそ呼ぼう高らかに! 本戦第一回戦・九回戦目! 二人目の登場はこのお方――


 シン、とそのタイミングで紹介、観客、貴賓席が静まりかえり、

――リオン・シストラバス選手だぁッ!!』


 一瞬のあと、爆発的な声で溢れた。

 黄色い声援が飛ぶ中、悠々とリング中央へと歩み出る一騎の勇姿。

 陽光に輝く紅き鎧の騎士。携えるのは竜滅の剣ドラゴンスレイヤー。


 優勝候補筆頭リオン・シストラバス――彼女の登場によって、会場にいる人間のボルテージは否が応にも膨れあがる。


 それも仕方がない。なにせ
噂に名高い竜滅姫のリオンである。ほとんどの人間は彼女の姿を今まで見たことなかっただろうし、流れる真偽不明の噂もあいまって、騒ぐなという方が無理な話。男女問わず感嘆を誘う容姿は凛々しく、誰もが期待を向けずにはいられないのだ。


 それはまたジュンタも同じだった。いや、その度合いをいえば渦中にいるだけ大きい。リング中央にて待つ対戦相手の下へと進み出たリオンを見て、拳に力が入るのは止められなかった。

「さぁて、我らがお姫様はどれほど成長したのかしらね」


 騒ぐ周りに掻き消えない声でトーユーズが呟く。

 また一人の騎士である彼女も、リオンの戦いには期待を向けているらしかった。

『さぁさぁさぁ、始まりますよ皆さん! リオン選手の勝利を飾る拍手の準備はいいですか? あ、なんですか騎士団長? 勝負は終わるまで分からない? あっははは、何もうボケちゃったんですか? 今回に限ってはそんなのもう決まったも同然でしょ。そ――

プツン、とアブスマルドの声が途切れる。 

ついに唯一はっきりと響いていた声が消え、歓声が全ての音を塗りつぶた。

 大きな声はリング中央にいたレフリーの開始の合図までもをかき消して、ほとんどの人々は開始の声もなく試合が始まったかのように感じたことだろう。


 観客の声が消えたのは、澄んだ剣戟が響いたときだった。

 熱狂している間に、いつの間にか試合が始まっていた。名も覚えていない屈強な傭兵対名も高き騎士のお姫様。折角の戦いを逃してなるものかと、声は小さく絞られる。

「速い」

 試合開始した途端に、剣を構えたリオンは即座に動いていた。


 構えから一瞬で相手の懐へと飛び込み、そのまま一閃。
 真正面からの移動を奇襲並みの唐突さで行えたのは、一重にそのスピード故に。

 

 奔った剣の鋭さは、触れたもの全てを切り裂く威力。


 ほとんどの相手なら今の一撃で沈んだことだろうが、相手も誰からも期待されていなくてもここまで勝ち抜いてきた選手。リオンの一撃を得物である槍を咄嗟に盾にして防ぎ、お返しに大きく薙払いを放った。


 これをリオンは軽々と交わし、その後は互いに正面切っての鍔迫り合い。

「なるほど、これは確かに」


「先生?」

 ジュンタの目には、遠目のために実力差がよく分からなかったのだが、トーユーズの目にはしっかりと映り込んでいたらしい。エールを飲むのも忘れ、彼女は戦闘に見入っていた。


 剣戟の音を耳にし、騎士としての顔をのぞかせて、トーユーズはリオン・シストラバスを素直に賞賛する。


「役者が違うわね。まさか、こんなに成長しているなんて」


 そのトーユーズの言葉の通り、急速に試合は決着に至っていく。


 リオンがいったん、対戦相手から距離を取る。
 
間合いを測るようにリオンは剣をゆっくりと構え、警戒と迎撃の構えを取る相手に切っ先を向けた。

 それからの攻撃速度はこれまでの比ではなかった。


 ドン、とリオンの身体が一気に加速する。

 真正面からの上段斬りという策も何もない一撃を、リオンはその加速のまま相手に肉薄して振り下ろした。

ただそれだけで良かったのだ。そうリオンが判断を下し、実行に移したのなら、対戦相手の実力はそれで事足りるということ―― 紅い刃は相手の構えた槍の柄ごと、相手の鎧を砕き断つ。

「……これで終わり、なのか?」

 ドサリと倒れ込む対戦相手を見て、リオンは剣を手の中で指輪に戻す。
 開始から一分も経っていない。それは息を止めていたことも気付かずに済んだほどに、あっという間の決着だった。


「わかる? ジュンタ君。リオンちゃんは最初冷静に相手の手の内を探っていただけ。誇る腕を持ち合わせていながら、その剣には一切の過信がない。……強いわよ、ああいう子は。とんでもなくね」


 大歓声を背に会場を去っていくリオンを黙って見つめるジュンタに、トーユーズは言う。


 未だその全力を見せない騎士――リオン・シストラバスの二回戦出場は、ただ観客を魅せただけで決定した。







       ◇◆◇






 武競祭本戦に参加する選手が控え室に赴く頃合いは、自分の番に間に合えばいいとのこと。


 リオンの試合を見終わり、さらに次とその次の試合が終わったところで、何杯もエールを飲み干して酔っぱらったトーユーズが、色っぽい流し目と共に訊いてきた。

「ねぇ、ジュンタ君はまだ控え室には行かなくてもいいの?」

「俺の試合は一番最後ですから。まぁ、もうそろそろ行きますけど。次の試合を見終わったら」


 トーユーズにジュンタはそう返事を返す。

 正直リオンの戦いを見てから、身体が興奮しっぱなし疼きっぱなしで、一度クールダウンさせた方がいいのだが、もう一つ見なければいけない試合が存在した。


 それこそが次の二十三番と二十四番の戦い。即ち、クーの出る試合である。


「ん? ああ、そう言えば次の試合ってクーちゃんが出る試合だったわね。それは確かに、ジュンタ君は見なきゃダメよねぇ」


 そのことにトーユーズも気付き、とても意味ありげな視線を向けてくる。

 この酔っぱらいが何を勘違いしているのかは定かではないが、きっとろくでもないことを考えているに違いない。放っておこう、この後ある試合のためにも。


 そうこう師弟が遊んでいる内に、前の試合から復活した選手紹介の声が、次の試合の選手紹介に移った。

『次の試合。まず一人目の出場者となりますは、今大会恐らく最年少にして唯一の魔法使いキャラ。シェノッフェンの決闘場からの本戦出場者は、野郎が多い本戦において本当に目の保養になりますありがとう』

 リオンの試合を経ても何ら反省の色なく、自分の趣味爆発の実況を騎士アブスマルドは行っている。ちょっと丁寧口調だが、言っていることに変わりなければ意味がない。

ジュンタには登場を待っているクーが、恥ずかしがっている姿が容易に想像できてしまった。


『男女問わず、シェノッフェンの決闘場に駆けつけた観客を虜にした双璧の片割れ。愛らしい、かわいらしい、マスコットみたい、お持ち帰りしたいと大人気! 稀少属性エルフを持つちびっ子ファイター! クーちゃんこと、クーヴェルシェン選手の登場です!!』

 アブスマルドの紹介に合わせ、選手入場口からクーがリングへと進み出る。

 遠目からは分からないが、その顔は耳まで真っ赤になっていることだろう。謙虚なクーは、アブスマルドの言ったような言葉は苦手も苦手だ。


 さらにそこへ追い打ちをかけるように ――

『クーちゃ〜ん! がんばって〜!!』

 近場の席から野太いのにおねぇ言葉という、そんな大きな声がクーに向かって投げかけられた。視線は向けたくないので向けないが、そこには間違いなく応援に駆けつけた、余所行きの格好をしたルイ店長たちがいることだろう。


「あ〜あ。クーちゃんったら、完璧に緊張しちゃってるわね」

 どういう視力をしているのか、トーユーズはとろんとした眼で苦笑する。


 ただでさえこういう場が苦手なはずのクーだ。その上プレッシャーをかけられたら、そりゃ緊張するに決まっている。
予選でファンもつけてしまったらしく、クーを応援する声は多い。それがクーにとっての力とならず、逆効果になっているのは明白だった。


「さぁ、ジュンタ君。今自分が何をすべきか――うん、分かってるようで感心感心」


 手と足とを一緒に出してリング中央へと進んだクーを見て、優しい笑みをトーユーズが向けてくる。


 ジュンタは強くトーユーズに頷いて、歓声に負けぬよう大きく声を張り上げた。


「クー! がんばれよ――ッ!!」


 腹の底からの声に、近くにいた人たちがぎょっとするが、そんなものは気にならない。

 クーの顔は確かにこちらを向いたのだ。
 かなり離れているため、本当にクーがこちらの姿を見つけたのかは分からない。けど、きっと見つけたのだとそう思う。ジュンタには、クーの肩から力が抜けたように見えた。

「ふふっ、素敵よ男の子。クーちゃんの緊張、ほぐれたようだわ」


「だとしたら嬉しいですね」

 トーユーズの確認をもらって、ジュンタは兜の隙間から見える口元に笑みを浮かべる。


「でも、実際クーちゃんの実力はどうなのよ? あたしは見たことないから知らないけど、ジュンタ君はもちろん知ってるんでしょ? どう、勝てそうなの?」

「クーは強いですよ。俺なんかよりずっと」

 アブスマルドによりクーの対戦相手が紹介される中行われたトーユーズからの質問に、ジュンタは自信をもってそう答えることができた。

「俺もクーが本気で戦ってるところは、実際のところ見たことありませんけど。それでもあいつは強いです。毎夜の戦いで疲れた状態でも、俺じゃ到底敵わないくらいです」

 クーヴェルシェン・リアーシラミリィ―― 彼女はエルフであることを差し引いても、優秀な魔法使いだ。その実力はリオンにも匹敵すると思っている。もちろんクーの本気も、リオンの本気も、ジュンタは見たことがないが、それでも二人からは等しく強者たる何かを感じるのだ。


「クーちゃんの相手は馬鹿貴族ね。でも、子供の頃から鍛錬は積んでる。ある程度は手強いわよ。そもそも、魔法使いってのはこういう戦いには不向きなのよね」

 クーとその対戦相手として現れたミハエル・レストバルという金髪の男を見て、トーユーズは一般論を口にする。

 魔法使いは決して一対一でも戦士に劣るわけではないが、本来魔法使いの力は、戦士に守られる後衛において最も発揮されるもの。

 
剣の一撃よりも広範囲に高威力を発揮する魔法は、戦術としては高い力を発揮する。が、それがこういうリング上での戦いとなると劣勢にならざるがえない。


 魔法使いの戦闘に欠かせない魔法は、簡単なものなら無詠唱でも大丈夫だが、高位のものとなると長い詠唱が必要不可欠となる。それは一対一の戦いにおいて、致命的な隙となるのだ。


 これが戦場などなら問題はない。魔法使いは戦闘前に、自分が詠唱できる時間を稼ぐ何かを持って戦場に赴くこともできよう。魔法使いの戦闘は、いかに詠唱時間を確保できるかにあるのだから、その点を気にしない魔法使いはいない。

 けれど、一対一の決闘となれば話は別だ。


 詠唱を確保する距離も、リングで区切られた戦闘フィールドでは難しくなる。身を隠す場所もなければ、トラップも仕掛けられない。確実に不利となるのは道理だった。


 現に本戦に出場した選手の中に、魔法使いはクーしかいない。


「クーちゃんが勝つには、魔法の詠唱をどうするかがポイントね。一体どうするのか、そこまでジュンタ君が言うなら、応援しながら楽しませてもらおうかしら」

 騎士相手に劣勢なのは、クーだって十分承知しているはず。こと戦闘にかけてはジュンタよりも遙かに上を行くクーが、そう易々と敗北を喫するはずもない。


 一緒にいるからという理由だけではなく、冷静な部分がクーの勝利を確信する。



 果たして――ジュンタの予想は的中することになる。その過程は、少々予想とは違っていたが。



「…………驚いた。ジュンタ君、あなたこれを予想してたってわけじゃないわよね?」


「この結末はともかく、こんな過程を辿ることになるとは思ってませんでしたよ」


 シ〜ンと静まりかえった会場内。

 
リング内には、カチンコチンに凍りついたミハエル・レストバルの氷像が。

 
開始数十秒後に誕生したそれを前に、クーは勝利の余韻も喜びも何もなく、ただガクリと肩を落としていた。







 時は少しだけ前に遡る。


 選手紹介の過大なお言葉とともに、クーはリング内に入場を果たしていた。


 心にあるのは、ただ勝利の二文字のみ。
 偉大なる主のために、何が何でも勝利をもぎ取らなくてはならない。予選とは違って会場内にはジュンタもいて、自分の戦いざまを見ていることだろう。無様な戦いは許されない。


(だ、大丈夫。サネアツさんに相手の情報は教えてもらいましたし、勝てないことはないでふよ、わたひっ!)

 心の中での鼓舞ですら噛んでいるクーは、もう目を回す寸前まで緊張していた。

 

 耳に付く大歓声と、自分の名前を呼ぶ応援の声に、とてもじゃないが平静などは保っていられない。入場前に行った緊張を解すお祈りも、実際リングに出てくると数秒で効果が切れた。

「あぅ、あぅあぅあぅ……」

 意味不明な呻き声を上げながらも、クーはがんばってリング中央へと歩み寄っていく。


 レフリーの人がそこにいて、ああ本当にここで戦うんだなぁ、という気がしてくる。ついでに、
なんだかとても負ける自信が沸々とわいてきた。というか、戦いの前に気絶する自信があった。


(どどどどど、どうすればいいんでひょうか!? も、もももももうすぐ試合が始まってしまひまふっ!)

 噛み噛みな切実な叫びを胸に、クーは遠い向こう側の入場口に見える対戦相手を視認する。
 なんだか輪郭が歪んでいる彼が目の前までやってきたら、即戦いだ。今の状態だと確実に敗北することだろう。

そうなれば…………考えたくもない。ご主人様に失望されてしまう。

そんな考えが、さらなるプレッシャーとなってクーを襲う。

永久螺旋の緊張の連鎖。バクバクと心臓が爆発しそうなほど鼓動して――



「クーッ! がんばれよ――ッ!!」



 ――その言葉を耳にした瞬間に、全ての雑音が消失した。

 まるで自分のものではないように感じていた身体に、急速に意識が通っていく。頭の先から足の先まで新たに生まれ変わったかのよう。緊張からくる痺れは指先から抜け出て、ギュッと手を握ると問題なく力が入った。

 ああ、とクーは穏やかな気持ちになる。


 大歓声で溢れた会場の中、しかし自分のためを想っての叫びは、確かにこの耳に、胸に届いた。


(本当に、ご主人様はいつも私に力をくださいます)

 きっとあの人は知らないだろうが、それで自分がどれだけ助けられているか。

 感激と感謝で胸にあった緊張を吹き飛ばし、クーは静かに会場の一角を振り向いた。


 そこにいたのは黒い異容。禍々しい魔力を迸らせる、漆黒の騎士。


 だがクーは知っている。その騎士がとても優しいことを。とても優しい人であることを。知っているから、その偉大なる人を助けたいと心の底から思うのだ。


「ご主人様のために、私は負けられません。負けません」


 自分が戦う意味を再認識し、クーは視線を入場してきた相手選手へと向ける。

 ミハエル・レストバル。

 
侯爵家の嫡子である騎士の男性。年齢は二十二歳で、典型的な貴族としての性格に、少しの自意識過剰を加えた性格をしている。

得物は槍。端整な顔立ちから受ける印象は細いが、その槍捌きは重く鋭いという話。

自分がこれから倒すべき金髪碧眼の彼を見て、クーは静かに戦闘論理を組み立てていく――レフリーを挟んで目の前に立った彼が話しかけてきたのは、ちょうどその時だった。

「やぁ、かわいらしいお嬢さん。これからこの美しい僕と戦うわけだけど、どうだい? 棄権をしてはくれないかな?」

――クーヴェルシェン選手対ミハエル・レストバル選手。試合開始ッ!」

試合開始を告げるレフリーの声を完全に無視して、長い金髪をかき上げ、爽やかにミハエルは言葉を続ける。


「ほら、僕は知っての通りレストバル家の次期当主、つまりは薔薇の貴公子と称えられるべき騎士なのさ。そんな僕が君みたいなかわいい子を公衆の面前で倒すのは、ほら、少々美しくないだろう? 僕と君、同じ美を有するもの同士。話し合いでの決着の方が美しいと思うのだが」


「………………はぁ……えぇと……」

 何だろう? 今のどういう意味なんだろう? もしかして挑発されているのだろうか?


 ミハエルの言葉の真意がわからないクーは、表面上の意味を真意として首を横に振った。


「すみませんが、その提案には承諾しかねます。私は棄権できません」


「そうか……ああ、悲しいな。とても残念だが、僕らは戦うしかないのだろう。これもまた薔薇の悲しき定めなのか」

 バッと自分の顔に片手を添え、もう片方の手で薔薇の装飾がなされた槍をクルリと大仰に振り回して、ミハエルは構えを取る。

 言動はどこかおかしいが、その槍捌きは情報にあった通り、決して油断できるものでは確かになかった。


「それでは、君の美へのせめてもの手向けだ。僕に一撃を与える権利を君に差し上げよう」

 ……できなかった…………できない………………しちゃダメですか?


「あの、それってどういうことなんでしょうか?」


 完全に戦意を削がれたクーは、そろりと片手をあげてミハエルに尋ねる。


 ミハエルはまるで薔薇の花を持っているかのように薔薇の槍を持って、ポージングを取りながら説明してくれる。


「つまり君に、この僕に一撃を与えるという誉れを――華を飾らせてあげようということさ。
 さぁ、遠慮はいらない。僕の美しい肢体に対し、遠慮容赦のない攻撃をしてくれたまえ。もっとも、可憐な魔法使いである君の攻撃は、僕の槍の前では無効化されてしまうだろうがね!」


 アハハハハ、と高らかに笑っているミハエルの表情は、至って本気だ。マジだ。


 本気でミハエルは自分に最初の攻撃をしていいと言っている。冗談ではない。自分の持つ武器に相当自信があるのか、完全に無防備である。
だが、いかに武器に自信があっても、初見の相手に攻撃を譲るなんて愚かしいにもほどがある。さすがのクーもこれには呆れるのを我慢できなかった。

「……分かりました。そこまでおっしゃられるなら、お言葉に甘えさせていただきます」


 無意味なポージングを決める彼にこれ以上付き合うのが疲れて、クーは魔法の詠唱を開始した。


 一応初撃だけを入れていいとの話なので、最初から様子見無しの魔法を放つことにする。
 どうやらあの槍は魔法攻撃を無効化する力があるようなので、その辺りを踏まえて使用する魔法を選択する。


全て凍てつくのなら心は置いていけ 全て凍えるのなら身体は置いていけ さすれば想いだけが残ろう 神の御許に運ばれるであろう

 警戒していた詠唱中の攻撃もないので、いつもなら使い勝手の悪い、長い詠唱の魔法を選択する。一撃限定なら、選ぶべきは最良にして最強だ。

凍土の名は汝が名 凍結の時は汝が時 氷結の意で我らを試す 其は煌めく氷棺なり」 


 始まらない試合にざわめく会場を、そのときクーが放った魔法の吹雪が襲う。

 

 吹雪の中央はミハエル・レストバルその人。

 視界を奪う吹雪が止んだあと、ミハエルの立っていた場所には巨大な氷柱と、その中でポーズを決めたまま凍り続ける彼の姿があった。


 魔法系統・氷の属性――
氷の棺が汝を試す(オルディアルアイスコフィン)


 長い長い詩を詠唱とする魔法は、威力でいえば儀式魔法にも匹敵する。
 いかに無効化されても、辺りの空間ごと相手を氷漬けにし続けるこの魔法は、生半可な力では破ることは無理だ。

「勝者! クーヴェルシェン選手ッ!」

 …………場に氷の冷たさ以外の寒さが残る中、ミハエル選手の行動不能を悟ったレフリーが高らかにクーの勝利を告げた。


 熾烈な戦いの末に勝利をおさめ、ご主人様に褒めてもらう予定が――決心と想いを返して欲しいと、そうクーは思って肩を落とした。







       ◇◆◇







 対戦相手の名前はウィミニス・スニア――三大騎士侯爵家と呼ばれる家柄に属す、騎士団の代表選手である。

 エルフリージ家、レストバル家、そしてスニア家の三つの家系は、王家の血こそ混じらなかったが、押しも押されもせぬグラスベルト王国の重鎮である。貴族の位が高いだけではなく、その騎士団の保有戦力も相当なものだという。

 だが優秀な家に生まれても、決して全員が全員優秀であるとは限らない。


 ウィミニスは、家督を継いだ長男から年の離れた次男坊としてスニア家に生を受けた。
 
家督争いなどなく、ただ貴族として甘やかされて育った彼は、大層な暴君として育ってしまったのだとか。


 そんな情報をサネアツから受け取っていたジュンタは、あらゆる外部からの音をシャットアウトして、選手入場口に続く通路の壁にもたれかかり、イメージトレーニングを行っていた。


 相手は剣を携えた騎士ウィミナス・スニア。


 剣の腕を磨くより、女と遊んだりする方が好きだという彼だが、騎士の家に生まれたため、もちろん一通りの修練は積んでいる。その年数は決して彼を裏切らない。

 想像の中のウィミナスは、普通よりも短めの剣を素早さを生かして振るっている。相手をいたぶるように、自分の強さを誇示するかのように振るわれる剣は、決して侮れたものではない。


 気を付けなければ負けるのは自分だ――そう強く心に刻んで、ジュンタは耳に届いた歓声に壁から離れる。

 武競祭本戦第一回戦。そのトリを飾るのが、三十二番のクジを引いた自分の役割である。


 明日へと戦いを継がせるために、場を熱狂のままに終わらせなければならないとはトーユーズの弁。美しいことに拘ることはないが、観客を味方につけるのもプラスなのだとか。


『さぁ、いよいよ本日最後の試合になります! 皆さん、次の拍手は力を出し惜しまないでくださいね!』

 結局最後まで変わらなかったアブスマルドの声を耳に、ジュンタは自分が呼ばれる番を待つ。


 暗がりから光指す舞台へじっと視線を注いでいると、先の戦いを行っていた選手が戻ってくるのが見えた。


 やってきた選手の顔に悲しみはない。恐らくは勝利した選手――それ即ち、次の対戦相手ということになる。

 

 相手を思わず観察したジュンタは、勝者の予想が外れたことに内心舌打ちをした。

(戦力的には五分五分だったけど、嫌な方に転がったのか)

 少し目の前で立ち止まった相手は、パーティー会場で知り合ったシーナだった。軽く肩で息をしつつ、鞘に収めた剣をしっかりと握っている。


(シーナが次の対戦相手か。見知った相手だと、少しやりづらいけど)

 そんなことを内心で思うジュンタは、今からの試合で負けることは考えていなかった。それはサネアツの集めた情報を元に、すでに勝利へと自身を導く戦闘の組み立てが済んでいるからである。油断はしていないが、緊張もあまりない。


 よってこの一瞬だけとはいえ、ジュンタの意識は次の対戦相手であるシーナへと向いていた。

 シーナは無論、アルカンシェルがサクラであることは知らない。彼女が立ち止まったのは、『竜の鱗鎧(ドラゴンスケイル)』が放つ禍々しさにあてられた結果だろう。表情も険しい。


「アルカンシェル選手、出番になります。どうぞこちらへ」

「ああ」


 入り口に控えていた騎士に呼ばれ、ジュンタは
低く作った声で頷き、意識をこれからの試合に傾け直す。

 シーナの横を通り抜ける。彼女はじっとその場に立って、


「……あなたは危険だ」


 すれ違いざまに一言そう囁いて、控え室へと続く通路の向こうに消えていった。


「危険、か」

 シーナに言われたことはまったくもって事実である。少なくとも『竜の鱗鎧(ドラゴンスケイル)』が放つ気配を見て、善い者だと思う奴はいないだろう。それはシーナだけの認識ではなかったようで、ウィミナス・スニアの選手紹介を終えたアブスマルドもそんな認識を持っていたらしい。

『さぁ、続いて紹介しますは今大会唯一のマスクキャラ! 漆黒の甲冑で素顔を隠すは、年齢不詳性別不肖本名不肖不肖不肖不肖と不肖だらけの謎マスク! 見るからに中ボス臭漂う彼は、果たしてラスボスになれるのか! アルカンシェル選手だァッ!!』


(どちらにしろ、最終的には正義の味方に倒される役回りじゃないか)

 散々なアブスマルドの紹介を受け、ジュンタは一歩、光指す舞台への道へと足を踏み出す。


 瞬間――――膨大な声が、光と共に落ちてきた。


――ッ!」

 観客の声。実況席の声。誰かの応援する声。
 声、声、声――あらゆる声が混ざり合って、太陽の光とともに落ちてくる。


 これが舞台に立つということ。これが武競に立つということ。

 クーが緊張したのも無理はなかった。むしろ、よくぞあのレベルで済んだとジュンタは感心してしまう。


 ……思えば、人間と戦うのはこれが初めてのこと。実戦という意味では、これが最初だ。


――上等」

 漲る闘志。襲ってくる緊張。その全てを受け入れ、ジュンタは石のリング上へと進み出る。


 観客の声は雑音ではなく、戦いのフィールドを作る要素の一つと考える。
 ある意味では陽動することによって戦闘にも影響させることができるのだから、その考えは間違ってはいない。そう思えば、声は気にならなくなる。

 自分は戦うためにここにいる。腰に下げた『英雄種(ヤドリギ)』の剣はそのままに、ジュンタは今日のためにラッシャに用意してもらった大剣を右手で取った。


「よう、大層な格好じゃねぇか。ま、俺様と戦うんだから当たり前か」

 レフリーの前へと歩み出ると、そこでは開始を今か今かと待ち望む、獰猛な笑みを浮かべる対戦相手――ウィミニスの姿が。


 彼を敵と認識し、打破すべき障害と認識し、倒すために思考を回す。

(さて、勝つための戦いを始めようか)


 内心ではそう自分と約束し、

「そっちこそ大層な剣を持っているじゃないか。身分不相応とは、そういうことを言うんだ」


 口にはウィミニスに対する侮蔑を吐いて、ジュンタは大剣を正中に構えた。

「言ってくれるじゃねぇか、雇われ傭兵の癖によ」


 レフリーの声を待たず、すでに一触即発。
 
容易く挑発に乗ってくれたウィミニスを観察し、ジュンタは前情報との齟齬を確かめる。

(剣が普通の剣じゃない。今日のために用意した特別な剣か……?)

 ウィミニスが握るのは、刀身がグリーンに輝く不思議な色の剣だった。

 それからは間違いなく魔力を感じる。何が発揮されるか分からないびっくり箱ということなので、用心はしておくが大筋に影響はないと判断する。


「そんな雇われ傭兵に負けるような奴を一体なんて言うのか、お前は先に考えておいた方がいいな。あとで迷わないで済む」


 挑発をスラスラと言えるあたり、自分の状況も良好と判断する。

 問題ない――ジュンタは開始の合図を待った。

「テメェ……」

 ギシリと、挑発慣れしていないお貴族様なウィミニスが歯ぎしりをして怒りを露わにする。彼も準備は万端。戦闘意欲満々。レフリーの合図を待ち望んでいる。


「一回戦最終試合。ウィミニス・スニア選手対アルカンシェル選手。試合――

 そんな両者を確かめ、今レフリーが高らかに、試合開始の合図を送った。


――開始ッ!」

「うらぁ!」


 レフリーの合図を待ちきれず、フライング気味に先に仕掛けたのはウィミニスの方だった。


 彼は剣を構え、大柄な身体に似合わぬ素早い動きで突きを放ってくる。

 これは予想の範疇だった。戦闘開始前にあれだけ挑発しておければ、彼が取るのは最速の攻撃だと推測できる。情報から、ウィミニスの最速攻撃は突きだということも知っていた。


 分かっていた攻撃を避けるのは容易い。
 最小限の動きで素早いが、トーユーズに比べたら全然遅い突きをジュンタは避け、

「ふっ!」

 そのまま、構えていた剣を薙ぎ払うように両手で振り抜いた。

 ブンッ、と風を唸りながら切り裂き、ジュンタの大剣がウィミニスに迫る。


 初撃を避けられたあとの攻撃。ウィミニスは全力攻撃のとき、大振りになる傾向がある。立て直すのにも時間が必要のため、攻撃を避けた瞬間が一番の反撃のポイントとなる。


 だが、ウィミニスの特色はその素早さにあった。

 

ジュンタが自分の特性を吟味した果てに辿り着いた剣は、鉄板かと思うほどの巨大な大剣である。斬るよりは断つ。断つよりは潰すといった方が正しい用途の、幅広の大剣だ。

重量も見た目よりもあり、大の大人でもなかなか持ち上がりはしないだろう。それを両手でとはいえ振るえるジュンタの膂力こそ恐るべきだが、それでもこれほどの質量を振り回すとなれば、振り下ろし以外の剣速はどうしても鈍くなる。

素早い動きを可能とするウィミニスには、その剣速は体勢を整え、避けるのには十分な時間だったらしい。

「おせぇよ!」


 ガツン、と放った大剣はウィミニスに当たることなく、リングの地面にぶち当たる。


 ウィミニスは余裕綽々で間合いを取り、剣を構え直す。その状態で彼は口の端をつり上げた。


「床を陥没させるか。大した威力じゃねぇか。いくら俺様でも、そんなものに当たったら一撃で終わりだな」

 その言葉は正しい。巨大質量の運動エネルギーは、容易くウィミニスが身に付けた軽装を砕き、行動不能のダメージを負わせることだろう。それが大剣の特色であり誇るべき点。が、その特性は素早い相手の前には通用しにくい。


「だがな、そんな攻撃あたらなければ怖くないんだよ。そんな一撃の威力を高めた結果鈍くなった斬撃が俺様に当たるかよ。あくびをしながらでも避けられるぜ」

 大剣使いが望むべくは、力をぶつけ合う真っ向勝負。


 単純に力が技術を凌駕する鍔迫り合いこそが、巨大質量を強い膂力で扱う重戦士が本領を発揮できる場面だ。


 一撃でも当てれば勝てる。だが、その一撃を当てるのが難しい――それがこの試合で重要なポイント。

「そんなのは俺が一番理解してるさ。いずれ疲労がお前の足を絡め取ったとき、それがお前の敗北になる」

「それは、それまでにお前が倒れなければの話だろが――ッ!」

 剣を握った右手を後ろに引き絞ったウィミニスが、弓から放たれた矢のように剣を突き出してくる。


 速い。その剣速はジュンタに比べて数倍は速かった。

 剣を振り抜いた状態のジュンタには、そのいきなりの攻撃を剣で捌くことも、剣が重いために素早く避けることもできない。






 誰の目から見ても、ウィミニス・スニアの攻撃がアルカンシェルの腹部に突き刺さったように見えたことだろう。現に、貴賓席から戦いを見ていたリオンの目にもそう映った。


 本戦第一回戦の最終試合。うっとうしい王宮の息がかかった騎士と、何かと興味深い黒騎士アルカンシェルの戦い。期待して見てみれば、結果は何ともあっけなかった。

「なんですのよ、あのアルカンシェル。口ほどにもないじゃありませんの」


 あの巨大な大剣を振り回す力には驚いたが、相手との相性が悪かったということか。
 相手が真っ向勝負ではなく、ヒットアンドアウェイの戦い方をするために、その得物が悪い方に働いてしまった。

 あんな鈍重な斬撃では、一応は騎士としての教育を受けたウィミニス・スニアには届かない……この結末は当然といえば当然か。


 だとしても、少々あっけなさ過ぎる。観客も、本日の最終試合のあっけない終わりに白けたムードだ。


 ――刺されたはずのアルカンシェルが、再び剣を振るって動き出すまでは。



「ふ〜ん。そう来ますの」

 突きを放ったウィミニス・スニアがバックステップで急ぎ距離を取ったと思ったら、次の瞬間にはアルカンシェルの大剣がリングを砕いていた。その破砕音はリオンの元まで届くほど。


 さらにアルカンシェルの攻撃は止まらない。

 先の一撃で勝負が決したと思って油断していたウィミニス・スニアに、怒濤の如く剣を振り繋いでいく。

 一撃のスピードは遅いが、その振るわれる質量が質量だ。ウィミニス・スニアの目には、漆黒の壁が自分に向かって連続して倒れてくるような印象だろう。

「……なるほど、だからこそのあの重装備ですの」


 リオンは再開した攻防を見て気付く。


 まったく先程の攻撃の影響を受けず、何も変わらず戦っているアルカンシェル。
 彼が先の攻撃を受けても平気だったのは、その全身を隠すように覆っている甲冑の恩恵だ。


 あれほどの全身甲冑は、普通騎馬の状態での戦闘ぐらいでしか使いようがない。

 全身で重さを操るため動けはするだろうが、やはり白兵戦では動きを鈍らせずにはいられない。防御力はあるだろうが、疲労の蓄積も大きいはずだ。

「あんな大剣に加え、あんな甲冑まで着込みながらあれほど動けるなんて、大したものといってもいいですわね」


 アルカンシェルが付けた漆黒の甲冑は、紛れもなく見た目通り――否、見た目よりも重く頑丈な甲冑なのだろう。それこそ鋭いウィミニス・スニアの攻撃を完全に防ぐほどに。

 巨大質量の大剣に加え、さらには甲冑と来たものだ。アルカンシェルという男の素顔は、筋骨隆々と怪力男に違いない。そのあまりに規格外な膂力に、リオンは改めて驚きを露わにした。


「まぁ、それでも私の敵ではありませんわね」


 驚きだけ。特にアルカンシェルからは脅威を感じない。

 

 甲冑が頑丈なのは、ただ防御力があるというだけ。
 総合的な強さの評価はあまり変動しない。結局、肝心要の攻撃が鈍重なのには変わりない。


 リオンの見つめる先で、ついにアルカンシェルがウィミニス・スニアに間合いから逃げられる。

「これも剣速の遅さが招いた事態。さて、これで膠着しましたわね」


 アルカンシェルは一撃が当たれば勝てるが、その一撃が与えられない。

 ウィミニス・スニアは攻撃を与えられるが、その攻撃がダメージとならない。


 お互いに手詰まりで膠着状態が形成される。その均衡を先に崩した方が、この戦いの勝者となる。


 果たしてどちらか? どちらが勝利しても自分の相手ではないと、過信ではなく事実からリオンは思いつつ、試合を見守る。






 双剣使いであるトーユーズは、剣の型だけではなく、戦いについての基本も教えてくれた。


『いいかしらジュンタ君。防御は本能でできるの。けどね、攻撃は本能だけじゃできないわ。ちゃんと考えないといけないものなの』


 相手の攻撃を読み、直感で避けたり受けたりできる防御は本能でも可能だが、相手の防御を読まないといけない攻撃は、どうしても思考することが重要となる。単純な力で貫けない防御を持つ相手だと、それはなおさら重要だ。

『攻撃には思考が必要よ。どうやって相手を倒すか、ちゃんと組み立てないといけないわ。剣を振るうことは勝利への手段の一つでしかない。勝つにはね、考えることが必要なのよ』


 斬撃を駒とし、首を大将としてチェスのように相手を殲滅する。
 それこそが攻撃というもの。考え無しの馬鹿には、本当の攻撃はできないのだとか。

『考えなさいな。無駄に攻撃すればいいってものじゃない。当たらなかったから次の攻撃を放てばいいってものじゃない。斬撃は勝利へのピース。一撃一撃に意味を持たせるの。避けられることも計算の内にして、最後に頭を取れば勝ちなんだから』

 つまりはそう言うこと。トーユーズは考えろと言った。
 それをジュンタは行い――――ついにはウィミニスを追いつめることに成功した。

 ジュンタは鈍重な斬撃を振り下ろす。

 それは避けられ、逆にウィミニスに反撃されるも、彼の攻撃は『
竜の鱗鎧(ドラゴンスケイル)』によって阻まれる。ドラゴンの鱗並の防御力を誇る漆黒の甲冑に、並大抵の攻撃は通用しない。


 ギシリ、と攻撃が通用しないウィミニスが、間合いから脱しながら歯ぎしりをする。


「ちくしょうが! 無駄に堅い防御をしやがって!」


「そう吼えるってことは、そろそろ疲れてきたってことか?」

 ヒットアンドアウェイの戦法は、動き回るために疲労も激しい。疲労は動きを鈍らせる。この戦いに置いて、ウィミニスに疲労が溜まることはジュンタの勝利をも意味している。

 一撃当たれば勝利は確実。故に、一撃を招く疲労はウィミニスにとっては毒のようなもの。


 高い防御力を持つ身としては、ゆるりと待てばいい。どうせウィミニスには『
竜の鱗鎧(ドラゴンスケイル)』は貫けない。

 だが、それはウィミニスこそが最も理解していることだ。だから、彼は疲労蓄積によって負ける道を選ばない。

「使うか? ……いや初戦で使うなんてありえねぇ」

 ボソリと何か小声でウィミニスは呟きをもらす。その視線は自分の剣に向いていた。


(何か仕掛けてくる気か……?)


 戦闘の組み立てにおいて、イレギュラーとなっている彼の剣の力。使われれば厄介だ。……だが、結局ウィミニスは剣の力を使わない道を選んだらしい。その気持ちはジュンタにもよく分かった。

 これは初戦だ。この後には多くの試合が控えている。ここで手の内を全てばらせば、次の戦いで対策を練られ、苦戦は必死。切り札は最後の最後まで使えない。


(使わない、か。ありがたいが、それは失策だぞ? ウィミニス・スニア)

 今が切り札を使う最後のタイミングだった。それを放棄した時点で、ウィミニスの勝利は潰えた。


 力を隠匿することによって得られる恩恵でいえば、自分の右に出る者はそういないとジュンタは認識している。
姿を隠すことによって情報の漏洩を防いでいるからだけではない。『力』を『隠す』ということはそういうことではない。隠すということは、それを偽装するということだ。

 つまるところ、ジュンタは剣を一本しか使っていない(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)――それがまず戦力の隠匿。


 そしてもう一つ、この戦いにおいて隠匿していることがある。


「こんなところで切り札を使えるか! そんなことしなくても俺様なら勝てる!」


 切り札を捨てない上での勝利を選んだウィミニス・スニアが、その時全力をもって攻撃を仕掛けてくる。


 甲冑に阻まれて攻撃は通らない。そう分かっている彼が選んだのは、単純に、甲冑に阻まれていない場所への攻撃だった。


 全身甲冑は確かに全身を守っている。だけど一部守っていない場所がある。それは目元と口元なので、ウィミニスの刃が向かった先は口元だった。


 口元を貫けば相手は死に至る。それは殺人が許可されていないこの武競祭においては、あまり取るべき選択肢ではない。それを気にしないあたりにウィミニスの性格を感じさせる。


「終わりだッ!」


 素早い動きで迫るウィミニスは、これまでの攻防から理解している。この攻撃は重い甲冑を付けたアルカンシェルには避けられないもの、と。

それこそがフェイク。そも、ジュンタは甲冑を重たいなどと一度も感じたことはない。


 間近に迫ったウィミニスに、静かに告げる。


「ああ、お前が終わりだ」

 軽やかに床を蹴って、これまでは甲冑で防御していたため、していなかった回避行動をジュンタは取る。それはまるで甲冑や大剣の重みを感じていない、そんな素早い動きだった。


 ウィミニスの剣が目標を失って空しく虚空を滑る。

 それを横から見て、ジュンタはもう一つのフェイクをさらけ出す。それは『剣速の偽装』――


 今まで振り上げて振り下ろすという、二呼吸を用いて行っていた大剣での斬撃を、一呼吸でウィミニスに叩き込まんとする。『侵蝕の虹』の恩恵により、そもそもジュンタは大剣の重みを感じていなかった。大剣だからと、斬撃が鈍重になる道理はない。


 これまで無駄のように振るっていた攻撃は、いわばこの一撃への布石だった。最終的にこの攻撃を通すために、剣速を鈍いと相手に思わせるための。


 ウィミニスは全力攻撃のとき、大振りになる傾向がある。

その後の技後硬直は致命的な隙となる。だが彼は安心していたことだろう。その隙を付くスピードは相手にないと、そう思って。

 下手に鍛錬をしてきたために、彼は相手の動きから間合いやタイミングを測れてしまうのだ。ヒットアンドアウェイは相手の攻撃が届かない場所まで下がり、即座に次の攻撃に移る。偽りの速度で計算してしまった彼が下がった場所は、本当の剣速では十分間合いに取り込める位置だった。

 素早くジュンタは下がったウィミニスに追いすがり、重さを感じさせないスピードで剣を振り上げた。

「ぐがっ!」

 真上から振り下ろされた一撃はこれまでより重く、なにより速かった。


 剣を咄嗟に盾にしたのはさすがというしかないが、それで受けきれないのが大剣の強み。
 ウィミニスの剣は砕けなかったが、その先の鎧は砕け散り、彼の身体は大きく吹き飛んだ。


 鎧の欠片を宙にばらまきながら、ウィミニスは十メートル先の地面に叩き付けられる。

その後、ぐったりとしたまま起きあがらない。気絶をしていた。

一瞬静まりかえる会場――それを動かしたのは、レフリーが告げた宣言だった。

「勝者! アルカンシェル選手ッ!」


 勝利宣言を耳にし、観客が一斉に歓声をあげる。それを浴びながら、ジュンタはふぅと息を吐いた。

「まずは一つ勝利。先は長いなぁ」

 勝つべくして勝ったという印象が強く、何より興奮から勝利への感覚がいまいちよくわからなくなっているよう。初めての試合で勝ったというのに、胸にわき上がってくる感情を裏切って、ジュンタが考えたのはそんなことだった。


 選手番号三十番――騎士シーナ。

 彼女こそが次の相手。次の倒すべき相手。彼女を倒したあとも、まだまだ強い相手はたくさんいる。


 ジュンタはまっすぐに、正面近くの貴賓席にいる紅の騎士を見上げる。

 そこにいたリオン・シストラバスは席を立って、じっとこちらを見つめていた。


「あそこまで辿り着く、絶対に。そのためには、例え相手が誰だろうと打倒しないとな」


 大剣と甲冑姿で素早く動けると言う秘密をさらけ出した。次の相手には、同じ戦略は通用しない。

 考えよう。思考しよう。勝利への道筋を――――優勝までの、その軌跡を。









 戻る / 進む

inserted by FC2 system