第十三話  祭りの夜(後編)





 ――戦いは一瞬で終わった。


 いや、それは戦いと呼べるほどのものでもなかった。いうなればそれは掃討とか虐殺とか、そういう一方的なものであった。

 エルジン・ドルワートルが残った左腕で紅い刀身の剣を引き抜いたと思ったら、合図も言葉もなく彼はバラサドウたちに向かっていった。


 エルジンが剣を振るう度に、バラサドウたちのナイフが根本から断たれる。


 指に斬られた振動が伝うぐらいの至近距離での妙技に、結局は小悪党でしかなかった彼らの心が折れるのは早かった。


 彼らは即座に酒場からの逃走を試み、そして店員が呼びにいった衛兵によって御用となった
――それが今回の酒場で起きた事件の顛末である。


 一時騒然となった酒場は、今はいつもの喧噪を取り戻していた。
 結局は喧嘩慣れしている酔っぱらいたちだ。あれぐらいの騒ぎは日常茶飯事なのだろう。

 酒場の前で、ある意味喧嘩は日常茶飯事だったがこのレベルは初めてだったジュンタは、事件を肴にして未だに騒いでいる酔っぱらいたちを、呆れと感心とが混ざり合った瞳で見ていた。


「まったく、いい気なもんだよな。こっちは下手したら大けがしてたかも知れないのに」

「うん…………ほんと、そうだよね……」


 隣にいるエリカの反応は鈍い。エルジンが衛兵とバラサドウたちの引き渡しをしている間、何かと話題を振っては見たが、全てにおいて反応は鈍かった。


(これは、エルジンさんと何かあったな)


 酒場に男と一緒にいて、喧嘩に巻き込まれていたのを父親に見られた――それだけではない、何かの事情が今のエリカとエルジンの間にはあるらしい。これは下手に突かない方がいいと考え、ジュンタは黙っておく。

「以上が今回の経緯だ。あとはよろしく頼む」


「はっ、騎士エルジン! 王国騎士団員として、つつがなく使命を全うさせて頂きます!」


 黙って引き渡しを待っていること数分。色々と小難しい話をしていたようだが、やがて衛兵がエルジンに対して礼を取って、数人がかりで縄にかかったバラサドウたちを引きずって去っていった。

 その場に残ったのはジュンタとエリカと、そしてエルジンだけ。


 酒場の喧噪の横に、通りの喧噪を隣に、しかし静かに三人の間に沈黙が流れる。それを破り捨てたのは、意外にもエリカだった。


「…………なんでお父さんが、こんな時間にこんな場所にいるの?」


 それは彼女には考えられないような、冷ややかな声だった。


 責め立てるようにエルジンを睨み、ギュッと右腕で左手を握りしめて、なおもエリカは言う。


「もしかして私を捜してたの?」


 娘に睨まれて若干怯んだ様子のエルジンは、しばし渋った後に頷いた。


「そうだ」


「…………なんで? どうして捜そうとしたの?」


「飛び出していった娘を心配しない親が一体どこにいる?」


「そう言うことじゃない! そんなことを訊いてるわけじゃないの!」


 いきなり怒鳴ったエリカにジュンタはぎょっとして、彼女が泣いているのを見てさらに驚く。

 すでに二人の世界に入ってしまった父と娘を見て、コソコソと二人から距離を取った。


(あれ? なんでこんなに険悪なムードなんですか?)


 自分がシストラバス邸を出たあとに、一体二人の間に何があったのか。とてつもなく剣呑な空気が流れている。近寄れない。入っていけない。帰りたい。

「心配なんてしないでよ! 私が心配すると怒るくせに、自分だけ心配しないで!」


「別にお前が心配してくれることに怒ったわけではない。俺が怒ったのは、お前がもう剣を取るなと言ったから――


「当たり前じゃない! もうお父さんは昔とは違うもの! そんなになってまで、もう剣なんて持って戦わないでよ!!」

「エリカ……」


 涙ながらに訴えるエリカの視線は、風に服の裾が揺れるだけのエルジンの右腕を見ていた。

 

 かつてはそこにちゃんとした肉の腕が存在していた。だが、久しぶりに見たエルジンには腕がなかった。それはつまり、自分が知らない間に彼の腕が切断されるような大きな事件があったということだ。


 恐らく、エリカはそのことを嘆いている。心配だから、父親が好きだから、もうこれ以上傷ついて欲しくないと叫んでいる。でもエルジンは大丈夫だと、生粋の騎士である彼はそう言って、仲違いをしてしまったのだろう。


(親子問題ですよ? どうするよ、俺)

 エルジンの言葉を聞くに、どうやらエリカは家を飛び出してきたようだ。


 二人の家はランカだろうから、レンジャールのここへはリオンの付き添いで来たに違いない。家を出てきたわけではないから家出ではないが、娘を溺愛していたエルジンが心配するのは当然だ。

そんな風に、冷静に状況を分析しているジュンタは完璧に観客のソレだった。


「お父さんは、酷いよ……。私のことなんて、全然考えてない」
 

「いや、俺は…………いや、そうかも知れないな」


 険悪なムードから一転、しんみりとしたムードに。どれだけ思いを口にしても、互いにさらにすれ違うことが分かっているから、二人とも口を噤んでしまう。そんな状況において先程と変わらないのは、第三者の居心地が最悪ということだけ。

「エリカ。お前に何を言われようと、俺は明日の戦いに出ることは止めない。後一戦、決して止めることはできない。それがシストラバス家の騎士として俺が決めたことだ」

「…………騎士なんて嫌い。お父さんなんて、嫌いだよ」

 エルジンの言葉に、エリカが呟くようにそう言って、ズンズンとこちらに近付いてくる。


 どうやら自分は忘れられてはいなかったらしい。いや、できれば忘れていただけたら幸いだったのですが。


「行こう、ジュンタ君」


「え? あ、いいの……か?」

「いいの!」

 強引に腕を絡め取られ、ジュンタはそのままエリカに引っ張られていく。


 エリカは無言で突き進んでいく。エルジンは小さくなっていく。

ジュンタが最後に見たのは、娘に嫌いだとストレートに言われ、完全に石になっている親バカ騎士の姿だった。






「ごめんね〜、おかしな事態に巻き込んで」


 いくらか進んだところで、腕を放さないままエリカは無理したような笑顔を見せた。


 あんなところを見てしまい、俯くエリカに何て声をかけたらいいか分からなかったジュンタは、その笑顔を見て言うべきことを理解する。


「別に気にしてないさ。それで楽になるなら、何なら気が済むまで話してくれてもいいけど? 結局俺は今夜偶然に出会っただけの奴なんだから」


「あはっ、やっぱりジュンタ君って口が上手だね。……でも、そんなこと言われたらそうだなぁ。エリカちゃんの秘密、話してあげてもいいかな?」


 そう言ってエリカは足を止め、周りを見回す。


 ある一件の店の前に置かれた蓋付きの水樽を見つけて、そこまでジュンタはエリカに引っ張られた。


「じゃ、ここに座ってお話ししましょう」


「座るって、こんな場所にか?」


 水樽はそれほど大きいというわけではないが、確かに二人座るだけなら問題ないだろう。が、そこが問題なわけじゃない。


「?? 別に座ったっておかしくないよ? ほら、結構いるでしょ? 樽に座っている人」


「いや、そこを俺は問題視しているわけじゃなくて……」


 確かに見渡せば、少なくない数の樽の上に座る男女の姿が見て取れる。

 
けれど彼らと自分たちとで違うところは、恋人か友人かの違いだ。つまり言ってしまえば、樽の大きさは並んで座ると、どうしても仲睦まじそうに肩を触れ合わせているようにしか見えない距離なのである。


 それにエリカは気付いていない。不思議そうに首を傾げてから、頬を膨らませた。


「ジュンタ君。話聞いてくれるって言った」


「そりゃ言ったけど…………いや、分かった。エリカがいいなら俺も構わない」


 そこまで熱く誘われたら、逃げるのも男らしくない。元々こちらは気にしない。むしろ嬉しい。エリカを思っての言葉だったわけだから。


 ジュンタは先に、子供ほどの大きさがある樽の上にエリカを乗せて上げる。それから自分も勢いを付けて上がる。


 隣り合って座る。すると案の定、肩は触れ合ってしまう。そこでようやくエリカも、先程ジュンタが何を気にしていたかに気付いた。


「わわっ、な、なんだかこれは恥ずかしいね」


「だから言っただろ? 今更降りるとかはなしだからな。そっちの方がよっぽど恥ずかしい」


 頬を赤く染めたエリカが、うん、と頷く。


 そして道を通る人々、夜空の浮かぶ星々を見たあと、彼女はポツリポツリと話し始めた。


「お父さんを見たら分かっちゃったと思うけど、お父さん、右腕無くなっちゃったんだ」


「ああ、気付いていた。前俺がいたときにはあったよな? 無くなったのはいつなんだ?」

「ちょうどジュンタ君がいなくなる時に起きた、あの『双竜事変』でね。最初ベアル教徒の討伐にお父さんは出かけたんだけど、そこでドラゴンに会っちゃって……お父さん、一緒に行ってた後輩の騎士を庇って、ドラゴンに右腕を根本から焼かれちゃったの」


「そう、なのか……」


 ジュンタは
閉鎖魔女(クローズウィッチ)]の中にいて知らなかっただけで、外ではエルジンの身にそんなことが起きていたのだ。元々、あの漆黒のドラゴンがあの場所に現れたのは自分が原因だ。ジュンタは責任の一端を感じ、表情を暗くしてしまう。


「あ、そんなに暗くならないでよ。そのこと自体はね、私は悲しんだんだけどお父さんは全然悲しまなかったんだ。腕一本なくなったのにだよ? それって、危険な任務を担うシストラバスの騎士を辞めないといけなくなるのと同じ意味なのにだよ? でも、本当に悲しんでなくて……」


 始めは元気だったエリカの声が、段々小さくなって、最後は消え入りそうなぐらいになる。


「私はね、本当をいえばお父さんの腕が無くなったのは悲しかったけど、ちょっとだけほっとしたんだ。騎士がすごいのは分かるし、偉大な仕事なのも分かってる。でも、私のお母さんは私を生んですぐ死んじゃったから。私にはお父さんしか家族がいなかったから……」


「騎士は危険な仕事だから、騎士を辞めれば、これ以上傷つかないで済むと思ったわけか」

「うん。ジュンタ君には言わなくても分かるかも知れないけど、ドラゴンってね、とっても怖くて恐ろしいんだよ」

 何かを思い出すように、エリカは自分の肩を掻き抱いて肩を震わせる。

「……すごく、怖い。現れただけで不安に思うの。情けないけど、お父さんがいるところにドラゴンが現れたって聞いたときには貧血起こしちゃった。その後もしばらく怖くて夜一人で部屋の外出歩けなかったし……って、ゴメン。話が逸れちゃった」

「いや、俺だってドラゴンが怖いのは分かるから」

「そっか。で、話の続き。腕がなくなって騎士を辞めると思っていたお父さん。でもね、結局お父さんは騎士を辞めなかった。利き手じゃない左手一本で剣を振るい始めたときは、ほんとどうしようかと思ったよ。でもお父さんは止めてって言っても、全然聞いてくれなくて」

 父親の腕を奪ったドラゴンを恐れ、それ以上にエリカはエルジンに対して嘆いていた。

「お父さんはね、本当に心の底から騎士なんだ。止められない。傷ついても、どうなっても、死ぬまで騎士なの。……そんな傷つく姿を見せられる家族の私のことなんて、ちっとも考えてない、我が儘なお父さん」

「エリカ……」


「それでね、最後には武競祭に出るんだぁ、とか言い出して。さすがに温厚なエリカちゃんとしても、これにはプッツンしちゃったわけなんですよ」


 そう――エルジン・ドルワートルというシストラバス家の騎士は、武競祭に参加している。


 リオンと同じシストラバス家からの代表選手として、本戦に参加しているのだ。ここまで当然勝ち上がっており、そして――ジュンタことアルカンシェルの次の対戦相手でもあった。


(騎士を父親に持つ子供、か)
 

 それとこれとは別問題として、ジュンタはエリカの話について考える。

 ……エリカはきっと、ずっと不安だったのだろう。


 母親を亡くした彼女は、ずっと父親の手一つで育てられてきた。
 エリカにとって、家族はエルジンだけなのだ。そんなエルジンは騎士という命の危険が付きまとう職業で、不安に思わないはずがない。尊敬はできても、それでも……


 その不安がエルジンの右腕がなくなった事件で爆発したに違いない。

 不安が尊敬を上回って、それが無理だと分かっているのに『もう騎士を辞めて欲しい』と言ってしまったのだ。無論、エルジンがそれに頷くはずもなく、結果的に大げんかに。

「プッツンして大げんかして……それで飛び出してきたわけか」


「うん」


「うん、ってお前な。どうするんだよこれから? 屋敷に戻らないわけにはいかないだろ?」

 いくら父親と大げんかして屋敷を飛び出してきたからといって、祭りの夜だからといって、いつまでも外を出歩いているわけにもいかない。見ればエリカは財布以外に何も持っていなかった。今はまだ人通りもあるが、直に少なくなってくる。そうなれば危険度も増す。


「そうなんだよねぇ、実は。明日の武競祭最終日、お父さんが試合に出るから私は休みもらってるんだけど、寝泊まりしてるのはシストラバス邸だから。一泊ぐらい外で宿を取るお金はあるけど、あんまりお金を使いたくもないし……というか、どこの宿屋も一杯で」

「それじゃあどうするんだ?」


 あまり困ったように見えないエリカは、いきなり甘えるように肩に頭を乗せてくる。


「ジュンタ君、泊めて」


「嫌」


 肩に乗せてきたエリカに向かって、ジュンタは首を動かして、側頭部で打撃を加えた。


「あいたっ! ……ひ、酷いなぁ。こんなにかわいい娘に泊めてなんて言われたのに、即嫌はちょっと酷すぎじゃない? 男としてどうかと思うよ?」 


「アホ言うな。もしお前を泊めたら、次の日にエルジンさんに殺されるだろうが!」


 肩から頭をどけ、文句を言いたげな顔をするエリカに、はっきりとジュンタは告げる。


 これは誇張でも何でもない。紛れもない事実だ。エルジンはとてもとてもエリカを大事に思っている。エリカを泊めたところで何かをする気はないが、泊めた時点でマーダーされてしまう。


「……そうかな?」


「絶対そうだ。断言できる」


 だって、こうして隣り合って話しているだけで、ビンビンと殺意を感じるんですから。

 

 そろそろ潮時かな、とジュンタは感じる。エリカは不安な気持ちから立ち直って、今ではちゃんと笑顔を見せている。自分も明日は十時から試合だ。


「俺にはエリカの気持ちも、エルジンさんの気持ちも応援することはできそうもない」


 徐にそう言い始めれば、エリカが真剣な表情で視線を向けてくる。


「どっちも俺には正しいように思える。それはエリカも分かってるだろうけど」


「うん。まぁね。……でもここは私が正しいとか言って欲しかったな。ほんと、ジュンタ君は話を聞いてくれただけだね」


「始めにそう言っただろ? 俺は今夜だけだ。今夜が過ぎれば、はいさよならだよ。だから――


 樽の上から飛び降りる。振り向いて、エリカに手を差し伸べた。


――今夜だけは付き合ってやる。酒場に入る前に言ってたよな? 他にも用事があるって。それってつまり、屋敷を飛び出してまでしたかったことがあるってことだろ? 帰るために、それを果たしに行こうじゃないか」

「…………驚いた。よく分かったね。ジュンタ君ってば、さすが一度はシストラバス家の騎士になっただけのことはあるよっ」

「褒め言葉と受け取っておく。ほら、掴まれ」


「うん」


 エリカは素直に手を取って、樽の上から飛び降りる。ふわりとスカートが待って、ふわふわの蜂蜜ヘアーが薄闇の中に光った。


「それで? 俺は何をしたらいい? 取りあえず酒場に戻るか?」


「……ううん、いいや」


 地面に降りたエリカは、首を横に振った。


「ううん、ってどういうことだ? 酒場じゃなくて他のところに行くのか?」


「違うんだなぁ。そうじゃなくて、もう私が酒場でしたかったことはいいってこと。

私が酒場でしたかったのは、とある人がどこにいるか情報を集めたかったからなの。実は最初に私を襲おうとしていた悪党にも、あそこにいるからって連れて行かれたんだ」

 結局騙されたんだけどね、と言ってエリカは照れくさそうな笑みを浮かべた。


「つまり用件は人捜しってことだよな? 本当にいいのか、捜さなくて。エルジンさんにもう一度会うために、それは必要なことだったんだろ?」


「と言うよりは、憂さ晴らしみたいな感じかな? お父さんを困らしちゃえ、みたいな。うん。でも、もういいや。その人とっても秘密が多くて見つからなそうだし、それに――

 エリカはそこで言葉を切って、じっとこちらを見つめてきて、ふんわりと笑った。


――ジュンタ君が話を聞いてくれたから。だから、もういいや」


『感謝してます』と言う気持ちが、透けて見えるほど透明に笑ったエリカに、しばしジュンタは見惚れた。

 子供っぽいと思っていたが、なんだ、そんなことはなかったらしい。こんな綺麗に笑えるとなると、子供っぽいなんて言えない。


「あーいや、そうか。エリカがいいなら、俺もいいんだけど」


 ジュンタは照れ隠しに首の後ろに触れ、誤魔化すようにエリカに尋ねた。


「でも一応、その捜し人の名前教えてくれるか? もしかしたら俺、知ってるかも知れないし」


「あ、ジュンタ君も絶対知ってると思うよ。居場所は絶対知らないと思うけど」


「俺も絶対知ってる? 一体誰なんだ?」

「うん。武競祭の参加者でね」


 武競祭に出てるからみんな知ってますよ〜と言う感じで、エリカは告げた。

「アルカンシェルっていう、次のお父さんの対戦相手の、あの仮面の人」


「………………ぇ?」


 笑顔で告げられた言葉に、ジュンタも笑顔で硬直した。


 だってアルカンシェルってつまり……自分である。エリカは自分を捜していたのである。そりゃ、謎多き黒騎士というイメージだから、エリカがその正体を知ってるはずもなければこっちが居場所を知っているとも思ってないだろうけど。

 だけどジュンタは現に知っている。というか目の前にいる。これは無視できない。


「そ、そう、アルカンシェル。ああ、アルカンシェルね。俺も知ってる。もちろん知ってるけど…………そんなアルカンシェルに会って、エリカは何をしようと思ってたんだ?」


 自分がアルカンシェルであることは悟られないように、さも何となく気になったと言った感じでジュンタはエリカに訊く。


 エリカは頬を赤らめ、


「うん。次の試合棄権してくれませんか、って言おうと思って」


「そ……………………それはまたどうして?」


 さっきはお父さんを困らせるためとか言っていたのに、どうしてそれがアルカンシェルに棄権してくれと頼むことに繋がるのか。そのあまりに意外な言葉にジュンタは頬を引きつらせ、なぜエリカは頬を赤らめたんだと思いつつ、質問を続けた。


「もしお父さんが次の試合に勝ったら、その次はリオン様と戦うことになるの。で、だとするとお父さんは当然棄権でしょ? だから次の試合がお父さんの最後の試合なわけ。お父さんは腕試しで出場してるから、相手に棄権されたら困るでしょ?」


「それは確かにそうなるけど…………いや、それ嘘だろ?」

 一応困らせることにはなるだろうが、それがエリカの本心から来る言葉だとは思わなかった。
 たとえアルカンシェルに棄権して欲しいと頼むことが願いだとしても、そこにはもっと違う理由があるはずだ。そしてそれは簡単に察することができようというもの。


「やっぱりジュンタ君には分かっちゃうみたいだね。うん、たぶんね。自分でもそういい訳してたけど、本心では頼む理由は他にあったんだと思う」

 しばし考え込んでから、エリカは今までよりも照れくさそうに続けた。


「やっぱりどんなに強情でも、お父さんはお父さんだから。私じゃ止められないのは理解しちゃってるし、受け入れてる。だからせめて傷つかないで欲しいなら、お父さんの対戦相手に頼むしかないでしょ? 次がお父さんの最後の試合で、一番激しくなりそうなら、なおさらにね」


「やっぱりそうか。エルジンさんのためにね」


「は、恥ずかしいな。さっきあれだけ言ったのに」


 嫌いとまで言い放ったのに、本心でやっぱり心配している――そんな自分にエリカは照れくさそうにしているが、ジュンタはそうは思わなかった。


「いや、分かるよ。どんなことされても、父親は最後まで、やっぱり父親なんだから」

 故郷にいる、もう会えない父を思う。


 破天荒と言ってもいい父親には、サネアツほどではないが色々と迷惑を被った。けど、決して嫌えないのが父親というものだ。子供として愛してくれている人を、どう嫌えばいいのかという話である。


「だから、別にそれは恥ずかしいことじゃないと俺は思う。少なくとも、父親を心配できてるエリカはいい奴だと俺は思うな」


「そうかな? ……うん。私も、きっと今のジュンタ君の言葉よりは恥ずかしくないと思う」


「うぉいっ!」

「あたっ!」

 アホなことを宣うエリカのデコをジュンタは軽くはたく。


 屋敷にいた頃にはできなかったことだ。今日一日でかなり親しくなれたようで、ほんとご苦労様である、自分。


「まったく、人が真剣に話してやってるのに……」


「ゴメンゴメン。でも嬉しかったよ。うん、だからやっぱりアルカンシェルを捜すのはもういいや。
 
最初はあの年下の女の子にご主人様って呼ばせて悦に浸っているとか、とてつもなく変態だとか、そんな噂のあるアルカンシェルにお願いするからって最悪貞操まで覚悟してたけど、やっぱりそういうのは良くないよね――って、あれ? ジュンタ君どうしたの?」

「い、いや…………ご主人様って呼ばせて悦に浸っている……変態……いや、分かってたけどね、そういうイメージをもたれてるのは」


 改めてエリカの口からアルカンシェルの持つイメージを言われてちょっぴり傷ついたが、結局は噂と受け入れる。それにクーがご主人様って呼んでいるのは否定できないし。いや、悦には浸ってないけどね。


 エリカの言葉の一部本気でまずい部分は聞き逃した振りをして、ジュンタは立ち直る。


 そして不思議そうな顔をしているエリカに、はっきりと告げた。


「…………ここまで言われて黙っておくのはあれだから、この際はっきり言うけど」


「ん? 何が?」


「そのアルカンシェルって、俺だから」


 そこまでの決意と想いを訊かされたのだから、さすがにアルカンシェルの正体が自分であることを黙っているのは心苦しかった。なのではっきりとジュンタは告げることにした。


 エリカは最初、何て言われたのかよく分からないようで、首をしきりに傾げていた。


 その後言葉が理解できて驚き、その後すぐからかわれたと思ったようでムッとして、最後に真剣なこちらの表情を見て、


「え? 本当に?」


 確認を取ってきた。


「本当だ。嘘でも何でもなく、俺がアルカンシェルの中身の人だ。天地神明に誓って本当だよ。あそこまで言われたら、さすがに黙っていられなかったからな」


「え? ほ、ほんと…………みたいだね」


 ポカンと口を開けてエリカは驚く。当たり前か。捜していた相手が、まさか目の前で相談を持ちかけた相手だとは思ってもみなかったに違いない。


 エリカは一頻り驚いて、何て言ったらいいか分からず口を半開きにしたまま黙り込んで……やがて拳を握って、鳶色の瞳をまっすぐにぶつけてきた。


「お願いします。お父さんのために、明日棄権してください」


「嫌」


「…………ええと、胸揉むくらいなら許すよ?」


「それでも嫌」

「うりゃっ!」


 結構悩んだ末の言葉に対しジュンタが即答したものだから、エリカは本気で拳を放ってきた。


 エルジンが護身用として教えたのか、かなり鋭い一撃だった。それをジュンタは軽く手で受けて、逆にその額にデコピンを喰らわせた。


「言っただろ? 俺は武競祭本戦参加者だぞ? そんなのに当たるか」


「い、いたい……でも、これで本当にジュンタ君がアルカンシェルだって分かった。まったく、黙ってて人の話を聞き出すんだから、ほんと口が上手いなぁ。というか性格悪いよ、実は。絶対に」


 額を抑え、エリカは肩を落とす。
 その肩がもう一度上がったときには、もうエリカは晴れ晴れと笑っていた。


「分かった。ジュンタ君がどうしてアルカンシェルやってるのかを訊かなければ、さっきのお願いも撤回するね。――だからお願い。最後に一発殴らせて」


 パン、と顔の前で手を合わせ、エリカは拝んでくる。

「……仕方ないな。一発だけだぞ」

 ジュンタはそのあまりなお願いに少し悩んだ後、肯定する。騙していたのは事実だ。パンチの一発ぐらい、甘んじて受け入れよう。もしクーに見られたらまずいことになるが、そこはバラサドウ様様の所為にさせてもらう他ないだろう。ご愁傷様。


「よ〜し、それじゃあ歯を食いしばって目を閉じてね」


「顔かよ」


 喜々としたエリカの声に、しかしジュンタは素直に瞳を閉じる。

 
 視界からエリカが消えて、暗くなって、ただ一撃が来る時を待つ。なんで祭りの夜に女の子に殴られないといけないのか、本気で嘆きつつ。


「それじゃあ行くよ」


「ああもうっ、本気で呪われてるな俺っ! もういいから本気で来い!」


「了解! せ〜のぉ――



 ちゅ――と、視覚が閉じて鋭敏になった頬に、頭にそんな擬音を響かせるぐらい柔らかなものが触れた。


 パンチの衝撃は来ない。待っても来ない。
 呆然とジュンタが目を開けたときには、頬を真っ赤にしたエリカは通りの向こうの方にいた。


 彼女はそこで声を張り上げる。


「結局お礼できなかったから! 二回助けてもらって、あと相談に乗ってくれたお礼だよ! それじゃあ明日は、がんばってお父さんに負けてね!」

 バイバ〜イ、とシストラバス邸がある方へと、エリカは蜂蜜色のポニーテールを弾ませて消えていく。


 その背が消えるまで見送り、ジュンタは未だ呆然とエリカにキスされた頬を押さえる。


「ま…………まさか、こう来るとは。嬉しい。嬉しいけど……素直に喜べませんよエリカさん」



――ジュンタ・サクラ! 貴様ぁああ!」




 膨れあがった怒気はすでに殺気となっている。

 近くの路地裏から出てきたエルジン・ドルワートルは、紅い刀身の剣も鮮やかに、いきなり斬りかかってきた。


「うぉ! あ、危ないですよ!」

「黙れ! 娘の、エリカの唇を貴様のような男にみすみす目の前で奪われるとは……このエルジン・ドルワートル、一生の不覚だ!」


「なら自分を罰してくださいよ! うぁっつ!」


 一応は手加減してくれているのか、襲いかかってくる剣は刃の部分ではなく面の部分だ。
 けど鬼の形相と共に振るわれれば、それは本気で相手を潰す一撃となる。必死になって避ける、避ける、転がって避ける。

 あまりに苛烈な斬撃は、先程の喧嘩騒ぎの比ではない。


 辺りがいきなりの事態に騒然とする中、都合一分ほどジュンタは辺りの物を駆使してエルジンの攻撃を避け続けた。何だか雷気が迸っていた気がするのは気のせいか。


 さすがのエルジンも一分も経てば興奮も冷め――


「ああ、俺は天国の妻になんと詫びればいいのか。かくなる上は貴様の存在を抹消し、先の事実を無かったことに!」

「さ、さっきから性格変わりすぎてますよ!」


「うるさい! 貴様のような幸せ過ぎる男に、娘に嫌いといわれた俺の苦悩が分かってたまるものか!」


 否、未だにエルジンの興奮は冷めていない。

 ジリジリと剣を片手に持って間合いを詰めてくる彼の目は、狩人のソレだった。







 結局、それからさらに三分間ジュンタは攻撃を避け続けることになった。


 さすがにそこまで来ればエルジンの興奮も収まったのか、彼は剣を鞘へと戻している。

 
だらしないとは分かっているが、紙一重で避け続け、喰らった攻撃を五発で何とかおさえたジュンタはエルジンの前で受けた傷をさする。


「エルジンさん。どうせ物陰で聞いてたでしょうけど、俺、明日武競祭であなたと戦うんですよ? これって、どう考えても闇討ちじゃないですか?」


「否、断じて違う。これは使徒様も認めてくださる、正当なる正義の鉄槌だ」


「そ、そうですか……まぁ、いいや」


 傷は大したことはない。問題なくジュンタは起きあがって、視線をエリカと話していたときからずっと、物陰より睨みつけてきていたエルジンに向ける。


「……ほんと、エルジンさんってエリカのことが好きなんですね」


「ふんっ、何をほざくか。当然だろう? 一人娘がかわいくない親などいるものか」


「いや、俺に子供はいませんから、そう言われても分かりませんけど」


 言ってしまえば、エルジンほど娘を溺愛している父親が、男と夜の街へと消えていった娘をそのまま放置しておくはずがないのである。


 そのあまりに強烈な視線は、さすがにジュンタでも気付けた。
 エリカは直接『殺したい』視線に晒されていたわけではないので、気付いていなかったようだが。


(結局、似たもの親子ってことか)


 リオンとゴッゾ親子もそうだが、似て欲しくない部分まで親子とはそっくりなものなのだ。


 ジュンタは互いに大切に想っているエルジンとエリカを思って、なんだかなぁ、と思う。


 相談も何もあったものではない。初めから、二人が仲直りするのは目に見えていた。何を言わずとも、だ。だから特にエリカに何か協力しようとも、助言しようともしなかったのである。


「…………なんだ? 文句が言い足そうな顔だな?」


「まぁ、色々と。でも言いません。他人の親子関係に口出しするほど、俺はバカじゃありませんから」


「ふんっ、小狡いな。――なるほど、貴様があのアルカンシェルと聞いて納得した」


「そ、そう言われるのはかなり辛いものがあるんですけど……」

 やはりエルジンとてシストラバス家の騎士だ。正攻法こそが騎士道なのだろう。邪道は邪道だと嫌うタイプと見た。だからといってアルカンシェルであることを納得されるのは、ものすごい堪える。


 物陰から会話を盗み聞いていたエルジンは、無論のことエリカに暴露したアルカンシェルの正体を知っている。だからこそ、エルジンは言うのだ。


「言っておくが今日のエリカの言葉を聞いて、明日手加減をしようなどと思い上がるな」


「思い上がるな?」


「ああ、そうだ。俺は貴様程度に心配されるほど落ちぶれてはいない。右腕を失ってから半年。未だかつてのほどの剣の冴えはなくとも、貴様のような輩には決して負けん」


 傲慢にも取れる言葉をはっきりと述べる。どうしてこう、シストラバス家の騎士というのは自信満々なのか?


(自分の腕を信じられなくて、何が騎士かってことか)

 

 格好いいなぁ、と思わず思ってしまう。付け焼き刃の自分とは明らかに違う、本物の風格。それにこんなにも憧れる。

 だからこそ、せめて気持ちでは負けていられないと、ジュンタは思った。


「安心してください。俺は絶対に手加減なんてしません。どんな手を使ってでも、あなたを打倒してみせる。むしろエルジンさんの方こそ手加減はしないでくださいよ?」


「俺がするはずなかろう。ふんっ、大層な口を訊くな。だが、そうでなければおもしろくない」


 その時ジュンタは、初めてエルジンの笑みを見た。

 戦いを控え、獰猛に笑う騎士の笑み――そうか、エルジンと言う騎士はこう笑うのか。

 
 エルジンは笑みを浮かべたまま、足をエリカが消えたシストラバス邸の方へと向ける。


「エリカを助けてくれたらしいな。そのことには礼を言わせてもらおう。そして礼として、貴様には結局教えられなかったシストラバスの騎士道というものを明日叩き込んでやる」

「へ?」

 一方的にそう告げ終わると、隻腕の騎士は歩き始める。

「あ、ちょっと、エルジンさん!?」

「リオン様との試合は騎士として棄権する。故に、明日の貴様との準々決勝こそが俺の最後の試合になる。無様な試合は許されん。貴様も俺もだ。
 貴様が何を思って仮面を付けているのかは知らないが、正体がバレるのは困るのだろう? 明日一日だけはリオン様にもゴッゾ様にも黙っておいてやる」

 エリカを助けたことには感謝してもらえているのか、エルジンはそう約束して去っていった。

 けれどジュンタには、そのことよりもずっと気にある言葉があった。

 明日戦う相手より告げられた、その一言がどうしてか頭に残る。


「仮面、か……」

 夜空を見上げる。そこには月と星が瞬いている。


 その空に向かって、ジュンタは問う。


「なんだ、この違和感? 俺は、何か大切なことを見落としているような……」

 祭りの夜を照らす光は、何も教えてはくれなかった。







       ◇◆◇







 武競祭本戦は、予選とは違って来賓も多い。

そんなお偉い方を楽しませるために、それなりに一日何試合かはしなければならない。

よって最終日の今日は準々決勝、準決勝、三位決定戦、決勝戦と、一番盛り上がる対戦スケジュールになっている。

一日で最高三連戦することになるのだ。一戦一戦が非常に重要な戦いになってくるのは言うまでもない。とりわけ初戦である準々決勝は、結果ではなく過程も後々に影響を及ぼす決戦になるだろう。

ジュンタにとって、今日という武競祭最終日の対戦相手は全員が強敵だった。


 そんな相手に自分はどう戦えばいいのか? 


 トーユーズの教えを改めて反芻しながら、宿屋の自室にて戦いの準備を整えていく。


 トレーニングウェアの上に、漆黒の甲冑――
竜の鱗鎧(ドラゴンスケイル)』をつけていく。


 この甲冑をつけるのにも慣れてしまった。最初はクーに手伝ってもらわなければ無理だったが、今では一人で付けられるようになった。

 まずは足の先から一寸の隙もない甲冑をつけていく。それから上へ上へと順々につけていく。つける傍から虹で覆って、その重さをなくしていく。


 やがて全てをつけ終わり、唯一独立した兜をジュンタは手に取る。

 赤い緋色の髪をなびかせた黒い兜――それを見て、ふいに昨日のエルジンの言葉を思い出す。


「仮面か」

 自分の素顔を隠し、頭部を守る兜。そう言えば、どうして自分は素顔を秘匿しているのだろうか?


 情報を隠匿するため。リオンに正体を明かさないため。そうはずだ。けど……

 

「何考えてるんだ、俺は。つけなきゃ頭部への攻撃で一撃だろうが」


 馬鹿なことを考えた。勝率を考えるなら、つけないなんて選択肢はないのだ。


 ジュンタは兜をつける。素顔を隠す。


 ただ口元と瞳だけを覗かせて、武器である大剣と未だ使っていないもう一本の剣を持って、決戦の舞台である王城コロシアムを見た。







 クーと共に、決戦の舞台へと辿り着いたジュンタの前に、まるで待ち伏せをしていたかのようにリオン・シストラバスは現れた。


「遅かったですわね」


 すでに準備万端の状態で、リオンは王城コロシアム前に仁王立ちしている。

 その背にはリオンの従者であるユースがメイド服で付き従っている。そして今日はもう一人、リオンと同じくシストラバス家からの代表であるエルジンもいた。


「リオンさん、おはようございます」


「ええ、おはよう。クー」


 礼儀正しく頭を下げたクーに、リオンが笑顔で答えている。

 その横で、ジュンタとエルジンは自然と睨み合う形になった。


 エルジンは甲冑姿で赴いたこちらを、矯めつ眇めつ見ている。その口が不満げに歪んだ。


「ふんっ、結局は今日も仮面での出場か」


「……どういう意味です?」


「そのままの意味だ。強くなるということが、そのまま全て一般の共通常識に結びつくと思っている時点でまだまだ青い。隠すだけが強さではないのだ」

「エルジン? あなた、アルカンシェルと知り合いなんですの?」


 睨み合う二人を見て、リオンが訝しげに尋ねてくる。


 主であるリオンに対し、エルジンは毅然とした姿で首を横に振った。


「いえ、特には。ただ自分の次の対戦相手ですから」


 リオンはエルジンを信用しているのか、そう言われれば疑うこともなく納得した。本気でエルジンは、今日はリオンにもこちらの正体を教えるつもりはないらしい。


 それは非常にありがたいが、勝負とこれとは一切別だ。


「……手加減はしませんよ」


「できないことを言っても仕方ない」

 バチリ、とジュンタとエルジンの間に火花が飛び散る。

 すでに空気は戦闘前のソレ。一触即発と言ってもいい、前哨戦のような感じとなっていた。


 だが、今はまだ自分たちが戦う番ではない。それを弁えているエルジンは、すぐに闘志を水面下に押さえ込んだ。それを見て、沸き上がりそうになっていた闘志をジュンタも押さえ込む。


 そんな風にして、言葉少なく準々決勝で戦うジュンタとエルジンと睨み合っている横で、またリオンとクーも何かしらの言葉を交わしているようだった。


「クー。手加減は一切しませんわよ?」


「はい。私もです」


 じっと睨むでもなく、微笑みながらも静かに闘志をぶつけ合う二人。
 
エルジンは昨日『次がリオンと戦う前の最後の試合』と言ったが、決してそうなるとは限らない。そう。もしかしたらリオンは準々決勝にて敗北を喫するかも知れない。


 その可能性は十分にあるだろう――なぜならばリオンの今日の相手は、他でもないクーなのだから。

 ジュンタはリオン・シストラバスの本気を知らない。
 ジュンタはクーヴェルシェン・リアーシラミリィの本気を知らない。

 だが、その本気は次の二人の試合で知ることになる――燃えさかる真紅の騎士と綿雪のような雪色の魔法使いの戦いは、誰の予想の範疇も超えているに違いなかった。









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