Prologue
しとしとと雨が降り続いている。
祭りの喧噪を後にして、王都レンジャールでは今日一日中雨が降り続いていた。
雨は聖地にもまた等しく雨を降らしているほどに、巨大な雨雲によるものなのだと言う。
屋根の下に入らず、部屋に入らず、聖神教会らしき場所の屋上でそんな雨に打たれている女がいた。
降り注ぐ雨に金糸の髪を濡らし、ツンと横に尖った耳に雫を伝わせて、滑らかな聖衣にシミを作りながらも女は一人座って瞼を閉じ、胸の前で手を組んで祈り続ける。
それは一枚の絵画のような美しさを孕んでいた。
神々しいほどに美しいエルフの女は、雨音のダンスに耳を傾けつつ、遠い場所にいる誰かに言葉を伝える。
「明日、予定通りに召喚を執り行ってくださって結構ですが……一つあなたにお願いをしたいのです」
独り言のような女の声は雨の水を伝播して、遠い場所にいる従者の耳に届く。
また逆も然り――
『お願い、ですか?』
雨音のダンスのような、不思議な韻のある男性の声が女の耳まで届く。
「ええ。明日はわたくしだけではなく、もう一人ほど一緒に召喚して欲しい人がいるのです」
『一緒に召喚を……?』
「あなたほどの腕前でしたら、縁深きわたくしがいるのであれば、それに付随して一人ぐらいでしたら一緒に召喚できますでしょう?」
『確かにそれは可能ですな。が、しかしそれでは御身に少しではあるとはいえ、危険が及んでしまいます。従者として、それを許してよいものかどうか……』
「あら、それでしたら何の問題もありませんわ」
笑顔を作った女は頬に手を当てて、見えない相手に声音だけで想いを伝える。
「わたくし、あなたの腕を信用していますから。万が一にも失敗することなんてありません、と」
女の言葉に対話相手は黙り込む。
しばらくして、小さな苦笑と共に声は届いた。
『そこまで言われてしまったら、断るわけにはいきますまい。了解しました。では、明日の正午ちょうどに、その者と一緒にいてください』
「我が儘を聞いてくれてありがとう、ルドール」
『礼には及びません。して、その者とは一体誰なのです? レンジャールからラグナアーツまではそれほどかからないというのに、召喚までして連れて行きたい相手というのは?』
「ふふっ、あなたもよく知っている子ですよ。きっとあなたにわたくしがいなくて、あの子にあの方がいなければ、あなたの[召喚魔法]で呼び出されていたのは彼女でしょうね」
楽しげに笑う女の声に、ルドールと呼ばれた向こう側の男が息を呑む。
『では、もしや一緒に連れて行きたい相手と言うのは……?』
「あなたの考えている通りですよ。あなたの大事な孫娘――クーちゃんですわ。偶然にもこの王都で再会を果たしたんです」
『おお、なんとそれは……! そ、そうです! あやつの隣に使徒様はおられましたか!?』
「とても楽しそうな方と、仲良さそうに二人寄り添っていましたよ」
武競祭で見た一幕を教えると、雨を通じて歓喜に声を震わせるルドールの声が届く。
『そうか、ついに出会えたのか……む? では、どうしてクーヴェルシェンの奴を召喚など? 巫女と認められたのならば、いずれは主となった使徒様と共に聖地に来ますでしょうに』
「あら、それはもちろん、その使徒の方にクーちゃんを任せられるか確かめるためです」
こともなげに女はそう言って、
「大事な大事なあの子を任せるのですから、やはり一度はその絆のほどを確かめておかなければいけません。あの子は純情で、そして危なっかしいですから。優しいだけではダメなのです。それはあなたもよく存じているでしょう?」
『……なるほど。本当に御身の我が儘だということですか。あまり感心はしませんな』
「そうですね。ですけど、あまりよろしくない場面も見てしまって。
間違いないでしょう。このままではクーちゃんは、本当に取り返しのつかないほどに壊れてしまいます。良くも悪くも、彼は影響力が強すぎるようで」
『そうですか。御身がそう思われたのでしたら……わかりました。この巫女ルドーレンクティカ・リアーシラミリィ。我が使徒フェリシィール・ティンクの願いに全力をもって答えましょう』
「ええ、よろしくお願いしますね。それでは明日会いましょう」
『はい、それでは』
雨音と消え、雨を伝播する声は途絶える。
空からはしとしとと変わらぬ雨が降り続くばかり。だが、女には雨がもうすぐ止むことがはっきりとわかった。
「……願わくば、彼があの子を救ってくださる方でありますように」
使徒フェリシィール・ティンクは、娘のように思っている少女とその主となった少年を思い、しばしそのまま祈り続ける。
雨がいつか晴れるように――大切な少女が救われる日がやってきますように、と。
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