第七話  勘違いの収束点(前編)





 夜が嗤っていると、そうクーには思えた。

 食事もとらず、満足に睡眠もとっていないクーは、ぼうっと起きているのか眠っているのかわらかない眼差しで窓の向こうを見る。青空から夜空に姿を変えただけで、何一つ変わらない窓からの風景。以前なら心洗われるとさえ思えた風景が、今はどうしようもなく色褪せて見えた。

「……ご主人様…………」

 クスクス。と、夜が嗤っていた。

 いつかどこかで聞いた怖い女の笑い声のように、星が瞬きながら嗤っていた。

 はぁ、と荒くつかれた吐息が、真っ白に染まる。
 悲壮と孤独に染まった吐息は部屋へと浅く広がっていき、そこにあったものに霜を下ろす。

 侍女の人が整えてくれたシーツの先が、凍り付く。
 誰かが置いていってくれた温かな食事が、冷める。
 流れた涙が瞬時に凍り付いて、床に落ちて割れる。

 クスクスクスクス。と、夜が嗤っていた。

「…………ご主人、様………………」
 
 ―― 世界がどうしようもなく嗤って、クーヴェルシェン・リアーシラミリィを否定していた。

 




「それで、本当にクーは無事ですのね?」


「はい。間違いなく」


 大通りを歩きながら、隣に並ぶクレオメルンにリオンは再度確認を取る。それに返ってきた答えも、また先程と同じだった。


 戦いが終決したあと、自分とジュンタが聖地にいる理由が、クーを捜すためとはっきりクレオメルンに告げたところ、返ってきた答えはそれだった。

クレオメルンが言うに、クーはアーファリム大神殿にいるとのこと。
 彼女
はクーが誰かに攫われたということは知らなかったが、それでも間違いなくクーはアーファリム大神殿にいるようだ。なんでそこにいるのかは分からないが、無事らしい。


「そうですの。無事なら良かったですわ」

 リオンはほっと胸を撫で下ろす。

 その横で、クレオメルンが恥じ入るように顔をうつむけた。


「申し訳ありません。元はと言えば、全ては私の勘違いから始まったこと。あなたと彼には、いくらお詫びをしてもしたりません」


「それはもういいですわ。先程嫌になるほど謝罪の言葉はもらいましたし、すでに手配書の撤去作業は進めてくれているのでしょう?」


「指示は出しました。ですが、全軍に行き渡るのにはもう数分かかるでしょう」


 ジュンタの指名手配の張り紙は、全てクレオメルンの勘違いによる産物なのだという。


 彼女はクーの友人で、その友人が塞ぎ込んでいるのを見て、ジュンタが何か酷いことをしたと思いこんでいたらしい。フェリシィールの勅命状に罪状は書いておらず、つまりは手配書ではなく、本来ならば行方不明者の案内とするべきだったのだ。


 クーが悲しんでいるのは、仲がいいジュンタと離ればなれになったから――それを伝えたあと、サーと顔を青ざめさせたクレオメルンに何度もリオンは謝られていた。


 その上でクレオメルンは迅速に、あの場にいた騎士たちを騎士団本部に走らせ、命令を撤回してくれた。

 呆れはあるも特に怒りは湧かないから別に構わないのだが、ジュンタにしてみれば最悪極まりない勘違いでもある。一度出回った手配書だ。今更回収されても、悪印象は残るだろうし……まぁ、彼がそんなことを気にするとも思えないが。


「取りあえず、私に謝る前に謝るべきはジュンタと、そしてクーですわね」


「仰るとおりです」


「とは言え、一体あの輩は一体どこまで逃げましたの?」


「騎士たちに追われていたんです。そう遠くへ逃げられるとは思えないのですが……」


 責任から協力してくれるクレオメルンと一緒に、辺りを捜索することすでに五分――一体どんな道を辿ってジュンタは逃げたのか、未だ彼の姿は見つからない。


 誤解は解けたし、さらにはクーの居場所も判明したのだ。早々にジュンタを見つけ出して、そのことを教えて上げないといけないのに。

「わざわざこの私が捜して差し上げてますのに……どうして出て来ませんのよ」


 何度か曲がり角を曲がった先に人だかりが出来ているのに、リオンは気が付いた。


「あれは……行きますわよ!」


「はいっ!」


 怪しい人だかりに、リオンはクレオメルンを引き連れて入り込んでいく。


「近衛騎士隊隊長のクレオメルン・シレだ! 道を空けろ! 何があった!?」


 聖地において使徒の近衛騎士の名は絶大だ。特にクレオメルンともなれば、さらに知名度は跳ね上がる。翡翠の髪をなびかせて声を張り上げる彼女の声に人垣は割れ、その向こうにあった噴水広場の光景が露わになった。


「これは!?」


 クレオメルンが驚きの声をあげる。
広場に転がっていたのは気絶した六人の騎士――先程ジュンタを追いかけていった騎士たちだったからだ。


「……驚いた。彼もまた、とても強かったのですね」

「いえ、さすがにこの人数を相手取れるとは思えませんわ。できたとしたら、ジュンタもついでに転がっているはずですもの。筋肉痛で」


 騎士たち六人が敗北したことに、何とも言えない顔で驚くクレオメルンの横で、リオンは訝しげに眉を顰める。ジュンタの実力を、戦ったことのあるリオンは完全に把握できていた。


「しっかりしろ! ジュンタ・サクラはどうした!?」


「う、うぅ……クレオメルン様……」


 クレオメルンが近くにいた騎士の一人を起こし、ジュンタのことを訊く。


 彼女は騎士の小声に耳を傾け、何度も頷く。
その後フラフラな騎士に肩を貸して助け起こしてあげたあと、クレオメルンはリオンに騎士から聞いた話を伝えた。


「騎士の話によると、この噴水広場にジュンタ・サクラを追いつめたとき、二人組の男女に援護され敗北を喫したようです。リオン様、この二人組に心当たりは?」


「二人組? いえ、ジュンタはこの聖地が初めてのようでしたわ。心当たりはありませんわね」


 誰かに助けられ、そしてこの場にはいないジュンタ。リオンは乾いた笑みを浮かべ、


「クーが見つかったと思ったら、今度はジュンタが行方不明ですの。笑えませんわね。それで、聖殿騎士団はこのままジュンタの捜索を行いますのよね?」


「はい。フェリシィール様の勅命をもって、彼の保護に全力をいれます」


「でしたら、私を先にクーに会わせていただいても構いません? 落ち込んでいるなら、ジュンタの無事だけでも先に伝えてあげたいですわ」


「それは構いませんが……ジュンタ・サクラのことはよろしいのですか?」


「もちろん、私もクーの無事を確認した後捜索に回りますわ。ですけど、取りあえずは大丈夫でしょう。ジュンタ、なんだかんだで強運の持ち主のようですから」


 まったくジュンタと一緒にいると退屈しませんわね――内心でそんなことを思いつつ、泣いているらしい友人のために、リオンはアーファリム大神殿に向けて歩き始めた。






       ◇◆◇







 ジュンタがスイカともう一人に連れられてやって来たのは、なかなかに高級な宿屋だった。


「好きなところに座っていてくれ。今お茶を入れてくるから」


 前にスイカ。後ろに名も知らない、敵意溢れる瞳で睨んでくる少年。

 二人に挟まれるようにして、顔を誰にも見せないようにここまで連れてこられたのだが、一体二人の目的は何なのか。
 

 さすがは高級な宿屋といった感じで、個室ごとに給湯室があるらしく、パタパタとお茶の準備をしようと走っていったスイカの後ろ姿を見つつ、ジュンタは考える。
 スイカにはどこでも座っていいと言われたが、二つの大きなベッドが並んで置かれ、ソファーにテーブルと、色々と高そうな調度品が置かれている部屋である。なんだか座りづらいため、部屋の真ん中辺りで突っ立ったまま考え込む。


 先程騎士に襲われたところを助けてもらったわけだが、スイカは使徒だ。
 つまり本来なら聖殿騎士たちを援護する立場にあるのである。それなのに犯罪者として広まりつつある自分を助け、さらには騎士たちを昏倒させるとは一体どういう了見か?


 意図の読めない二人をリオンに会わせるのは危険と判断して、彼女がクレオメルンに負けていないことを信じて付いてきたのだが、これで本当に良かったのか。しばらく様子見というところだろう。スイカはともかく、弓をしまわない少年は危険すぎる。


「なぁ、いい加減その物騒な武器をしまってくれてもいいんじゃないか?」


 スイカがいる給湯室を守るようにして目の前に立つ、名乗りもしない少年に、ジュンタはジト目を向ける。


「俺は何かをするつもりはないし、そっちだって一応そのつもりはないんだろ? なら、別にしまってもいいはずだ」


「うるさいな。そんなのは僕の勝手だ。お前に指図される覚えはないね」


「こらっ、そんなことを言うものじゃない。それにジュンタ君の言っていることは至極もっともだ。そんな武器をちらつかせて相手を脅すなんて、わたしはそんな風に育てた覚えはない」


 にべもなく少年に拒絶されたところで、紅茶セット一式が乗ったお盆を持ってスイカが戻ってくる。

「育てたって、別に僕だって育てられた覚えはないよ」

「何言ってるんだ。ヒズミはわたしの弟なんだから、わたしが育てたといって、まったく間違っているということはない」

「……仕方ないな」

 注意されたスイカの弟らしき少年は、一度こっちを鋭く睨んだあと手に持っていた武装を解除した。炎を纏ったような弓は姿を無くし、両手の拳を合わせたぐらいの長さの棒に早変わりする。どうやら彼の弓もまた魔法武装であるらしい。


 棒を懐にしまった彼は、テーブルに紅茶を用意するスイカに話しかける。


「姉さん、本当にコイツを匿う気? さっさと追い出した方が絶対にいいって。一度助けてやったんだからさ、同じ出身かもしれないからってこれ以上助けてやる義理はないはずだ」


「義理とかそういう話じゃない。わたしが助けたかったから、わたしはジュンタ君を助けたんだ。
 さぁ、ジュンタ君。椅子に座って紅茶でも飲んで欲しい。あまり紅茶をいれるのは得意じゃないけど、高い葉っぱだから少しは口に合うと思う」

「それじゃあお言葉に甘えて」


「姉さんっ! お前もいきなり和んで、姉さんと一緒にテーブルを囲むな!」


 どうやらこの姉弟、少し天然が入っている姉と、姉のペースに翻弄されてばかりの弟といった感じのようだ。スイカがいれてくれた紅茶に手を出したところ、やけに不機嫌に怒鳴ってきたことから、弟君は相当なシスコンである可能性が高い。


「あ、結構うまい」


「本当か? それは良かった。いつも淹れてくれる人の見よう見まねだったんだけど。あ、お菓子もあるから」


「俺、甘い物の評価は厳しいぞ?」


「残念だけど、わたしの手作りじゃないんだ。スコーンなんだけど、街でおいしいと評判な品らしいから紅茶にも合うと思――


「僕の話を聞けよ?! あーもう、何なんだよお前っ!?」

 ガシガシとおかっぱに近い黒髪を掻きむしって、テーブルにドンと手をついてスイカ弟が睨んでくる。


 ジュンタは自分の分の紅茶を避難させつつ、


「ジュンタ・サクラ。十七歳だ」


「あ、私は十八歳だ。この間誕生日だったから、ジュンタ君とは年齢差はないに等しいと思う。弟――どうせ名乗らないだろうからわたしが教えるけど、弟のヒズミは君と同い年だ」


「そうなのか。ん? でもスイカの誕生日がこの間なのに、ヒズミが俺と同い年ってのはちょっとおかしくないか?」

「待て! 誰が僕を呼び捨てで呼んでいいって言った!」


「わたしが四月生まれで、ヒズミが三月生まれなんだ。容姿が似ているからよく双子と間違えられるんだけど、別に双子じゃない。わたしの方がちゃんとお姉さんだから」


「ちょっ、姉さん! 何さっきから個人情報をペラペラとしゃべってるんだよ!?」


 バンバンとテーブルを叩くヒズミ。弟のそんな行動には慣れているのか、自分と彼の二人分の紅茶を避難させつつ、笑顔でスイカは質問に答えてくれた。それがヒズミにはいたく気に入らないようだが、スイカはまったく気にしていない。何気に大物かも知れない。


「あ〜、もういい。姉さんが頑固なのは分かってるからね」


 やがて何を言っても無駄だと悟ったのか、ヒズミはソファーに腰を下ろす。ご丁寧にこっちとは距離を取って、スイカに近い場所に。


 それを見たジュンタは、紅茶で先の激闘で乾いた喉を潤してから、神妙な顔つきになって言う。


「とりあえず、分かったことを纏めてみる。つまり、ヒズミはスイカお姉ちゃんが大好きだってことか」


「ばっ!」


 紅茶を口に含んだ瞬間にそう言えば、狙い通りヒズミはいきなり紅茶を吹き出してくれた。


「ばっ、ばばばばっ」


「ヒズミ。口に一度入れた物を出すものじゃない。汚いじゃないか」


 そう言いつつ、顔を真っ赤にしているヒズミのことは気にせずテーブルに広がった紅茶を拭く辺り、やっぱりスイカは大物だ。


 口をパクパク動かすヒズミは、持っていたカップを叩き付けるようにテーブルに置き、


「お前、さっきから黙って聞いてればいい気になって! 一体僕と姉さんを誰だと思っているんだ!」
 

「誰って、姉スイカ十八歳。弟ヒズミ十七歳シスコンの二人姉弟だろ? 違うのか?」


 二人を順番に指差したあと、スイカに確認を取ってみる。彼女ははっきりと首を縦に振った。


「ほら、合ってる」


「違う! 僕が言いたいのはそういうことじゃない!」


「わっ!」


 立ち上がったヒズミは隣のスイカの腕を持って強引に立たせると、ジュンタに向かって思い切り押し出した。


「こら、痛いじゃないかヒズミ」


「ちょっと我慢して動かない! ほら、姉さんをよく見れば分かるだろ?」


「スイカをよく見れば分かる、ねぇ」


 ジュンタは、至近距離で顔を合わせるスイカの姿をもう一度確認してみる。


 容姿はかなり整っていて、どちらかといえば中性的な感じ。雰囲気を見れば女とわかるが、スーツとか着たらかなり似合いそうである。男装の麗人という感じで。

 
長い黒髪は先っぽの辺りを白いリボンで結んであり、パンツルックの服装と相成って、どこかボーイズファッションにも見えるが、やはり印象をいえば大和撫子という一言に尽きる。ふわりと鼻に香るどこか懐かしい匂いは、蜜柑の香りか。

 ……いや、なるほど。ジュンタはスイカの顔から少し下へと視線を向けたところで、ヒズミが何を言いたいのか理解した。


 昼間はローブを被っていたからあまりよく分からなかったけれど、シャツに近い洋服一枚となった今のスイカを見れば、そのボリュームには嫌でも目が行ってしまう。

 
 なんとなく食べ物の西瓜を連想させる彼女の名前の通り――さすがに西瓜大は言い過ぎだが――大きく育った胸。ジュンタよりちょっと低めの身長で前屈みにされているため、ドン、と目の前に巨大なそれがあって、ちょっとドキドキである。


「なるほど分かった。ヒズミ、お前の言いたいことはよく分かった。確かにこれは……すごいな」


「そうだろ? ふんっ、分かったならいいさ」

「でも、弟なのに姉のを見せつけるのは、その、止めた方がいいと俺は思うぞ? お前はまだ俺の幼なじみのように、もう後戻りのきかない領域にまでは行ってない。今ならまだ戻れる。……変人ってのは、ならなければならない方がいいもんだからな」


「は?」


 スイカの腕から手を離し、得意気に胸を張っていたヒズミは、なぜかきょとんとした顔をする。

 姉弟だからか、ヒズミはスイカより少しだけ背が低く、彼女を男にしたらこんな感じという容姿をしている。驚いた顔はかなり似ていた。


 黒い服の上に白色のローブ。おかっぱに近い黒髪と、これだけは姉と違う黒い瞳。

 一見真面目そうに見える彼が、まさか度を超えたシスコンで、姉の胸の成長具合を自慢するような輩だとは……驚きだ。


 だけどまだ大丈夫。まだまともだ。変人たちの領域へと、ヒズミはまだ至っていない。


「戻って来いよ、ヒズミ。姉の胸の大きさを自慢する弟ってのは、十分に世間では変人扱いされるぞ?」


「ぬわっ、何言って!?」


 ジュンタが戸惑うヒズミの肩を叩いて耳元に小声で囁けば、彼は乱れた髪を整えている姉――正確に言えばその胸――に視線を一瞬送り、そのあと殺意を孕んだ視線を向けてきた。


「誰が姉さんの胸の大きさを確かめろって言ったァ!? お前、いい加減にしないと許さな――

 真っ赤な顔で怒鳴り、懐の弓になる魔法武装へと手を伸ばすヒズミだが、ジュンタは怖くなかった。むしろ自分が手を置く肩とは逆の彼の肩に、ポンと優しく手を置いたスイカの方が怖かった。


「ヒズミ。そうか、ヒズミはお姉ちゃんの胸を自慢しようとしていたのか」


「ち、ちがっ――そ、それに見たのはコイツ! サクラだ!!」


 ガクガクとかわいそうなぐらい震えるヒズミに対し、スイカは首を横に振る。
 
それを見てジュンタはほっと胸を撫で下ろす。とばっちりが来なくて良かった、と。

「見せられた方に罪はないんだ、ヒズミ。見せた方が悪い……ヒズミ、君も男の子だからそういうのに興味を持つのは分かるけど、あまり変なのは感心しないな」


「ごか――


「分かってる。わたしだってずっと一緒にいたんだ。気付いてなかったとは言わない。とりあえず、神殿に帰ったらそういう性癖を直す方法を誰かに相談してみるから、だからもう少しだけ、理性を強く持っていてくれ」

 完全に誤解されたヒズミが、優しい微笑みを前に手からぽろりと魔法武装を床に落とす。


 カラン、と響いた空しい音が、なんとも哀愁を感じさせた。


「スイカ。こんな弟だけど、ちゃんといい姉でいてやれよ」


「もちろんだ。どこに出しても恥ずかしくない弟に更正してみせる」


「あ、あはは、もういやこの二人……」


 ソファーに崩れ落ちるヒズミに同情の視線を寄せ、ジュンタは優しい笑顔と共に優しい言葉をかけてやる。


「ヒズミ、ご愁傷様」


「お前が言うなぁ――っ!!」


 わざわざ起きあがってまで律儀にツッコミをいれてくれるヒズミを見て、ジュンタは良かったなぁと心から思う。

 恐らく並大抵のレベルではない天然ボケを持つスイカへのツッコミは、彼に任せてよさそうだ。良かった。これまでボケばっかりでツッコミが少なかったから、これで少しは楽になるだろう、きっと。







「さて、そろそろ真面目な話をしようじゃないか」


 そう言って改めて口火を切ったのは、他でもないスイカだった。


「そもそもの発端は姉さ…………いや、なんでもない。話を続けてくれよ」


「ナイス判断だ、ヒズミ」


「?? よく分からないけど、ひとまず説明を欲しているだろうジュンタ君に、一通りの説明をしておこうと思う」


 空になった紅茶のカップを手慰みにするように触れつつ、スイカは一度ヒズミの方を向く。


 ヒズミはしばらくムッとした表情で無言を貫いた後、諦めたように溜息と共に頷いた。


「それじゃあジュンタ君の方から質問をして欲しい。答えられる範囲で答えるから」


「質疑応答の形か。分かった。ならまずは……」


 ジュンタは第一に何を訊くべきかと考える。


 先のヒズミをからかった一件で、二人が悪い人間では――少なくとも初見では見えないことは確信した。何やらスイカはこっちに興味を持っているようだし、ヒズミも姉が関わらない限りは極々普通の少年のようだ。
 

 これでも急展開の事態に対する適応も対応も、早い方だとジュンタは自負していた。

 サネアツはいつも突然に厄介事を持ち込んでくるし、異世界なんかにやって来たりして、大抵のことでは驚かない耐性がついてしまっている。ほんと、一体どこで間違えたんだか。


「じゃあ一つ目だ。俺を助けてくれたみたいだけど、その理由を教えてくれるか? スイカは本来、聖殿騎士団の方に味方をする立場にいるはずだろ?」


「そうだよ。なんだ、お前分かってるじゃないか。姉さんはこの世に三人しかいない偉大なる使徒の一柱なんだ。本来ならお前みたいなどこの馬の骨とも知れない奴が、話できる相手じゃないんだからな。そこのところをちゃんと理解して敬え」


「と、ヒズミは言っているけど、できれば使徒としてじゃなく、一人の人間として扱ってくれるとわたしは嬉しいんだけど……」


 言い放った弟の言葉を完全に無下にする形で、スイカはちょっと寂しそうな表情となる。


「前にも言ったけど、別にわたしがすごいわけじゃない。たまたまこんな色の瞳を持っているだけの、ただそれだけの女に過ぎないんだ、わたしは。だから敬われるのは正直辛いし、少しだけ寂しい。だからできれば、ジュンタ君には普通の同年代として接して欲しいんだけど……ダメかな?」


 上目遣いで伺ってくるスイカの悩みは、ジュンタもまた考えていたことだった。


 スイカもヒズミももちろん知らないことだが、ジュンタもまた使徒だった。スイカと同じく、本来なら大勢の人に敬われる立場にいる。


 今はカラーコンタクトレンズで隠している金色の瞳を晒せば、責務と共に莫大な権威を得ることもできよう。それを使えば異世界での楽しい暮らしも楽々だろうが……そうなればきっと、大勢の人からは雲の上の存在として、壁を挟んで見られることになる。


 今のスイカが感じている寂しさは、考えると結構辛い。だからジュンタは使徒であることを隠すし、スイカの言葉に首を縦に振る。


「俺が敬語を自然に使えるのは年上ぐらいなもんだ。そっちがそうしてくれって言わなくても、俺は同年代の相手として接していると思うけど?」


「うんっ、そうだな。ありがとう」


「気にするな」


「うぉいっ! 言ってる傍から何してるんだよ!」


 感激して手を握ってくるスイカ。
すかさずヒズミが握った手を引き離そうとしてくるが、スイカはその手すら巻き込んで嬉しそうにブンブンと大きく振る。

「きっとジュンタ君なら、そう言ってくれると信じていた。とても嬉しい」


「だぁー! なんだっそりゃぁ――ッ!? なんでこんな指名手配されるような男に、使徒の姉さんがタメ口で話されることを、姉さんの方が喜ばないといけないんだよ! 逆だろ? 普通逆だろ、なぁおいっ!」


 立ち上がってそれぞれの手を引き離したヒズミが、ジュンタに詰め寄る。


「いいか? 姉さんはああ言っているが、僕のことはちゃんと敬語を使って呼べ」


「どうしてヒズミに敬語を使わないといけないんだ?」


「どうしても何も、僕がお前よりも偉いからに決まってるだろ? どうやら分からないようだから教えてやる。僕はな、使徒スイカの『巫女』様なんだよ」


「巫女? ヒズミがスイカの巫女なのか?」


「そうさ。聖神教において、使徒の次に偉い立場にいるんだ僕は。場所によっては、僕が命令するだけで喜んで死ぬ奴だっているんだからな!」


 どうだ、すごいだろ? と言わんばかりのヒズミだけど、生憎とジュンタの巫女のイメージはすでにクーで固まっていた。


 優しくて、謙虚で、がんばり屋の彼女だ。守ってやりたい、大切にしてやりたいと思う対象だ。今更ヒズミが巫女だって聞いても、特に感慨はない。むしろスイカが使徒だということを知ったとき、ある程度予想のついていたことだ。


 以前巫女になったクーに、使徒一人に絶対一人いる巫女について、ジュンタはその選定方法について尋ねてみたことがあった。


 巫女の選出方法に何か決まりがあるのか、と素朴な疑問を抱いて尋ねてみたのだが、返ってきたのは『いいえ』という悲しそうな返答だった。


 考えてみれば、自分とクーの間には何の関係も出会うまではなかった。血縁関係もなければ、そもそも生まれた場所だって違う。


――巫女の選出方法は特に決まっていないようです。男と女、性別だってバラバラですし。巫女と呼ばれるようになったのは、『始祖姫』様たちの巫女が、全員女性だったからなんです。

ですが、使徒様とその巫女の間には、深い縁があると言われています。だから、と言うわけではないですが、使徒と巫女の両者には、少しだけ生まれに関係がある場合が多いそうです――

クー曰く、巫女の選出にかけての決まった法則はないが、巫女に選ばれる人物は何かしらその使徒と関係を持つ相手の場合が多いとのことらしい。

スイカとヒズミのように姉弟の場合や、親子などの家族。
 
使徒フェリシィールとその巫女の間には、同種族という関係があるとのこと。自分とクーみたいに何も関係ない場合もあるが、その場合でも実際は何か縁が両者の間にはあるはずなのだとか。


 少なくともジュンタはそう信じた。何の関係もないよりかは、何かあった方がおもしろい。


「……クーの奴、大丈夫かなぁ……?」


 巫女について思い出すと、連想して自分の巫女であるクーのことをジュンタは考えてしまう。


 巫女の選出方法について訊いたとき、『あの、私がご主人様の巫女に選出された選出方法に、何かご不満でもありましたでしょうか? そうですよね、私ですものね……』と自虐的なことを涙目で呟いていたクーだ。自意識過剰ではなく、離れているクーは悲しんでいることだろう。


(心配のしすぎで泣いてなきゃいいんだけどな……)


 誰かに捕まえられている今、クーが酷いことをされている可能性もある。だからこそ、そのことは努めて考えないようにする。考えると、どうにも思考が乱れていけない。


――おい。お前、完全に僕のことどうでもいいって思ってるだろ?」


「あ、忘れてた」

「い、いけしゃあしゃあと……ずいぶん舐めてくれるじゃないか。穏和な僕にだって我慢の限界ってものがあることを、しっかりと教えないといけないみたいだな」


 顔面を突き出してくるヒズミの口元が、ひくひくと怒りに震える。

 今にも再び懐から魔法武装を取り出して、弓に変えて矢でも射そうな雰囲気を止めたのはスイカだった。


「よせ、何を言ってるんだヒズミ。そういう権力を笠に着たやり方は狡いと、いつも言ってるじゃないか。すまない、ジュンタ君。ヒズミも決して悪い奴じゃないんだ。ただ、ちょっと素直じゃないだけで」


「分かってる。それで、話を戻してもいいか? 結局未だに一つ目の質問にも答えてもらってないんだけど」


「そう言えばそうだな。ヒズミ、話の腰を折るものじゃない」


「え? 僕が…………僕が、悪いのか……?」


 スイカに責められるような目で見つめられ、ヒズミが考え込むようにソファーに座り直す。なんだろう、この見ていておもしろい二人は?


 落ち込む弟から視線をジュンタに変えたスイカが、ようやく一つ目の質問の返答を口にした。


「一つ目の質問。わたしたちがジュンタ君を助けた理由だけど、これは簡単。純粋にジュンタ君を助けたいと思ったからなんだ」


「じゃあ、どうして俺を助けたいなんて思ったんだ? 昼間のときもそうだけど、もしかして俺とスイカには何か関係があったりするのか?」


 今までに一度も会ったことがないスイカと、そんな関係があるはずもない。スイカが普通の少女で、自分が普通の少年だったら、の話だが。


 ジュンタは使徒。スイカもまた使徒である。
 
異世界に四柱しかいないという使徒が巡り会ったのだ。スイカは何か関係する理由を持っているのかも知れない。


「俺とスイカはこれまでに会ったことはないはずだ。それなのに、どうして俺を助けようって思ったんだ?」


 当たり前の疑問としてさらに質問を重ねるジュンタに、そのときスイカが見せた表情は、何といったらいいのか分かりにくいものだった。


 困っているのか、怒っているのか、それとも悲しんでいるのか……少なくとも一瞬だけ見せたスイカの表情から読みとれる想いは、残念という一言に収束する。ただ、すぐにスイカは表情を元に戻して、変わらぬ態度で質問に答えていた。


「それは、ジュンタ君がわたしたちと一緒の出身かも知れないって思ったから」


「出身? 俺と二人がか?」


 予想外過ぎるその理由を、ジュンタは即座にスイカの勘違いだと思った。

 だってそれはあり得ない。スイカたちがどこの出身かは知らないが、あくまでもそれはこの世界のどこかだろう。ならば、異世界の日本出身の自分と出身が重なるはずがない。


「……たぶん違うと俺は思うけど、またなんで同じ出身だと思ったんだ?」


「それはその瞳と髪の色と、その容姿だ。ジュンタ君、君は自分の容姿が珍しいということに気付いてる?」


「まぁ、薄々はな」


 黒髪黒眼という髪色は、実際スイカとヒズミに会うまでまったく見かけなかった。

 この世界の人の一般的な髪色は茶色だ。瞳の色も、またそれに近い色である。貴族はどうやら金髪が多いらしく、そういう特色もあるようだが。


 黒髪黒眼はかなり珍しいものだと思われる。それに加え、自分からすれば周りの人全員が外国人に見えるように、逆に周りから見れば自分こそが外国人だ。


 白人に近い異世界の人々の中で、黄色人種のジュンタは目立っていた。異国風の不思議な風貌をしている、という感じである。日本人が外国人ってだけで視線を向けてしまうように、街を歩けば視線を感じることが多かった。


「黒髪黒眼はロスクム大陸の方にいるにはいるけど、あの大陸でも少ないし、あんまり大陸外には出ないから、この辺りで見かけることはほとんどないんだ」


「なるほど、道理で。確かにロスクム大陸にしか黒髪黒眼はいないって先生も言ってたよなぁ」


 他でもない剣の師であるトーユーズがロスクム大陸の文化に惚れ込んでおり、よく嘆いていた。何でも黒髪が彼女は好みらしく、ロスクム大陸の方に少ししかいないのが残念だといっていた。


 だとするなら、目の前の二人もまたロスクム大陸の出身なのか。使徒ということは生まれてすぐ聖地に来たのだろうが。


「二人もロスクム大陸の生まれなのか?」


「いや、わたしたちは――


「そうさ。僕らは向こうの生まれだよ。二人『も』ってことは、どうやらお前もそうらしいな。
 ほら、だから言っただろ? 僕たちと本当の意味で出身が同じなんて、あるわけないってさ」

「うん…………そう、だな」
 

 やっぱりという顔をしているヒズミの横で、ほっとしたような、残念そうな表情をスイカは見せていた。


 何やら誤解されてしまったようだが、まさか異世界出身などとはいえるはずがない。ジュンタはあえて訂正せず、話を先に進めることにした。


「それでだけど、二人は俺が同じ出身だと思ったから助けてくれたんだろ? まぁ、こうして出身が分かったわけだけど……俺をどうするつもりだ?」


 落ち込んでいるスイカに話へと戻ってきてもらおうと、ジュンタは彼女に話しかける。


 スイカはジュンタに向き直って、そうして聞いた言葉に少しだけ眼を細めた。


「どうする、って、どういう意味?」

「それは俺が聞きたいんだけどな。つまりは俺を聖殿騎士団に突き出す気はあるのかってことだ」


「僕はそれに一票を投じるね。わざわざ犯罪者を匿う理由なんてない。一度助けてやっただけで十分だ。さっさと突き出した方がいい」


「と、やっぱりヒズミは言いましたが、どうする気だ? スイカ」

 確かにヒズミの言うとおり、彼女たちに自分を匿う理由はない。理由もなく犯罪者――冤罪だが――を匿って得になることは何もない。


「侮ってもらっては困るな。わたしは一度助けた相手を、途中で裏切る真似はしたくない」


 それが分かっていながら、スイカははっきりとそう言い切った。

 ちょっと驚くジュンタとは違い、弟のヒズミはやっぱり、と言いたげな顔をする。


「だから最初からしない方がいいって言ったんだ。いつも拾ったものを姉さんは途中で捨てられなくなるんだから」


「希望を与えてから再び絶望を与えるなんて残酷な真似、わたしにできるはずもないじゃないか」


「それ、胸を張って言うことか?」


 大きな胸を張って誇るスイカに、ジュンタはヒズミのこれまでの苦労を察する。

きっとよく捨て犬とか捨て猫とかを拾ってくるスイカに対し、飼い主捜しにヒズミが奔走したに違いない。ある意味、バランスの取れた姉弟ではある。


「そっか、それじゃあ騎士団に突き出される心配はしないでいいわけだな。あ、名前知ってたし、きっとあの手配書をあらかじめ見ているっぽいから先に言っておくけど、あれ何かの間違いだから」


 誤解されたままは嫌なので、前もってジュンタはそう訂正をいれておいた。


「間違い、というと冤罪なのか?」


 スイカは素直に信じてくれて、


「きっと今の言葉が嘘だね」


 ヒズミはひねくれた考え方をしてくれた。


「冤罪も冤罪。なんだかいきなり手配されて、こっちだって驚いてるんだから」


「うん、ジュンタ君はあんなことしないと思っていた。……でも、それなら早めに誤解を解いておいた方がいいと思う。このままだと、なし崩し的に追われる立場になってしまう気がわたしはするんだけど……」


「それはそうなんだけど、でもどうやって訂正するんだ?」


 誤解を解ければそれが一番だが、それを実行するのはかなり難しいだろう。クレオメルンはまったくこっちの話を聞いてくれなかったし。いや、あれはリオンが猪突猛進だからか


「どうやら困ってるみたいだな、ジュンタ君。だけど安心してくれ。そこはわたしの出番だ。確かにわたしには力はないけど、一応は使徒と呼ばれている身だ。潔白を晴らすくらいわけない。――わたしは、権力の使うべきところを間違えたりはしない」


「それは嬉しいけど、でもいいのか? 何か迷惑がかかったりとかは……?」


 頼もしげなことを言ってくれるスイカにそう聞き返すと、鼻で笑って返答を寄越したのはヒズミの方だった。


「迷惑ならもう十分に被っているさ」


「そう、ヒズミの言うとおり。毒を喰らわば皿までだから。何もジュンタ君が気に病むことはない。わたしに任せてくれればそれでいいから」


 ドン、と太鼓判を押してくれるスイカに、ジュンタの頭は感謝で勝手に下がる。無実が晴れると言うのなら、これ以上望むべくもない展開だった。


「それじゃあ、頼む。正直、指名手配されたままで行動するには、今やらなきゃいけないことは大切なこと過ぎるから……いや、待て。使徒なら聖神教をどうとでもできるってことは……」


 ジュンタはここに来て、自分があんまりにも意識していないから咄嗟に出てこなかったクーを探す良案を思いついた。


 それは自分が使徒であることを晒したのち、聖神教を使ってクーを捜索するという方法だった。
 ジュンタは自分が使徒であることを認めていた。できれば自由のために使徒であることはあまり教えたくないが、それでもクーとは引き替えにはできない。


(くそっ、どうして最初に思いつかなかったんだ。そうすればこんな状況には……いや、でも使徒になってすぐにクーの捜索なんてできるとは思えない。こうなったのは当然か。聖神教を使う方法なら、スイカに頼んだ方が……)


 今更後悔しても遅い事柄に見切りを付け、ジュンタは頭を上げる。スイカもちょうど、胸を張るのを止めたところだった


「うん、任された。……でも、少しだけ待っていて欲しい。申し訳ないけど、わたしたちにも少し事情があって、今すぐにアーファリム大神殿に戻ることはできないんだ」


「事情? そう言えば、使徒のスイカがどうしてこんな宿屋にいるんだ?」


 高級そうな宿屋ではあるが、使徒という聖神教のトップを招くほどではない。

リオンが言っていたが、使徒は聖地の真ん中にデカデカとそびえる、アーファリム大神殿という場所に住んでいると言う話だったが……


「それがジュンタ君の二つ目の質問かな?」


「ちょっと待て、姉さん。こいつの罪云々をどうにかするのは百歩譲っていいとして、まさか僕らがベアル教を追ってることまで話す気じゃないだろうね?」


「ベアル教を追ってる?」


「あ」


 いかにも答えますと言った感じの返事をくれたスイカに、厳しい顔でヒズミが制止しようとして……そして盛大に自爆した。


 ジュンタの指摘にヒズミは自分の口を押さえ、スイカは弟のおっちょこちょいなところに苦笑する。


「ヒズミ。別に話してもいいんじゃないかとわたしは思うんだけど。ジュンタ君に待っていてもらうなら、ちゃんと説明するべきだ。それに隠すのももう今更だと思うけど?」


「…………ちっ、しょうがないな」


 自分がミスした手前、ヒズミは不承不承と言った感じで事情を話すことの許可を出した。


 スイカは一つ頷いて、


「わたしたちは今、ベアル教を追っているところなんだ。ジュンタ君もベアル教は知っているだろう?」


「まぁな。人並みには、たぶん」


 ジュンタが思い出すのは、クーと出会ったあの事件で遭遇したウェイトンたちのこと。


 ベアル教という異端宗教を崇める布教師の男は、魔獣を使役し、村を襲っていた。何の罪の欠片も抱かずに、だ。聖神教が敵視しているのがよく分かる、あれは人として許してはおけない類の男だった。


「何かと世の中を騒がしている宗教団体だから、知らないってことはないと思う。わたしたちはね、そのベアル教の本拠地の一つを秘密裏に調査しているところなんだ」


「調査している理由は、スイカが使徒だからか?」


 聖神教を守る使徒としての立場から、それを害するベアル教のアジトを探している――自分でも違うと半ば思いつつ、一応ジュンタは可能性としてあげてみる。

「いいや、違うね。それならわざわざアーファリム大神殿を出てまで二人だけで探すはずないだろ? 本拠地を見つけさせて、騎士団を突入させればそれでことは済むんだから」


「それじゃあ、二人だけで調査しないといけない理由って……あ〜、これは聞いてもいいのか?」


 続けて質問すると、返ってきたのは少しだけ真実が濁された返答だった。


「そう、わたしたちが探しているのは、他の人には見られたくない、とても大事なものなんだ」


「それを僕らは手に入れるために動いている。だから、お前の無実を晴らそうにも、それを手に入れるまではアーファリム大神殿には戻れない。無断で出てきたんだ。小うるさい奴らに拘束されるに決まってる」


 ヒズミがげんなりとスイカの言葉に続く。


 アーファリム大神殿に実際は住んでいる二人は、大事なものをベアル教から手に入れるために独自で動いているらしい。


 使徒としての権力を使って騎士団を動かすとなると、ベアル教のアジトを占領するのは騎士たちだ。手に入れたいものが何かは濁されたが、それが見つかりたくないものなら、二人だけでベアル教のアジトを捜さないといけないと言うわけか。


(しかし、俺の無実が晴らされるのはともかくとして、ベアル教か……)


 二人の話を聞いて、ジュンタの中で形になろうとしていた、ある疑念が再び芽吹く。


「……二人の事情は分かった。俺の指名手配のことは、やってもらえるだけで万々歳なんだ。後回しにしてくれてもいい」


「そう言ってもらえると助かる。安心してくれ、ベアル教のことも明日中には終わる見込みだから。その後はいの一番にジュンタ君の無実を晴らしてみせる」


「ありがと。頼む」


 心からのお礼をスイカに伝える傍らで、彼女の口にしたことに疑念は急速に高まりつつあった。


(近日中に事が済むっていうなら、ベアル教のアジトはもうほとんど分かっていると見ていい。たぶんアジトは聖地の中かすぐ近く…………これは本当に偶然か?)


 同時期に起こった二つの事象には、何かしらの関わりがあるという。

 ならば、もしかしたらこの二つには何か関係があるかも知れない。即ち、クーを攫った犯人が聖地にいるらしいとのことと、聖地にベアル教のアジトがあることが、だ。


 どちらにしろ、手がかりなしの八方塞がりの現状だ。
 ジュンタはしばし黙考し、それからスイカとヒズミの二人に提案する。利用するようで悪いが、ここまで来て二人から離れるのは得策とはいかなかった。


「一つ、質問じゃなくてお願いしてもいいか?」

「図々しい奴だな。これ以上何か要求するつもりか?」


「別にわたしは構わないけど。あ、宿ならもちろんここを使っていいから。何ならわたしと一緒のベッドで眠ってもらっても構わない」


「いや、後で相談するとして、お願いはそのことじゃなく――


 あくまでも人がいいスイカに、ジュンタはもう一度頭を下げた。

――頼む。そのベアル教のアジトに、俺も一緒に連れて行ってくれ」










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