Epilogue
東神居の最上階――塔の主であるフェリシィール・ティンクの部屋でお茶会は開かれていた。
主催者は無論のこと部屋の主であるフェリシィール。白いレースのテーブルクロスが引かれた○テーブルを囲んでいるのはリオンとクー。ユースも誘われたが、メイドとして辞退し、今は給仕として傍に控えている。よって、クーは両隣に使徒フェリシィールと竜滅姫リオンという、そうそうたる顔ぶれに囲まれていた。
これで緊張するなという方が無理でした。
なんだかキラキラと輝いているように見える高貴な二人の会話も半ば耳に入らない状況で、クーは紅茶のカップを手に縮こまる。以前よりフェリシィールにはこうしてお茶会に招かれたりしていたが、そこにリオンが加わるだけでこれほどとは……恐るべし、竜滅姫。
(ここにもしもご主人様までもが加わったら……とろけてしまいそうです)
これ以上眩しくなったら、本当にとろけてしまいそうである。見てみたい気もするが。
クーは安らぎを運んでくれる紅茶をおいしそうに口に運び、
「そう言えばリオンさん。わたくし、レンジャール武競祭を拝見させていただいたんですが」
リオンに対して話しかけられたはずなのに、自分の方を向いているフェリシィールの笑顔に、クーはケホケホとむせかえった。
「あらあら。大丈夫ですか、クーちゃん」
「は、はひ、大丈夫です。そ、それでフェリシィール様、武競祭をご覧になられたということは、そのぅ……」
「ええ、最終日だけでしたが、お二人の試合は見させていただきましたよ」
フェリシィールの笑顔に、クーはサーと顔を青ざめさせる。紅茶のカップを置いて、脱いで胸に抱いていた愛用の帽子を抱きしめた。
「リオンさんもクーちゃんもとっても凄かったですよ。まるで舞踊のようでした」
「恐縮です」
リオンがどこか視線を泳がせてそう答える。フェリシィールは一つリオンに頷いて、
「それでクーちゃん。その試合でのことだけれど」
「ひゃいっ!」
「わたくし、ああ言った自分を省みない攻撃はどうかと思うのです。相打ち狙いだなんて……自分を大切にしなければいけませんとあれほど言ったのですが、分かってもらえてはいなかったようで、とても残念です」
困ったような笑顔を見せるフェリシィール。その笑顔が今日は怖い。どこか威圧感を感じる。そこには確かな怒りが静かに燃えていて、クーはガクガクと身体を震わせて急ぎ頭を下げた。
「す、すみませんでしたっ!」
「そんなに頭を下げなくても大丈夫よ。ええ、もうしないと誓っていただけるのでしたら」
「それは、はい、誓います」
「あら?」
ずっと笑顔だったフェリシィールの表情がそこで驚きに変化する。どうやら、素直に誓ったことが驚きだったらしい。
それも仕方ないか。これまで無茶――自覚はある――をしても、二度としないとは誓えなかった。怒られて、さらには涙ぐまれても、できなかった。けれど今日は違う。この自分を大切にしなければいけないと、今ならばはっきりを理解できるから。
「まぁまぁ、これはジュンタさんに感謝しなければならないようですね。クーちゃん、その気持ちを忘れないようにしてくださいね」
「はい。決して忘れません」
クーの変化を理解して、フェリシィールはこれまで以上に嬉しそうな笑みを作る。混ざりけのない、本当に綺麗な聖母の笑みだ。
その笑みを見て、少し話しかけにくくて黙っていたリオンが口を開いた。
「あの、フェリシィール聖猊下はどうして武競祭を見に来られたのですか? 私は武競祭に聖猊下が招かれたことを、存じ上げていなかったのですが」
「リオンさんが知らなかったのはおかしなことではありませんよ。わたくしは秘密裏に招待されましたから。他でもないリオンさん、あなたのお父上であるゴッゾさんによって」
「お父様に、ですか?」
「今だから言えますが、実はわたくし、ゴッゾさんにお願いをされていたんです。リオンさんが無理矢理結婚させられそうになっているから、それをどうにかして欲しいと。イズベルト王に忠言差し上げられるのは、わたくしのような使徒ぐらいなものですから」
「お父様がそんなことを……」
知らなかった父の想いに触れて、リオンは嬉しそうな表情となる。
その優しい顔は誰もを魅了してしまうような、同姓からみても綺麗な笑みだった。本当に、この二人を見ていると溶けてしまいそうになる。
「それだけではなく、わたくしとしてもやはり同じ女性として望まぬ結婚は反対ですからね。イズベルト王の考えも分からないわけではないのですが、それでも少しどうかと思ってしまいます。やはり結婚というのは女性にとっては一生の問題ですから」
やけに力説するフェリシィールの様子にクーは思い出す。そう言えば、フェリシィール様には結婚願望があったのでした、と。
「たとえどのような思惑があっても、追い詰められても、決して妥協などしてはならないのです。ええ、その通り。わたくしが今なお独り身なのは結婚ができないのではなく、未だしていないだけなのです!」
そこまで言ったところで、向けられる二つの視線の温度に気付き、フェリシィールははっとなって咳払いをする。
「コホン。失礼しました。そうした理由で、わたくしはゴッゾさんのご招待を受けたというわけです。結果的にはわたくしの力など必要せず、リオンさんはその手で自由を勝ち取ったわけですが」
「私のためにわざわざご足労願われて……感謝の言葉も出ません」
「いえいえ、持ちつ持たれつ、それがわたくしの役目なのですから。
リオンさん、安心してくださいね。あなたが、あなたの愛した人と結婚できることは、わたくしが使徒の名にかけて保証させていただきましょう」
「フェリシィール聖猊下……」
じ〜んと目頭を熱くしたリオンが、まっすぐにフェリシィールに尊敬の眼差しを向ける。
さすがは金糸の使徒。その心の優しいところは、クーもやはり憧れの眼差しを向けずにはいられないわけで……
「そう言うわけですので、さぁ、聞かせてくださいな。リオンさん。あなたは今、一体誰が好きなのですか?」
「えぇ!?」
…………なぜだろうか? 等身大の女同士の会話へと、一瞬で雰囲気が変わってしまった気がするのは。
金色の瞳を輝かせて、フェリシィールはリオンへと興味津々に眼差しを向ける。
リオンはいきなりの質問に、しかも使徒からという答えないわけにはいかない質問に、戸惑い、迷い、顔を真っ赤にして、おろおろとユースに援護を頼んで見て見ぬふりをされ、
「わ、私の好きな人は……」
ついには観念して、細々とした声で話し始めた。
「まぁまぁ、どなたかしら?」
「ドキドキします」
ついクーもフェリシィールと一緒になって耳を澄ませてしまう。
これが気にならないわけがない。相手はあのリオン・シストラバスだ。そんな彼女が一体どのような人を好きになるか、興味はとても引かれる……大体予想はつくのだけれど。
「私の、その、私の好きな人は……」
言い淀むように、焦らすようにリオンは呟きをもらして、
「好きな人は……………………よくよく考えてみたら、私に好きな人はいませんでしたわ」
その事実に気が付いて、普通にそう質問に答えて紅茶に手を伸ばした。
「いらっしゃらないのですか? そうなのですか……とても残念です」
フェリシィールはしょんぼりと肩を落とす。
それでもフェリシィールが納得したのは、リオンのことをあまり知らないからであり、リオンのことを知るクーは疑問に思ってそんな質問を投げかけていた。
「え? リオンさんは、ご主人様のことが好きなのではないんですか?」
「――ッ! だ、誰がジュ、けほけほっ!」
驚きのあまり口に含んだ紅茶をおかしなところに入れてしまったリオンは、咳き込んで涙を浮かべながら、それでもクーに向かってはっきりと述べた。
「だ、誰がジュンタを好きなものですか! 私は別にあのような男は好きでも何でもないですわ! 告白を受けても迷惑なだけですし、恋愛対象になることもありえません!」
「でも……」
「でもも何もありません! 剣に誓って、私はジュンタのことが好きではありませんわ!!」
さすがに騎士であるリオンが剣に誓ってそう言うなら、その言葉は本心からのものなのだろう。……だけど納得がいかない。まだ出会ったばかりだけれど、リオンの中にあるジュンタへの想いはそういった感情のような気がしてならない。
(ご主人様はリオンさんに、ですよね)
それ以上に、自分の大事な人のことを恋愛対象に入らないと言い切ったそれが、どうにも信じたくなかった。それではあまりにもあの人がかわいそうだ。
…………でも、なぜだろう? 少しだけほっとしたのは?
「なるほど、そういうことですか。ふふっ、クーちゃん。良かったわね」
「むしろ私としましては、良かったというよりは悪かったと言った方が……」
「あらあら、まぁまぁ。二人ともが、まだまだ子供なのですね」
フェリシィールは一人納得したように頷いている。
リオンはユースに紅茶のお代わりをもらって、頬の赤を何とか取り除こうとしていた。
そんな二人に囲まれて、クーは静かに決意を固める。
(決めました。ご主人様のために、私がんばりますっ!)
それは救ってくれた恩返しにして、ある意味では欲望のようなもの。
もしもジュンタとリオンの二人が寄り添って笑っていたら、それはどんなに素晴らしい光景なのだろう――そんな幸せそうな姿が見たくて、クーはがんばろうと本心から思った。まだまだ無垢で幼い心は、主への愛のために、まだそれだけしか教えてはくれなかった。
あれから一週間が過ぎて、ようやくジュンタの怪我は完治した。
ドラゴンと戦うという無茶なことをした所為で、異世界にやってきてからの疲れやら何やらが一気に出たらしく、筋肉痛と火傷と風邪と、もういっそ殺してくれという感じの一週間だった。
アーファリム大神殿で高度な治療を受けられなかったら、もっと苦しい時間は長引いたはず。東神居を貸し与えてくれたフェリシィールには感謝しなければならないか。
そんなこんなで、ジュンタは一週間ベッドの上でうんうん唸っていた。今回は過去二回とは違って、トラウマが育たなかったのがせめてもの救いか。トラウマ作りの名人である、いつも甲斐甲斐しく看病してくれるクーが、今回は隣のベッドで同じようにダウンしていたからである。
反転の呪いは回復したが、それでも衰弱していたのは変わらず、さらにその状態で[召喚魔法]なんて高度極まりない魔法を使ったのだ。抱き合った数十秒後、仲良く倒れたのは未だ記憶に新しい。
「――と、まぁ、これが今回の事件の経緯と俺が倒れた理由だ」
「ふむ。またまたおもしろいことになっていたようだな。くっ、逃してしまったのが惜しい!」
フェリシィールが住まう東神居の塔の階段をジュンタは白い子猫――サネアツを頭の上に乗っけたまま上がっていた。
十日ほど前、いきなり自分たちが庭からいなくなったため、シストラバス家では大騒ぎだったらしい。しかし聖地――フェリシィールが手紙を残していたらしい――となると、下手に騎士団は動かせない。と言うことで、ユースが状況確認のために聖地に赴き、サネアツは彼女に便乗してやって来たらしかった。
「しかし毎回毎回、事件が終わるたびにジュンタはボロボロになるな」
「なんでその台詞を喜んで言うんだ、お前は。まぁ、ついこの間まで普通の高校生だったんだ。この世界で危険なものに立ち向かおうと思ったら、そりゃ傷だらけになるぐらいがんばるしかないだろ」
「傷だらけ、か。そうしてジュンタは達成するのだな」
「ん? 何をだ?」
「いや、何でもない。ところで話は変わるが、ジュンタはこのあとどうするつもりなのだ?」
「また、本当に唐突だな」
「そうでもない。ここでの事件も一段落付いた。そしてジュンタはこの聖地へと足を踏み入れた。一つの区切りとしては丁度いい頃合いだろうよ」
リオンやクー、フェリシィールがいる部屋がある階まで階段をあがり、ジュンタはサネアツと話をしながら白亜の回廊を歩いていく。周りには誰もおらず、円を描く回廊には窓から差し込む陽光だけが満たされている。
「区切り、か」
ジュンタは立ち止まり、窓の向こうの景観を眺めた。
眼下には美しい水が湧く噴水と、緑の庭園。真向かいには西神居の白亜の塔が見える。その向こうにはアーファリム大神殿の建物がしばらく続き、さらに向こうには白の都ラグナアーツの姿が見られた。
色々あったために、思えばじっくりとラグナアーツの街並を眺めたのはこれが初めてのこと。
「……綺麗だな」
眼下の泉より湧き出た水が、街の中を幾重にも枝分かれして流れている。水路は陽光に輝き、白亜の街全てを照らし輝かせていた。
聖地と呼ばれるにふさわしい、水の都にして白亜の都。聖神教の総本山であるラグナアーツ。
今自分が立っている場所は、ラグナアーツの王であり、聖神教の指導者である使徒が住まう神居の塔の中。
ジュンタは使徒だ。だから、神居の中にいるのは何も間違ってはいない。
場違いではない――ここがこの異世界での自分の立場なのだと、否応なく理解させられる。
「これからどうするか。実はフェリシィールさんにも同じことを聞かれたよ」
「使徒フェリシィール・ティンクに?」
「ああ。このラグナアーツで使徒として、南神居に住んで暮らさないか、って。あくまでも俺の自由意志を尊重してくれたけど、実際問題、使徒の本来いるべき場所はここなんだよな」
「けれども、ジュンタとしてはどうなのだ? 敬われ、傅かれ、信仰され。そうやってこの異世界で生きていくのか?」
「それもおもしろいかな、とは最近思うけどな」
これまででは考えられない心境の変化かも知れないが、その言葉は本心からのものだった。今までは少し使徒であることを煩わしくて、呪いのようなものとすら考えていたが、今回の件を経て考えを改めた。フェリシィールなどの使徒の姿を見て。
そう、使徒だって別に構わないではないか。
ずっと一週間同じ部屋で疲労や怪我で苦しみながらも一緒にいたクーは、例え使徒として聖地に残ろうとも、また旅を続けようとも、一緒に付いてきてくれるだろう。それは間違いない。それ以外が考えられない程度には、クーの愛情は感じている。
頭の上の幼なじみもまた、当然のように自分について来てくれるはず。どちらを選ぼうとも、二人との関係は変わらない。
変わるとしたら…………たった一人。そう、彼女だけなのだろう。
「だけど、やっぱりそういう責任感のある立場に立つのはちょっとって気もするな。それに使徒だなんて言われて有名になったら、のんびり異世界観光とかもしてられないだろうし」
「ではどうする? 使徒フェリシィールには何と答えたのだ?」
頭の上からの質問に、ジュンタは窓から視線を逸らしてから答える。
「保留にしてもらってる。まだ異世界に来て二ヶ月だ。とんでもなく密度が濃かった二ヶ月だけど、この世界でのこれからを決めるのは、やっぱりちょっと早いだろ?」
「かも知れんな。では、しばらくはどこに滞在するつもりだ……まぁ、聞かなくとも分かるが」
「たぶんお前も察しているだろうけど、ランカに当分はいるつもりだよ」
「ほほぅ? つまりはリオン・シストラバス目当てか」
「…………」
サネアツのニヤニヤ笑いに、ジュンタは思わず沈黙してしまう。
その態度を見て何かを感じ取ったのか、サネアツは愉しげに髭を震わせた。
「これはこれは。二人っきりで行動を共にしている間に、何かあったと見える。さぁ、教えろ。さぁ、話せ。そうすれば楽になるぞ、エロの匠!」
「誰が匠だ! 嫌だ。お前にだけは絶対に教えてたまるか」
「え〜、ジュンタ君のイケズ〜。このソウルパートナーである俺に隠し事など、まるでその手で暴いてみろという挑戦としか思えないぞ〜」
(ああ、対応を間違えた)
底意地の悪い笑みを浮かべるサネアツの尻尾が、何度も後頭部を叩く。
ジュンタは頭の上の軽い重みを無視することにして、歩みを再開させた。
……正直に言えば、サネアツの指摘は真実に近い。ランカの街に逗留するつもりなのは、あの街が始まりの地であることもあるが、やはりリオンがいるからなのは間違いない。
(また、思い出した)
リオンのことを考え、ジュンタはつい連想してとあることを思い出してしまう。赤くなった頬を片手で押さえて、サネアツにばれないように視線を足下に向けた。
リオンについて今一番に思い出すのは、頬に触れた彼女の唇の感触だ。一瞬で、しかもドラゴンを前にした状況だったというのに、一週間経った今でもはっきりと思い出せて、その度に顔が火照ってしまう。
一週間。そのことについて自分なりに色々と考察してみたが、つまりはきっとそう言うことなのだろう。いや、違うか。いや、違わない?
(……自分の気持ちがよく分からん)
ジュンタは頭を振って、考えたことを頭から追い払いつつ、辿り着いたフェリシィールの部屋の取っ手に手をかけた。サネアツの所為で遅れてしまったが、ジュンタもまたフェリシィールのお茶会に誘われていた。
ちょっと色々と考えていたせいで、ジュンタはノックをすることを忘れていた。
音もなく取っ手を捻って扉を少し開け、
「だ、誰がジュンタを好きなものですか! 私は別にあのような男は好きでも何でもないですわ! 告白を受けても迷惑なだけですし、恋愛対象になることもありえません!」
「でも……」
「でもも何もありません! 剣に誓って、私はジュンタのことが好きではありませんわ!!」
そんなリオンとクーの会話を耳にし、音もなく扉を閉めた。
「……………………」
「あ、あ〜、ジュンタ」
取っ手に手をかけ、俯いた状態のまま沈黙するジュンタに、さすがのサネアツも何と声かけていいか分からずに困った声を出す。
「その、な。今の会話は前後が分からないわけであり、何も言葉の通り受け取らなくてもいいのではないか、と俺は思うのだが。もしかしたらあの会話のほとんどはツンデレ言語の場合も…………つまり何が言いたいのかと言うと、落ち込むなと俺は言いたい」
サネアツのフォローと慰めの言葉を、ぼんやりとジュンタは聞く。
別にショックを受けて硬直していたわけではなかった。いや、ある意味ではショックで硬直していたのだから別に間違ってはいない。
ただ、リオンに『恋愛対象じゃない』と言われたことに絶望したとかではなく……つまりは、それによって気が付いてしまった自分の感情に衝撃を受けたのだ。
今のリオンの言葉は決定打だった。そしてもう決定的だった。
ジュンタは真っ赤になった顔をあげて、後退るように扉から離れ、自分の口を手で塞ぐ。
「ジュンタ……?」
「うわぁ、やばい。どうしよう。今の滅茶苦茶ショックだった」
「それは、まぁ、そうだろうとも」
「いや、そう言うことじゃなくて。いや、そう言うことでもあるんだがそれ以上に…………誤魔化しようがないくらいに、自分で自分の気持ちに気付いたんだよ。
ショックだった。すごいショックで何か泣きたくなった。それって、つまりそういうことだろ?」
本当の意味で再会して十日ほど。その期間の間にもう一度惚れたのか、それとも惚れ直したのか、はたまた一目惚れしたときからずっとだったのか、それは分からない。
けど、一つだけ確かなのは、それだ。
「――――俺は、リオンのことが好きなんだ」
サクラ・ジュンタはリオン・シストラバスのことが好き――それこそジュンタがどうしようもなく気が付いた、自分の気持ちだった。
「なるほどな。ついには自覚したわけか。しかし……」
「ああ、本当にしかし、だ」
サネアツとジュンタは互いに視線を交わして、そのあと声を揃え、
『剣に誓われるぐらい恋愛対象に見られてないって、どれだけ前途多難な恋なんだ』
自覚した恋のあまりに先行き不安な事実に、引きつった笑みを交わし合った。
色々な変化を受け入れて、色々な過去を受け入れて、縁は強く固くなっていく。
旅人は想いを自覚して、そうして新たなる目的地不在の旅は、また始まろうとしていた。
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