ラバス村へと進行するキメラへと、人のときとは桁違いに知覚できる魔力を束ね、口から放出。虹色に輝く雷の炎がキメラの身体を打ち砕いた。 命中した腹部には大きな穴ができている。焼けこげ蒸発した割合は一体どれほどなのか、ブレスの威力は以前よりも上がっているように思われた。が、それでもキメラもトーユーズの一撃を耐えた再生力の持ち主である。時間が巻き戻るかのように傷口は塞がってしまった。 (大した再生能力だな。これは、前に戦ったドラゴンと同じ感じの敵と思って間違いないか) かつてその再生の高さから手こずった相手のことを思い出し、ジュンタは翼をはためかせて空へと駆け上る。 自分の巨体の、さらに上を行く巨体を誇るキメラ。しかし双翼を用いて飛べば、ジュンタは攻撃において優位に立てる上段へと立つことができた。空は全て、自分のものであった。 グルリとキメラの顔だけが振り返る。 一撃一撃が双剣で戦ったときよりも遙かに上。漲る闘争心と力は、決して勝つことは難しくないという自信を呼び起こす。またもやジュンタの目の前でキメラの顔は再生するが、ジュンタにはその顔がどこか驚いたような、恐れおののくような、感動するような表情に見えた。 (そう簡単にいったら、勝つか分からない賭けにも出なかったんだ。ドラゴンに劣る魔獣だとしても俺は手加減しない。勝つ。勝って、決める!) オォオオオオオオオオ――と大気を震え上がらせる獣の咆哮が場を満たす。 別にドラゴンを神獣の姿とする使徒がいるはずない、と思っていたわけではない。 使徒とは神が人の殻を被らせて生んだ神獣だ。ならば獣の一種ではあるドラゴンも、また神獣の形としてはあり得る話だろう。不死鳥や天馬など、存在していなかった獣を神獣とした使徒もいるのだから。 だから仮面の男が疑ったのは、彼が使徒である事実そのもの。 使徒は数十年の周期で生まれてくる。そこにいかなる法則性があるかは定かではないが、前例と照らし合わせてみるのなら、一つの時代に四人目の使徒が現れるはずないと言えるのだ。 『始祖姫』の時代より、一つの時代に使徒は三人まで存在していた。 四人目の使徒が生まれるときには、すでに既存だった使徒のいずれかが寿命などを迎えて没したあと。不老ではある使徒だが、一般的に寿命と捉えられている『死』は存在する。 過去の使徒たちを見ても、四人目の使徒が生まれる前に最古参の使徒は役割を終えていた。新しい使徒が生まれるならば、今最も古き使徒――フェリシィール・ティンクが死ななければいけなかったのだ。 けれど彼女は未だに死なず、そして目の前でジュンタ・サクラは使徒である証の神獣の姿を現してみせた。キメラに虹のブレスを吐くかの獣の瞳の色は金――金色の瞳を持つ獣となれば、もうそれは神獣と呼ぶしかなかった。 「その可能性は言い含められてはいたが……まさか事実だったとは」 「疑われていたのですか? 盟主様のお言葉を」 「証拠も用意されていなかった言葉だ。信用には足らなかった。しかし……」 「ええ。あの麗しい姿を見たら認めるしかないでしょう」 ディスバリエの言葉に、仮面の男は渋々と頷く。 「認めよう。ジュンタ・サクラというあの男はまさしく使徒だ。しかもドラゴンの、な。まさか神居の四の塔全てが埋まる事態が来ようとは」 「もしかしたらアーファリム・ラグナアーツは、この状況を予見してわざわざ四つの塔を作ったのかも知れませんよ。千年後に、一つの時代に三柱以上の使徒が現れるだろう、と」 「だとするならば、今の時代には『始祖姫』が予見してしまうような何かが起きようとしているということになる。我らが道は、あるいは神によって定められていたのかも知れんな」 ディスバリエは痛快な冗談を聞いたように口元に手を寄せ、隠しきれない笑い声をもらした。 「わかっているでしょうに。ドラゴンは最強。だからこそ我らは夢見ているのです。 恍惚の表情を浮かべるディスバリエの言葉の、そのどこまでを信じて良いのか。仮面の男にはそれがわからない。 設立から変わらぬ、ドラゴンの力をもって世界を改革するというベアルの教え――それを信じる仮面の男は、キメラの中で今自らの神を目の当たりにしたウェイトン・アリゲイに憐憫の視線をおくる。 「ああ。やはり、ウェイトン・アリゲイ。あなたは最高です。まさに神も予期していなかった最高の器。あなたの想いがこの状況を完成させた。そしてあなたの愛がこの世界を変えましょう」 向けられた祝福は果たして、 激しい怪物同士の戦いを繰り広げられるどちらに向けられたものか。 ……どちらにしろ、福音の咆哮と光に震えるディスバリエ・クインシュが贈る祝福は、狂気の愛以外の何ものでもなかった。 輝けるかの姿こそ、ウェイトン・アリゲイの求めていたモノに相違なかった。 (お、おお……) かつてどうしようもなく弱かった自分にあった全てを、喜怒哀楽関係なく全て焼き尽くした圧倒的な力の権化。それは疑いようのない悪ではあったが、同時に全てを覆す力を秘めた正義であった。 『これこそ、ドラゴン。厄災と恐れられし、使徒の対極にいるモノ……なんて、美しいのか』 炎に焼け落ちるオルゾンノットの街の中、友人だった人の、先輩だった人の、客の、オーナーの焦げる臭いを嗅ぎながらそう思ったのだ。 これこそが本当の力。これこそが本当の神。虐げられし者たちを救う、唯一無二の救世主なのだと――がらんどうの心に満ちた咆哮は、確かにウェイトンには福音となった。 生きる意味を知らなかった抜け殻は、生きる意味――いつか絶対に辿り着きたい救いの形を魔竜に見出して、そのままがむしゃらに突き進んできた。ベアル教に入団し、ひたむきな信仰で導師となり、そして今こうして神の御前にいる。 (辿り着いた先は、あなたには一歩届かなかったこの場所だが、それでも御身が今私の前にいる) キメラの核を担う『偉大なる書』と一つとなり、意識を宿すウェイトンは、なくなった肉体の代わりに魔獣でできた肉を震わす。もはや脳裏に執着した『竜の花嫁』や、焦がれた『狂賢者』のことはなく、唯一ドラゴンだけに専心は向けられる。 (私は再び巡り会った! 讃えよう。私は御身を讃えよう! 祈らせておくれドラゴンよ。敬愛する王よ! おお、あなたこそ我が神!!) 雄叫びは悲痛な叫びとなってキメラの口よりもれる。それはウェイトンの魂の叫びに呼応する、切実な求めの声。 (証明を。私の人生は間違っていなかったと、私が辿り着いた力を受け止めてください! 神よ。私は――!) 暗い暗い闇色の魔力がキメラの身体を爆発させるような触手の雨と変える。 『偉大なる書』を中心として、破壊の力が渦巻く。 ◇◆◇ 薄く細く伸びた黒い触手がキメラより伸びる。 枝分かれし、棘のように殺到するソレは、急速に成長する樹の枝のよう。だとするなら、キメラはさながら灰色の『封印の地』からそびえたつ黒き大樹か。それも枝に毒の棘を生やした。 トーユーズすら命中すれば苦しめる反転の毒を孕んだ触手は、空を覆うほどに伸ばされる。しかし、いかなる大樹といえども、実際に空全ては覆えない。攻撃を見咎めて一瞬で加速に入ったジュンタは、気が付けば触手の嵐の中から逃れていた。 触手は逃がすまいと、あるいは見捨てないで欲しいと追いすがる。捻れ、分かれ、その触手で串刺しにせんと鋭く奔る。 ジュンタは迫る触手を背後に見て、即座に反転。敵に背中は見せないといわんばかりに、自ら触手の中へと突っ込んでいく。 あるいは無謀かと思えるほどの棘がジュンタの眼前に待つ。 その中へと、スピードを落とすことなくジュンタは挑む。 ミリ単位の隙間しか作らぬ壁を、ジュンタは岩を削岩していくドリルのように回転を加えた急降下で突き進み、その速度と魔力の壁で攻撃を寄せ付けずに逆に触手を叩き切っていく。 まさに流星。長く虹色の尾を夜空に描いて急降下するドラゴンを仕留めることなど、キメラの細く分けたために一撃の威力が落ちた触手では不可能だった。それを証明してみせたジュンタは、泥の塊のような触手の基点の直前で急停止すると、その口を開く。 煌々と、キメラの闇色の身体を染め上げる虹。 燃えさかる炎はキメラの身体の断面を覆い尽くし、その肉体をもジワジワと焼いていく。 攻撃を無効化するほどの密度を持つドラゴンの魔力は『浸食』の魔力――それにジュンタは『加速』を加えており、その魔力をもって放たれた炎は相手を猛スピードで浸食する炎と化していた。 すぐに欠けた肉体を補充するため、根から水と養分を吸い上げるように、キメラは『封印の地』から肉を補充する。 誰の目から見てもドラゴンであるジュンタの優位は明らかであったが、しかしキメラの再生力は脅威の一言に尽きた。 「『不死殺し』――言ってしまえば、ドラゴンは不死であるが故に最強。そのために殺すには『不死殺し』でもある『不死鳥聖典』が必要なのだ。 「サネアツさん、いきなり何を?」 「なに、簡単なこと。どれほどに強くとも、ジュンタがドラゴンになったのはまだ二回目。あの規模の敵を完膚無きまでに倒す方法を、未だ自身に見出していないということだ」 状況を冷静に分析したサネアツは、猛スピードで敵の攻撃を避け、返礼のブレスで夜空を明るく染めている幼なじみを見つめる。 この戦いにおいて、本来は人類の敵たるドラゴンは味方。 最初からジュンタの力を誰よりも深く理解し、さらには以前にも間近でドラゴンとしてのスペックを見届けたサネアツだけが、そのことに早く気が付いていた。 「このままではジリ貧だ。そして持久戦となれば、キメラの側にもドラゴンが現れる可能性が高いと来た。……俺の言いたいことがわかるか? ユース」 サネアツは自分を抱き留めるメイドへと視線を向ける。呆けるリオンと、驚きを隠せないトーユーズには望むべくもない冷静な対応を、サネアツはユースにだけ託した。 果たして、眼鏡の奥の翠眼に強い意志を灯らせて、ユースは頷いてみせた。 「理解しました。ジュンタ様に全てをお任せするのではなく、我々にもまだできることがある――サネアツさんはそうおっしゃいたいのですね?」 「イエス。ここまで皆ががんばったから最悪の事態を避けられているのだ。だというのに、いいところを全てジュンタ一人に持っていかれるのは何とも癪だろう?」 その決意を果たせ――涼しげに主の傍にいつも控えている、だけどもしかしたらリオンよりも完璧超人かも知れない師匠に視線で語る。 空の輝きに横顔を照らされながらもう一度、さらに強くユースは頷いた。 「そうですね。そろそろ夜が終わり、朝を迎えてもいい頃合いです。無駄にダラダラと続く喜劇ほど興が醒めるものはありませんから」 「その通りだとも。さすがは俺が学ぶべき相手と見出した師。世界をおもしろ楽しく見る方法を心得ているではないか」 「恐縮です」 ツイ、とスカートの端を持ち上げるメイドの仕草に、サネアツはニヤリと笑う。 (ジュンタの目論みは成功したようだが、何せ強引な手段だったのだ。できるだけ神獣の姿になっている時間は少ない方がいいに決まっている) ジュンタがなることのできなかった己が神獣――ドラゴンの姿になることができたのは、黒き反転のお陰だった。 人を魔獣に変える反転という現象。反転を起こす『偉大なる書』を有するウェイトン・アリゲイの語るところによれば、人の反対には必ず魔獣がいるのだとか。そして魔獣の王がドラゴンであるなら、人はその在り方次第でドラゴンにも至れるのだという。 しかし、それは相当に難しい。魔獣の王に反転してなるのなら、少なくとも人として特別な素質が必要のはず。そう、少なくとも使徒クラスの特別性は必要と予測された。だが裏を返せば、使徒なら反転すればドラゴンになれるということでもある。 (反転することによってドラゴンとなる。反転したドラゴンは狂った獣と化すが、ジュンタだけは例外。元より神獣をドラゴンとする自分は、反転した後ドラゴンになってもきっと狂うことはない。自分は、この自分から何も変わらない。……これほどに確証もない自信はなかなかないぞ) ジュンタは反転してドラゴンになるという現象が、暴虐の獣と化すのではなく、自分の神獣の姿を引き出す引き金になると考えた。 下手をしたら神獣の姿になるのではなく、狂ったドラゴンに変わる危険性もあったのだが、ジュンタはドラゴンの血が反転の特効薬である事実から、使徒がドラゴンになるのならドラゴンは逆に使徒になるのだと言い張った。つまり表側に出ている肉体が変わるだけで、実際には何の不都合も起こらないのだと。 リオンを助けるためとはいえ、あまりに強引な理屈だったが……結果的にジュンタがなったのは黒翼血眼のドラゴンではなく、虹翼金眼のドラゴン。彼は賭けに勝った。 しかし安心もしていられない。本来の覚醒ではない、反転を使っての覚醒だ。どんな不都合が起きるかわかったものではない。見た目こそ以前見せたドラゴンそのままだが、全てが全て前のままであるとは決して言い切れないのだ。 「使徒であること。ドラゴンであること。矛盾する二つを内封しているジュンタだからこそできる裏技だが……その魂と肉体が変わらなくともあまりに危険。ジュンタ、すぐに終わらせてやるぞ」 理性のまま、ただリオンを守るために危険な賭けに打って出たジュンタ。好きな女のためにそんなことができる自分を、彼は誇っていることだろう。 なれば誇りを彼の誇りのままにするために――サクラ・ジュンタがリオン・シストラバスの前で格好いい勝利を飾れるように、サネアツはユースと共に応援に駆けつける。ジュンタが我意を貫いて、それでも死なずに終わったあと共に笑いあえること、それこそがサネアツの望みなのだから。 前のように、戦う幼なじみを前にして何もできずに見守っているだけなのは、もう嫌なのだ。 手数を増やすために威力を分散させるやり方では、ドラゴンの防御を貫くことはできず、かすり傷もつけられないと気付いたのだろう。その時キメラが取った攻撃方法は今までとは違う、鞭のように頭を伸ばし、しならせて攻撃を加えるというものだった。 決まった形のないキメラの肉体はそのまま巨大な鞭となって、異形の頭は凶器と変わる。 横からのしかかるようにやってきた攻撃に捉えられたジュンタは、命中した瞬間の衝撃の強さから、このまま地面に叩き付けられるのはまずいと横滑りをするようにキメラから離れた。 空を自在に駆けるドラゴンは、半ば物理法則を超えた運動を可能とする。これもまた、世界を歪める『侵蝕』の恩恵――質量を消失させるしかなかった人間のときとは、まったく桁が違う魔力運用である。 (さすがは最強。このポテンシャルを体験すると、地道に毎日剣を鍛えるのが馬鹿らしく思えてくる) 翼を一つ羽ばたかせる度に、かつてドラゴンと戦ったときの感覚が戻ってくるような気がする。同時に、キメラがドラゴンほどの強敵ではないことも理解できてしまった。 魔力の収束も、制御も、何もかもが前よりも上――人の姿で魔力というものについて理解していたからか、あるいは二度目で慣れたからか、全てにおいて以前ドラゴンになったときよりも力が上がっていた。これでは負けることの方がむしろ難しく思える。 (なら、そろそろ終わりだ。戦うほどに被害が出る。復興にかかる時間は短い方がいいに決まってるんだから) キメラの頭が地面に激突し、熱量によってあがった、蒸気か土煙か分からないものが立ち上る。 それを晴らすドラゴンブレス。地面に叩き付けられた状態で、キメラはその首を焼き切られた。 それでもキメラがやがて再生を果たして動き出すのは明白。心臓も脳もないキメラを倒すには、その全てを滅ぼすしかない。あるいは黒い魔力を絶えずポンプのように鼓動しながら送る黒い背表紙の本――『偉大なる書』を燃やし尽くすしかない。 (ウェイトン・アリゲイ。そんなになってまで、お前は……) 戦っているが故に、ジュンタは誰よりも目の前のキメラという存在がどうやって生まれたものかを理解していた。 一瞬躊躇が浮かぶ。確かにそれは許し難いほどの暴挙だけれど、目の前のウェイトン・アリゲイという男のなれの果ての姿には同情すべきものがあった。少なくとも、ドラゴンであるジュンタは、なれなかったウェイトンが攻撃で表す狂おしいほどの求めを感じていた。 叩き潰されても、圧倒的な力を見せつけられても、ウェイトンはその全身全霊全てで攻撃を仕掛けてくる。決して止まることなく、ひたすらに手を伸ばしてくる。 その手が届くことはない――ジュンタが広げた双翼が魔力の輝きを紋章のように示し、侵蝕を纏った風を辺り一帯に巻き起こす。それだけで、殺到してきた全ての触手は千切れ飛んだ。 (俺はお前が嫌いだったけど、それでも今は一刻も早く終わらせてやりたいと思うよ) 身体の数割を失ったキメラが、のたうちまわりながら再生を行っている。その無防備な姿を金色の瞳で見て、ジュンタは大きく口を開いた。 左右対称に広がった翼がこれまで以上に輝きを強める。まるで雷雲を呼ぶかのような雷気がジュンタの周りで巻き起こり、その熱量は吸い込まれるように口に集う。 収束された雷は炎となって牙の間からチラチラともれる。 (これが今の俺にできる最高の攻撃だ。だけど、それでもお前が耐えた先生の攻撃には届かない威力だろう。……今の俺じゃあ、お前の求めには応えてやれない) 放たれることなく集い、収束される雷は天を裂き地面を呑み込むような力を放つ。 (だから、悪いな。俺の勝ちじゃない――) ジュンタはその力を見せつけながら、『封印の地』の上で再生を完了させたキメラを憐憫の眼差しで見、どこぞの謎のパティシエの彫像なんかを粘土でこしらえている大馬鹿者を信頼の眼差しで見て、一言だけを手向けとして贈った。 ◇◆◇ 全てを破壊していく暴虐の雷を前に、ユースは『封印』の風を盾にして、瞬時に沸騰していくキメラの姿を眼前に見る。 (すごい、威力。さすがはドラゴンと言ったところですか) キメラはトーユーズの時と同じように、核を中心とした部分だけを雷の奔流の中でも何とか保ち、それ以外は完全に肉片に変わって消え去っている。『封印の地』に通じた孔を塞いでいた巨体は小さな肉だるまに代わり――今こそ、封印の風のアニエースと呼ばれる役割を果たすとき。 「サネアツさん。制御に力を貸してください!」 「心得た! ドンとやってしまえ!」 「はい!」 火の粉を舞わせて消えていく雷の炎。ユースは防御の魔法を消して、即座に孔を閉じるために動く。 霊湯のなくなった湯船の周り。破砕したその中から、『始祖姫』メロディアが残したとある魔法を起動させる魔法陣が刻まれた石を探す。目的の石は破壊された中でも傷一つ無く無事で、見つけるのは容易かった。 ユースがその石に触れて魔力を注ぎ込み、秘められた魔法を発動させる。 その魔法陣こそ、膨大な湯量が眠る霊湯に神殿としての機能を刻み込んだ『始祖姫』の秘術。魔法陣として露わになったそのとき、初めてユースは神殿そのものに手を届かせることができた。 「神殿接続」 なけなしの魔力を全て魔法陣に注ぎ込んで、神殿との契約を試みる。 神殿が内封する魔力の膨大さに加え、封じるべき『封印の地』が開かれていることにより、アクセスした直後から尋常ではない負荷が身体にかかる。覚悟してなお、それはユースに膝を屈しさせた。 その負荷が半減したのは、小さく噛み殺した悲鳴と共に、いつのまにか肩の上からいなくなって子猫の声が響いた直前だった。 「くっ、なるほど。未だ俺が影響を受けた魔法の力など、奴の力の一欠片に過ぎなかったということか。『始祖姫』、やはり大した怪物だ」 「サネアツさん」 同じく魔法陣にアクセスをかけ、本来ユースが担うべき負荷を半分肩代わりしてくれたサネアツは、その小さな身体でしっかり持ちこたえながらニヒルに笑い顔を作って見せた。 「さぁ、では果たしてしまうがいい。今の俺では届かぬが、それでもお前ならば届くだろう。封印の風のアニエース。竜滅姫の従者よ」 力強い言葉に、信じているという言葉に、胸が熱くなる。力が全身から溢れる。 「属性同調 性質同調 理念同調」 サネアツに応える頷きを言葉に代えて、しっかりとユースは信頼に応えようとした。 このままいけば全てが正される――そのことに気が付いたのか、宙に浮かぶ『偉大なる書』が黒い魔力を輝かせ、周りの肉片から槍のような切っ先をユース目がけて落とした。 意識の集中を魔法陣から逸らすことは許されない。 「邪魔はさせませんわ!」 ドラゴンの姿を一心不乱に目で追っていた騎士姫だったが、おのが従者の危機に気付かぬはずもない。リオンは大きく跳躍して、ユースを襲おうとした触手を切り裂く。そのまま返しの刃で、宙に浮かぶ『偉大なる書』も斬りつけた。 孔を飛び越え、向こう側にリオンは着地。それを見届けてからユースは最後の仕上げに移った。 「我は死すらも乗り越え、竜滅姫リオン・シストラバスの従者に辿り着いた者」 荒れ狂う魔力の流れを正すは、自分という終わったはずの存在が生まれた奇跡。 「我はトリシャ・アニエースが娘。彼女の教えを受け継ぎし者。たとえ血の繋がりはなくとも、そこに確かな縁を持つ者」 本来神殿が行うべき流れに戻すは、その神殿を担うべき名を継ぐ者としての責務。 淡く乱舞していた虹色の光が、魔法陣の中央へと移動する。 それは輪郭も朧気な、三人の女性の姿。虹色で形作られた、髪の色も瞳の色も分からぬ三人の姫の姿。それでもユースには彼女たちが誰かわかった。きっと彼女たちは、皆が皆金色の瞳を持っていることだろう。 彼女たちが選んだものは救世。 『―― ここに天馬が希う。この地に救いよあれ。光の恩恵よあれ ――』 『―― ここに不死鳥が希う。この大地の果てに闇の封印と刻印を ――』 『―― ここに聖獣が希う。最果ての封印世界への道は閉じちゃえ ――』 姫の輪郭が弾け飛び、その姿を形作っていた虹色が孔を塞いでいく。 孔の向こうからは、数多の怨嗟の声が。 『神よ! ああ、私は今なお御身を求めている。足りなかった。また足りなかった。まだ力が足りなかった! おお、神よ。我らが救世主よ。御身の僕たるウェイトン・アリゲイは、必ずやその御座に辿り着こう!』 怨嗟の中に、ジュンタは狂ったような笑い声を聞く。 その声は閉じていく孔の向こうに消える。 「ウェイトン・アリゲイ、か」 どうしようもなく悪だったけれど、それでも何かを救うために足掻き続けた男を。 ◇◆◇ ……ずっとずっと信じていた。自分こそは獣であると。全ての敵を食らいつくす、強者に牙剥く獣であると、そう信じていた。 生まれながらのハンデすら塗りつぶすこの獣の胎動こそ、手に入れた鋼の爪こそ、獣たる自分を獣たらしめる『戦意』を研ぎ澄ますモノと信じ、決して後ろを見ることなく、疑うことなく歩いてきた。 だが、初めてヤシューは後ろを向きたくなった。疑いたくなった。 本当に自分の生きてきた道に、自分を獣たらしめんとする要素はあったのか。 ……今日この瞬間目にしてしまったのだ。ジュンタ・サクラの中に眠る獣を――自分が強者と信じてきた全てをぶちこわしてしまうほどの本当の獣を、見てしまったのだ。 ドラゴン――終わりの魔獣と讃えられし王に比べて、自分の矮小さはなんだ。 エルフの女も一撃で下すことができず、最後には他のものに見とれられ……そしてまた自分も同じものに見とれてしまう始末。それがただ本能のままに敵を食い殺す獣であってたまるものか。 「ちくしょう……俺はまだ、獣にはなれてなかってことか」 瓦礫の中、両手から巨人の手を零し、浮かんだ『儀式紋』を解いたヤシューは、血が出るほどに歯を食いしばる。 最高の好敵手と思っていた獣、ジュンタ・サクラ。 「ちくしょう……ちくしょうちくしょうちくしょうッ! ちくしょうがァアア――!!」 腹の底から、恐怖心を打ち払うかのようにヤシューは咆哮をあげる。 「テメェ……」 背後にいつのまにか立っていた彼女は、背後に仮面の男を従わせるように立たせ、絶やさぬ笑みで嘲笑っていた。お前は弱い、と。お前はあの獣に比べたら虫ケラだ、と。 ジュンタとの戦いでは湧かなかった憎悪が、ヤシューの鋭い視線に奔る。 「力を差し上げる、と言ったらどうしますか?」 しかし、次に彼女が吐いた言葉は無視できるものではなかった。 「未完成の『儀式紋』などでは及びもつかない、もっと強い力を差し上げると言ったら、あなたは一体どうしますか? ヤーレンマシュー・リアーシラミリィ」 「力、だと?」 「そう、力です。あなたの望みを果たせるほどの圧倒的な力。あの獣と同じく、獣となれる暴虐的な力。力、力、力――あたくしなら、それをあなたに差し上げられる」 「…………」 両手を広げて、ディスバリエはヤシューを誘う。 それは決して身を委ねてはいけない誘い。だが、ヤシューは何の躊躇もなく肯定の笑みを浮かべた。 「いいぜ。テメェは気にいらねぇが、テメェの力だけは信じてやる。強くしてくれるってんなら、強くされてやろうじゃねェか」 ヤシューは一足早く獣となり、上から見下した好敵手を振り向き、 「本物の獣になるためなら、俺は悪魔とだって契約してやる。だからよ、忘れるなよジュンタ。テメェを食いちぎるのは、このヤシュー様だってことをな」 今度は本当の意味で最高の戦いができるように、超えてはいけない一線を越える。狂気の賢者が身を置く、その場所に。 「歓迎しますよ。獣殿」 「皮肉か、くそっ。……で? テメェらはこれから何をおっぱじめるつもりだ?」 ディスバリエの呼称に舌打ちして、ヤシューは鋭い視線を仮面の男に向ける。 「そうだな。同士となった貴公には、話しておくとしよう。我らベアルが目指すものを」 「あたくしたちはそれぞれがそれぞれの望みを抱いて行動している。ただ、その過程で手に入れるべき事柄が同じというだけ。即ち、我らが盟主の掲げる――」 「――世界すら覆す力を手に入れる。私はこの理不尽な世界を変えるために」 仮面の男はそう言う。 「――あたくしは見果てぬ奇跡を届けるために」 『狂賢者』はそう言う。 何とも明確で簡単な理由に、ヤシューは気に入ったと歯をむき出しにして、誓う。 『同志』ではなく、利用し、いつか食い尽くす『同士』に向かって。 新たなる同士を迎え入れて、ディスバリエは心底から嬉しそうな表情をする。仮面の男はその仮面故に表情は覗けない。 「ンだよ、テメェ。同士になった俺にも、素顔を見せる気がねぇつもりか?」 隠されごとをされるのは甚だ気にくわない。最初から喧嘩腰で、ヤシューは仮面の男の仮面を指摘した。 「これか……そうだな。貴公はウェイトン・アリゲイと違って、裏切るような男ではなさそうだ。いいだろう、名乗るとしよう」 それは彼なりの友好の証明だったのか――仮面の男は自身の仮面を掴み、徐に引きはがす。 そう、彼こそはベアル教『改革派』の同士が一人―― 軽やかに着地を果たした、竜滅姫であるリオンにとっては天敵たるドラゴン。 だけど、リオンには分かっていた。目の前のドラゴンはそれをしない。ドラゴンが人を襲う中、目の前のそれだけは例外。人を襲うのではなく、救うドラゴンなのだと。 ……思えば、それは不思議な光景だった。 片や、人類の敵たる厄災。遙かな昔から敵対しているドラゴン。 相容れるはずのない、対極同士といってもいい関係。事実、ここまでドラゴンと接近した竜滅姫は少ないだろう。ましてや、その鼻先に触れた竜滅姫など、きっと皆無に違いない。 初めて触れるドラゴンの手触りは、予想とはまったく違っていた。もっと鱗などでゴツゴツしているかと思ったが、白いそれはとても気持ちが良かった。思わず顔を埋めてしまいたくなるほどに、それは水棲ほ乳類のようにきめ細やかな肌をしている。 そっと撫でるように触れると、ドラゴンはその鮮血ではない、神獣の証である金色の瞳をパチクリさせる。それがどこか照れくさそうな仕草に見えて、リオンは笑ってしまった。 ……言いたいことはたくさんあったはずなのに、実際に彼を前にすると何て言っていいか分からなかった。 自分は救われた。半年ほど前ランカの街で、死にそうだったのを彼に救われたのだ。 今ならばもう全てが理解できる。あの前夜に告白した彼の言葉の真意。何も語らずにいなくなった理由。全部。全部理解できてしまった。 感謝してもしたりない。ドラゴンであることは関係ない。彼はドラゴンである前に彼だったし、自分にとってどうしようもないくらい意識している相手なのだから。その相手がずっとお礼の言いたかった命の恩人と知って、リオンはどうしていいか分からない。 そうこうしている間に、目の前で虹の輝きが炸裂する。 反射的に手を離して目を覆ったリオンが次に目の前を向いたとき、そこにドラゴンの姿はなく、ドラゴンであった一人の少年が立っていた。 いつもしている黒縁眼鏡はなく、その奥の瞳もいつもの黒色ではない。彼の瞳の色は、使徒の証である金色の色―― 「――ジュンタ」 ジュンタ・サクラ。不埒で、無礼で、だけどとってもとっても大きな感情を抱く相手。 彼はやっぱりどこか照れくさそうな顔をして、口を開く。 「悪かったな。今まで黙ってて。ずっと言おうとは思ってたんだけど……言えなかった」 一番初めに言う言葉がそれであることに、リオンは本当にジュンタらしいと思った。 そう思えば、何を一番にいうべきかは自ずと明らかとなる。 今度は自分が、もう少しで鼻先が触れ合ってしまうほどの距離まで近付く。 「リオン」 名前を呼ばれたことに、胸がドクンと大きく鳴った。
その甘い痺れが、それを感じていられる自分自身が、何よりも言うべき言葉を教えてくれた。 竜滅姫として死のうと思った。それでいいとずっと思っていた。今だって変わらずその想いは胸にある。だけど、それでも同時に生きたいとも思う。可能な限り、精一杯、幸せにこの世界を生きて、笑っていたいと思う。 だから、そのための時間をくれた恩人に、ふさわしい言葉はこれだけ。 「そっか。それは良かった。だって俺も、お前に生きていてもらえて幸せなんだから」
第二十話 福音の咆哮
空が見える。遙かな空が。
それは雲さえ突き抜けた、黄金の月と星々を抱く宇宙。
星々は虹となって地上を照らし、黄金は全てを見下ろす。
これが世界。自分である自分が征する世界――
気が付けば、胸に懐く思いのままに咆吼を放っていた。
そして、自分の敵である地上の闇を見下ろす。そう、照らすために。
咆吼に続いて閃光が視界を焦がす。
久方ぶりの、再び異世界に来てからは初めて変化した神獣――ドラゴンの身体は、何の不備なくジュンタの期待に応えた。
その顔の中央に再び放ったブレスは直撃し、作りもののような顔を吹き飛ばす。
満月と同じ金色の光を双眸にたたえて、ジュンタは一気に戦いを加速させた。
◇◆◇
『ジュンタ・サクラはドラゴンの使徒である』――盟主により聞かされていたその情報に対して、仮面の男は今まで半信半疑であった。
僅かな皮肉を乗せた返答をしつつ、仮面の男は崩れ落ちた宿の残骸を踏みしめて、空を仰ぐ。
忌々しいほどに眩しい虹の輝き。吹き荒れる稲妻は、岩盤ごとキメラの身体を貫いていく。
ドラゴンの攻撃は一撃ごとに増していっているようだった。まるで慣れない身体に慣れていくように、忘れていた感覚を取り戻しているように。
「さて、これからどう動く? ディスバリエ・クインシュ。キメラに変わったウェイトン・アリゲイ。あれはトーユーズ・ラバスの一撃でさえ耐えたが、ドラゴンに勝てるのか?」
「ご冗談を」
確かにキメラは核を潰されぬ限り魔獣を吸収して蠢く魔獣であり、ウェイトン・アリゲイは核に意識体として寄生している。ドラゴンに匹敵する再生力を手に入れたといってもいいでしょう。――ですが、勝ち目などは塵ほどもない」
「……盟主が引き入れたものは、希望であると同時に恐怖でもあったということか。……ドラゴンに至る。その末路がウェイトン・アリゲイのようでは、何の意味もない」
「ああ、偉大なるかな。愛しき者よ」
触手はドラゴンを追い求め、辿り着けず、魔獣になってなおまだ求め続ける狂信者の幸福の想いを受け、偉大なる神へと殺到する。
それは数え切れないほどの数で、上空に滞空するジュンタめがけて走る。
それは間合いに獲物を入れた食虫植物の如く、ドラゴンを囲むように動いた。
極至近距離から放たれたドラゴンブレスは、伸びた触手をその根元から焼き払った。
消えることなく身体を覆っていく炎は、やがてキメラの身体の一割ほどを焼き尽くしたあと、ボトリとキメラ自らが、燃え上がった肉の部分を切り離した段階でようやく消火された。
今回は相手がドラゴンではないため、ジュンタの力が圧倒的に上回っているが、敵の再生力はまさに無限。以前ジュンタが神獣の姿で戦った敵と同じようなものだ」
初めてその力を脅威ではなく好意的な戦力として見る面々には、ジュンタの力量というものがいまいちよくわからないようである。
笑って、内心では戦う幼なじみの安否を誰よりも心配していた。
つまるところ、使徒であるジュンタは反転することによって強引にドラゴンへとなったのだ。
その火の粉だけでも、すさまじい破壊をまき散らすのには十分な力を秘めていた。
大気がヒステリックに雄叫びを上げて、世界が高密度の侵蝕によって歪んでいく。
「――――俺たちの勝ちだ」
暴虐の雷が天より地へと突き刺さる。
それはキメラの身体ごと『封印の地』そのものを揺るがし、世界を虹色に蹂躙した。
それは刹那に破壊を閉じこめたトーユーズの一撃ほど刹那の破壊力はなくとも、途切れることなく放たれ続け、加速し続けるために、破壊の規模はほぼ同じであった。
口を開いたら肺が焼けてしまいそうなほどの熱風。同行するサネアツが重ねるように魔法で防御壁を整えてくれなかったら、巻き込まれて大けがを負っていたかも知れない。だけど、こちらの存在に気付いて、信じて攻撃をしたジュンタのためにも耐えなければいけなかった。
瞬間――湯船を中心にして半径十メートルほどの、虹色の光を蛍の光のように舞わせる魔法陣が浮かび上がった。
ユースは防御するでも避けるでもなくその場に居続け、ただ信じた。
本はドラゴンスレイヤーにより両断されることはなかったが、神秘殺しの影響を受けて魔力は切り裂かれる。そのまま肉の塊と共に、『偉大なる書』は『封印の地』の中へと落ちていく。
全ての音が消え伏せる。ユースの声はもはやその場にいた誰にも届かず、また、神殿の声なき力は、ユースのみに届く。
「我は望む。汝との契約を。我は捧げる。自らの名を――」
そして今、守りたいもののために、全てを受け入れよう。
「――我は『神衣を纏いし者』。我が契約の名に下れ! 封印の神殿よ!!」
そう、この身は全ての名を受け入れた。
絶対に負けられない強い意志の下、『ナレイアラの封印の地』を維持する神殿はユース・アニエースを新たな契約者として認める。その血に刻印を刻み、封印の風のアニエースであることを証明する。
一つ一つは小さかったそれは孔を前にして、三つのヒトガタへと姿を変えた。
彼女たちが救ったものは世界。
かつて地獄の闇を照らし晴らした三人の勇姿。遙か彼方、その日もこうして行われただろう光景が、ユースの前で再びなされる。詠われた詩が、今日また何かを救うために響く。
『封印の地』はまたここに、光の舞台によって幕を降ろされた。
夜明けにも似た光が灰色の世界を塗りつぶしていくのを、ジュンタは最後まで見届けた。
二つの輝く虹の結末を見届けたヤシューは、ただ茫然自失していた。
果たして本当に自分は、最高に最高な獣と殺し合えるような獣であったのか。
真実彼は最高の獣であった。ヤシューがライバルと名乗ることに、尻込みしてしまうほどに。
その、一人の後ろを振り向けない男としての叫びは、全ての敵が地上に降りてきたドラゴンの許へと集う中、誰に届くこともなく消え去る。
「―――そう、あなたはまだ獣ではない。ヤーレンマシュー・リアーシラミリィ」
否、確かにその叫びは確かに彼女の耳に届いた。『狂賢者』ディスバリエ・クインシュの心に。
今まさに殺意の切っ先を向けられたディスバリエは、恐れることなくそれを受け止める。それが何よりも癇に障った。
「ならよ、俺はその力そのものが理由ってことになるわけだ。いいぜ。なってやるよ、同士って奴にな。テメェらの盟主様にも傅いてやらァ」
その下から現れたのは、巌のような厳つい顔。
初老に手がかかった、しかし野心を瞳の奥に覗かせる容貌。
「――コム・オーケンリッターだ。では招待しよう。我らが盟主の待つ、聖地へと」
リオンの許へと、虹の輝きを残光として残しつつ、純白のドラゴンは舞い降りた。
彼は長い首を伸ばして、鼻先まで顔を近づけてきた。それはもう少し伸ばせばパクリと頭から食べられてしまい、その口からの吐息で簡単に焼き尽くせる距離だった。
片や、人類の希望たる紅。ずっとドラゴンを滅してきた竜滅姫。
リオンはドラゴンから人に戻ったために開いた距離を、三歩詰める。
それはあまりに近い距離で、周りにはみんないたけれど、それでも視線は彼から離せなかった。
「ジュンタ。私は――」
「――リオン・シストラバスは、こうして生きていられることがとても幸せですわ」
人知れずがんばってくれた少年は、嬉しそうに笑う。