Prologue


 

 灰色の空に黄金が輝く。

 魔を孕んだ侵蝕の水によって、空を覆う灰が洗い流された。
 境界線は未だそこにあるが、その向こうの景色が湖に映るかのように浮かんでいる。

 月――綺麗な満月だ。

 本当にまん丸かは関係ない。たとえ三日月であろうとも、境界線に映る光は歪んだ円となる。まるで幻のように。まるで万華鏡のように。黄金の満月はソラにある。

「数多の星々の海に座す、たった一つの尊きもの。
 あまねく全ての始まりであり、あまねく全ての終焉となるもの。
 道は遠くとも、欠片を拾い集める旅なれど、成就の輝きは我が心にあり」

 朽ち果てた城の中、水色の巫女は一心に祈りを捧げる。
 
 聖なるかな。聖なるかな。聖なるかな。空に向かって狂おしいほどに祈りを捧げる。

「全てはもうすぐ。もうすぐ」
 
 背徳の城の巫女は何ものにも汚されぬ輝きを身に纏い、神聖なるソラへと自らを訴える。
 彼女のはらわたの中では、形なき命が少しずつ確たる在り方を与えられ、胎動を始めていた。

 込み上げる愛おしさ。それは我が子へと向けられる母の想いに近いか。

「あたくしは『聖母』。生まれいずるは『破壊の君』」

 愛おしげに腹を撫でながら、水色の巫女は祈りを捧げる。

 彼方におわす誰かへと。境界の向こうにいる誰かへと。全てを等しく睥睨し、見守る金色の下にいる『主』へと、一心に祈りを捧げる。

「全てはもうすぐ。もうすぐ」

 祈りは結晶となり、人々の総意となりて胎動する命に確たる在り方を与える。

『破壊の君』は望まれることにより、その身を昇華する。彼を育むは母の愛ではなく、狂気にも似た想いだけ。誰かの渇望。誰かの切望。そういった狂おしいほどの求めが、全てを終焉へと導いていく。

 長き年月をかけた全ての成就が、一度は見失った全てが、もうすぐ。

 閉じた瞳からはらはらと涙を零しつつ、狂える賢者は祈りを続ける。

「理想の世界を。見果てぬ夢を。遙かな未来を。いま、届けて」

 聖なるかな。聖なるかな。聖なるかな。

「全てはもうすぐ。もうすぐ。もうすぐ――叶う」

 灰色の大地に黄金の月明かりが差し込む。
 それは世界を終わらせる異変か、あるいは救う輝きか。

 月下の下――聖母は祈る。

 そう、全てはあの瞬間、見出した救いの光のために。


 ――――そう、決して忘れない。


 光なき闇を思わせる、深い、深い、水の底。

 そこへと虹の残滓と共に差し込んだ光の美しさ。

 閉じた瞳でも見ることができた、あの光。触れることができた、あの温かさ。
 触れた唇にこめられた、救いたいという感情の熱さ。それはまさしく先の見えない暗闇の中に見出した救世の光――

 絶望の先に触れ合ったあの出会いに得た答えは、たとえこの先何があっても忘れないと、そう思ったから。

 だから……

「封印はここに終わる。始めましょう――――我が、愛しき聖猊下」
 








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