第三話  夢語り


 

 鏡に映る自分の不景気な顔を見て、クーヴェルシェン・リアーシラミリィは重い溜息を吐いた。

「ご主人様……」

 もやもやとした感情が数日前から心の中で渦巻いている。
 それは日増しに大きくなっていって、クーの小さな身体を蝕んでいた。

 クーにとって誰よりも何よりも大切な人に恋人ができた。その喜ばしい出来事を受けて、しかし心にはっきりと認められる歓喜はわかない。
 
 ジュンタとリオンという、この上なく似つかわしいカップル。クーはどれだけ二人が互いを必要とし、想い合っているか知っていたから、想いが通じ合ったことは喜ばしいことだというのに……口からは重い溜息が出てしまう。

「ダメです! こんな辛気くさい顔をしていてはいけません!」

 溜息の数だけ幸せが逃げていくとはよく言ったもので、祝福の場に溜息ほどふさわしくないものはない。クーは首を勢いよく横に振ると、バチンと両手で頬を叩いた。

 痺れるような痛みが心の中から泥を掻き取ってくれる。
 気合い付けに長い耳を動かして、クーは自分に言い聞かせるために目を閉じた。

 この数日の間見続けた、大切な二人の姿。

 偉大なる主と高潔なる騎士姫が、仲睦まじく寄り添っている光景。それを思うと、問題なく笑みが浮かんでくる。

 クーは目を開けると、そこに笑みを浮かべている自分がきちんといることを確認し、安堵と共にぐっと手を握った。

「今日こそ、ちゃんとお祝いのお言葉を贈らないといけません。がんばりましょう!」

 はい。と、自分の言葉に心の中で返事。

 クーはテーブルの上に置いておいた帽子を手に取ると、部屋を飛び出していった。

 


 

 遠く、突き抜けるような青空の下に――

「し、死ぬ……」

 ――死体一歩手前の少年が一人、呻き声をあげている。

「風流ねぇ」

「どこがですか!?」

 涼やかな声で戯れ言を抜かす師に向かって、飛び起きたジュンタは最速のツッコミをいれた。

 右に握ったドラゴンスレイヤーでの刺突。
 それを避けられることを想定しての、左の旅人の刃での袈裟懸けの振り抜き。

 起きあがる勢いに加え、魔力の破裂を上乗せした連続攻撃。並の騎士では反応できても対応できない突然の斬撃を、しかし空をのんびりと見上げていた女傑は軽くさばく。

「かわいい弟子を叩きのめす。これ以上に雅なことってないと思わない?」

 ドラゴンスレイヤーの一撃を避けるどころか両手の平で挟んで止めるという荒技。というより神業。底知れない実力にジュンタが絶句している間に距離を半歩詰め、笑顔でアッパーカット。
 雷の属性を付加された強烈な一撃を顎にもらって、ジュンタは脳みそを揺さぶられる衝撃と共に地面に崩れ落ちる。

「甘い甘い。このトーユーズ先生に奇襲なんて、逆に隙を見せるだけよ」

 なんてこと言いつつウインクをしている彼女こそ、聖地の危機に駆けつけた偉大なる英傑たちの一人。『騎士百傑』序列十二位・『誉れ高き稲妻』トーユーズ・ラバスその人である。

 長い赤茶色の髪を後ろで一本の三つ編みにし、チャイナドレス風の露出度の高い服を着た、男なら迷わず鼻の下を伸ばすだろう色香溢れる美女だ。左眼の下にある泣きぼくろが何とも色っぽい。

 しかし外見の艶やかさに反して、その実力は謳われるにふさわしい強さを誇っていた。ジュンタは未だ不可視の鞘から剣を抜かせることすらできない。

「うんうん。やっぱりあたしがいないんじゃ、そこまで強くはなってないわよねぇ。弱くなってないだけ許してあげるけど」

 楽しそうに笑うジュンタの師匠は、数日前グラスベルト王国より、聖神教への正式な派遣という形で他の『騎士百傑』共々やってきた。『封印の地』からの離脱をはかる大隊の殿をエチルア王国からの援軍と共に務め、聖殿騎士を聖地へと帰した働きはジュンタも聞き知っている。というか、今さっき自慢をされたところである。

 シストラバス邸前まで足を運んだトーユーズによって、ジュンタが久しぶりの剣の修行に呼び出されたのが三十分ほど前。以後師不在中の弟子が怠けていないか、スパルタ方式で確かめられた。

「だけど……実際少し驚いたわ。相変わらず強くなる方向性が異常だもの。間違いなく変わってる」

 目を若干鋭く細めた観察の眼で、ジュンタはトーユーズに矯めつ眇めつ見られた。

「変わってるって、どういうことですか?」

「自覚はなしか。実はこれと同じことを前にも感じたことがあるのよ。そのときはちょうど、ラバス村の一件が終わったあと、初めて修行を見たとき。あのときも今と同じことを感じたわ。
 死線を潜り抜けたからというだけじゃない、覚悟を強めたからというだけじゃない、明確に感じる肉体の変質をね」

「肉体の変質……そんなに俺は変わってるんですか? 走る速度が速くなってるわけでも、筋力があがってるわけでもない。それなら自分でだってわかりますし」

「そういう後天的に身に付くようなものじゃないわ。あたしレベルじゃないと気付けもしない変化よ。あたしはね、ジュンタ君。最初にあなたの修行を見たときこう思ったわ。この子には戦士としての才能がない、と」

 初めて師から聞かされた『才能』の有無を受けても、ジュンタは動じなかった。肝心要の才能がないと言われてなお、それがどうしたと思うことができた。それに彼女は最初に言った。そしてトーユーズが抱いた疑問も合わされば、続く言葉は予想できる。

「それじゃあ、今の俺は? 今の俺には戦士としての才能があるんですか?」

「モンスタークラス。リオンちゃんより少し下程度の才覚と言えば、それがどんな異常かわかるかしら?」

 これにはジュンタも驚いて押し黙る。最初にはなくて、今はある戦士としての才。それがリオンクラスと聞かされて、思い描くのは紅き騎士の舞踏のような戦い。素人でさえ目を惹き付けられる優雅なる戦い様。あれは研鑽もあるが、生まれ持っての才能も大きい。

「前々からジュンタ君の修行をしていると、後天的に変わるはずのない素養の成長を感じていたわ。でも、それは微々たるもの。あくまでも成長というレベルだった。だけど、ラバス村のあとと今は違う。明らかに前の肉体から変質している。より戦う人間として適した形へと、ね」

 トーユーズは厳しい目をして、自らの弟子を見定めるように動いた。

 迫る木剣。それに対し、即座に起きあがってジュンタは対応する。そのとき、もう一つの刃が死角から迫っているのを感じ取った。

 間に合うか――脳裏を過ぎる一瞬の疑問に、考えるより先に肉体が答えを出す。

「ジュンタ君には、今の攻撃を防ぐ反応速度はなかった」

 きっちり双剣の攻撃の両方を受けきった弟子に対し、トーユーズはそう言って離れた。

「最初は素人にちょっと毛が生えたレベル。ラバス村のあとは、上位の騎士にも上り詰められるレベル。そして今は、騎士としては最高峰のリオンちゃんに近い才覚。……明らかにおかしいわね。まぁ、変質の前に起きたことを鑑みれば、おのずと理由は推測できるけど」

「神獣化、ですね」

「でしょうね」

 ジュンタもまた、自身の変化の理由には憶測が立てられた。

 ラバス村のあとと今、二つに共通することは一つ前の戦いでドラゴンの姿になったことだ。一度人の殻を捨てて神獣となる……後天的な変質が起こるはずのない肉体に変化が現れたのなら、それが理由としては一番怪しい。

「元々使徒としての魔力を持っていたジュンタ君には、魔法使いとしての才能があった。魔法使いとして優れた人間には、自分の肉体を改造することもできるし」

 トーユーズは自分の胸を押し上げ、軽く揺らし、

「つまりはそういうことでしょ。聞いたことがないけど、それくらいで驚いているようじゃ使徒の先生は務まらないわ。ここは起きたことはきちんと受け入れて――

「幸運だったって思って、より修行に励むしかないですよね」

「その通り」

 パーフェクトな弟子の回答に、トーユーズは笑顔を浮かべる。

「それを考えると、できればもう二、三回くらい神獣化して欲しいところだけど。あたしの予想が正しければ、そうすればあたしレベルの才能を得られることになるもの」

「いやぁ、俺はまだ人間の形をした最終兵器にはなりたく――なんでもありません」

「ぶ〜ぶ〜。生徒からの愛が足りないわ」

 強烈なトーユーズの眼光の前に視線を逸らしたジュンタに、唇を尖らせたトーユーズがブーイングをぶつけた。

「ま、それはともかくとして。今くらいの肉体伝達速度があれば、そろそろ一つくらい『技』を教えてもいい頃合いかしらね」

「技を? 先生にそんなのありましたっけ?」

「聞き捨てならないわね。今まで基礎を固めてきたわけだけど、それはあくまでも基礎でしかない。本来の『誉れ高き稲妻』の戦い方は、魔法を戦闘補助に使った雷光の剣技よ。技の宝庫とも美の宝庫とも呼ばれる程ね」

 言われてみれば[魔力付加エンチャント]のための魔力制御と、基本的な打ち合い以外トーユーズとの修行でやったことがなかった。あまりにも模擬戦の密度と恐怖が大きかったので、それ以上先があることを脳が考えるのを拒否していたのだろう。

 基礎でこれなら、発展である技の伝授がどれほど熾烈を極めるかは想像に容易い。ジュンタは若干逃げ腰になって、でもこれからを考えると逃げられるはずもない。

「安心しなさい。戦いが迫っているから、すぐに覚えられる技の伝授しかやらないわ」

 そんな弟子の葛藤を見抜いたトーユーズは、艶やかにウインクを一つ。

「安心、ねぇ」

 だが、ジュンタはドキドキもしなければ安堵もしなかった。経験上、こんなからかいを含めた次にどんなことを言われるかは身にしみてわかっていた。安心したらその後の落差に絶望すると、すでに心得ている。

「……何ていうかどんどんふてぶてしくなっていくわね。最初の頃のかわいいジュンタ君はどこにいったのかしら?」

「たぶん先生がどこかにぶっ飛ばしちゃったんじゃないでしょうかね」

「否定できない。ええ、そうよ。ジュンタ君の思っている通り、短期間で習得させるために地獄の修行方法を考えてるわ!」

「だと思いました! それで、先生。今の俺ならどんな技を使えるんですか?」

 困難を前に身を引き締めて、ジュンタは問うた。もしトーユーズの持つ技の一つでも会得できれば、これからの戦いに大きなアドバンテージを持つことができる。

 ジュンタの本気を肌に感じたトーユーズは表情を引き締めて、

「さっき、ジュンタ君『居合い・偽』なる技を使ったでしょ? あれ、着眼点は見事といっていいわ。『英雄種ヤドリギ』の特性を用いて、喚び出した剣が完全に法則から独立した状態のとき、『加速』の魔力をもって撃ち出す……制御と収束をさらに磨けば、それこそ必殺技としても通用するわね」

「だけど、今の俺じゃあ鞘として使った手を犠牲にしてしまいます」

「そりゃそうよ。新しく作った魔法や技には失敗や犠牲がつきものだもの。だからジュンタ君に教えるのは、ロスクム大陸に伝わる『居合い』という千年もの間受け継がれた剣技を、あたしなりに昇華させた技。名を――『居合い・雷鞘』」

「『居合い・雷鞘』……」

「理論は『居合い・偽』とほぼ同じ。ただ、こちらは本物の鞘から剣を引き抜く必要があるだけのこと」

 それが意味することは、ジュンタとトーユーズの間では大きな意味を持っていた。

 なぜなら、鞘から抜くという工程が必須な『居合い・雷鞘』の修行において、木剣なんて練習用の模擬刀は使えない。

「どうやら理解したようね。これは色々な意味でレベルアップなわけよ、ジュンタ君」

 ジュンタは息を飲む。

 トーユーズは木剣を投げ捨てると、両手を交差させて腰元へと近づけた。それだけで気配や空気、あらゆるものが変化する。まるで数多の剣先をのど元へと突きつけられたかのような悪寒。殺意と勘違いしそうなほど濃密な闘気。

「ここからは、あたしも剣を抜いて行くわよ」

「はい、先生。お願いします」

 それらを放っているのは、騎士の魂である騎士剣。騎士にとって最大の武器が己の胸の内にあるというのなら、騎士が持つ愛剣は自負の証。
 果たして、トーユーズが常に持ち歩いているという不可視の鞘に収められた愛剣が、今初めてジュンタの眼前にさらけ出される。

「一番最初に注意だけはしておいてあげる。いい? ジュンタ君。怯えることなく恐怖なさい。ここから先、一瞬たりとも気を抜けば――

 トーユーズ・ラバスの騎士としての証。あらゆるものを絶斬する双つの剣。


――――大事なものを守れず死ぬと思え」


 鞘から雷の尾を引いて剣が現れる。それは刹那において二つどころか十の斬撃を解き放った。

 黄色の雷気を垣間見せる鞘走りから、トーユーズの握る刀身は現れた。しかし、ジュンタの眼にその姿は一瞬しか映らない。

 速い。あまりにも、その斬撃は速すぎた。

 見てから反応しては遅い攻撃などこれまで多く見たが、これは桁が違う。これは反応しようとしている時点でもうアウトだ。これを避けようと思うなら、未来予知さながらの回避か、あるいは……。

「っ!」

 ジュンタの身体を虹の輝きが覆い尽くす。筋肉が一瞬膨れあがり、雷が落ちたような閃光が修行場として用意された広場に轟音を轟かせた。炸裂する雷の帯の一つとして後ろへと飛び出したジュンタは、一瞬前まで自分がいた空間が十の肉片に解体させられたのを見届けた。

「そういう避け方は許さない。退路なき人生で、あなたはどこへ下がろうと言うの?」

 見届けた次の瞬間には、再び眼前に二にして十の斬撃が舞っていた。

 雷の花弁を散らせる雅なる太刀筋は、同時に死神の鎌よりも確定の死を宣告する切断の刃。対象ごとその周りの空間全てを切り崩す居合いの太刀は、大気に真空を作りだしてカマイタチを無数に発生させる。今度は背後の退路すら切り裂かれた。

 額。鼻頭。首。心臓。内臓。肺――いや、急所を狙われたということに意味はない。トーユーズの斬撃は全てを切断する。上半身のどの部分を真っ二つにされても、人は生きていけないのだから。

 特別な技術など必要ない。ただ疾いというだけで無二の必殺。

 ――死。

 ジュンタを包み込んだ死の気配が、全ての事象を置き去りにしていく。引き延ばされた一瞬に、走馬燈でも見よと剣先が嗤う。

 今から避けていたのでは遅すぎる。遅延が意味するのは己が死。避けろ。避けろ。避けろ。

 だが、現実にそれを成し遂げるには奇跡と呼ばれる秘術が必要。避けられない。逃れられない。それは一秒先に迫った死なれば――

(死ねない)

 死ぬわけにはいかない。この刹那は走馬燈を見るのではなく、必殺を覆すために用意された空白なのだから。

 相手がトーユーズである意味。これが修行であることの意義。
 全てを思い出すよりも素早い反射で汲み取って、ジュンタは自分に迫る太刀筋を読み切る。

 果たして、全てが急所を貫く一撃に思えた十の太刀の中、真に心臓を抉り、首を刎ねる必殺は二つのみだった。他の斬撃は速度・威力共に変わらないが、全て意図的に急所から外され、また肉体からも逸れていた。

「っあ!」

 瞬時の判断。必殺を前にしての生存本能。
 閃光のスピードで意志の伝達は行われ、反応速度の限界をジュンタは塗り替える。

 生き抜くための唯一の隙間。そこへと全身を投げ打つように、両手の双剣を心臓と首に迫る一撃の前に割り込みをかけた。

 同時の斬撃としか思えない連続攻撃。その威力の前に双剣は空と大地へ弾き飛ばされ、ジュンタ自身も剣圧で背後へと石ころのように吹っ飛んだ。脇をカマイタチが駆け抜けて、大地が小さく、しかし深く切り裂かれた。

 まったくもって無様極まりない。だけど――

――は」

 それでも、生きている

「ははっ! 合格。合格も合格よ! それでこそ我が弟子、リオン様を守ると誓った竜滅紅騎士ね!」

 呵々大笑するという、いつもの艶やかな笑顔とは違う笑みを浮かべたトーユーズは反り返った日本刀に似た双剣を鞘へと収めた。

「これが神速の抜刀術、『居合い・雷鞘』よ。どう、俄然覚えたくなったでしょ?」

「……命の危機に、魂が全力で覚えろって叫んでますよ」

 大笑いのため目の端にたまった涙を拭いつつ、トーユーズはジュンタへと手を差し出す。
 無様に地面を転がったジュンタは、柔らかいのに固くて、細いのに大きいその手を握り返して立ち上がった。

「今度はきちんと受け身を取りなさいよ。もう、こんなに汚れたら折角の色男が台無しじゃない」

 トーユーズはジュンタの身体についた泥を、丁寧に払い落としていく。
 その目は酷く優しくて、一瞬前まで失敗すれば死に繋がる斬撃を放った相手とは思えなかった。

(認めてくれたのかな、一応は)

 ジュンタはトーユーズが何を思って、これまでの修行とは桁外れの斬撃を繰り出したか理解していた。

 リオンと付き合うということは、竜滅姫の連れ合いとなることは、つまりは不死鳥の番となること。紅き騎士たちの夢。リオンを真に幸せにできるかという、それは試験であり洗礼なのだ。

 トーユーズは現在『騎士百傑』に身を置く身。シストラバスの騎士とは違うけれど、その心の奥底にあるものは一緒だ。だからこそ、慈しむ眼差しをくれることがくすぐったくて、それ以上に誇らしかった。

「ねぇ、ジュンタ君。あなたは男の子なんだから、女の子のことを泣かしちゃダメよ? ううん、一人の男として、愛した女を泣かせてはダメ」

「泣かしません。それはとっても格好悪いことだと思いますから」

「そうね。そんな格好悪い男をあなたが目指すわけないわよね」

 最後にジュンタの頬についた泥を指で取ったトーユーズは、柔らかく笑った。

「子供が皆いつかは大人になるように、男の子はいつか男になる。男の子なら誰でもいつかはなれる。だから目指すべきは『男』じゃなくて、『格好いい男』なんだから」

「先生……」

 胸へとトーユーズは額をつけてきて、しばらく顔をあげなかった。

 思いの外小さな身体。一体何を思い、今何を託そうとしているのか、ジュンタは考えながらじっと待ち続けた。

「……ねぇ、ジュンタ君。キスしていい?」

 やがて一言、顔をあげたトーユーズが悪戯っぽくそう言った。

 ジュンタは苦笑して、

「ダメです。俺はまだ先生に祝福してもらえるような、そんな格好いい男じゃないですから」

「そっか。それなら、もっと格好いい男にならないとね。けど――ふふっ、きっとすぐに後悔することになるわよ? 勝利の女神の口づけを賜らなかった、我が身の不幸をね」

「え?」

 微笑んで離れたトーユーズに代わって、ズン、と大地を揺るがすような具足の音が響き渡る。

 音は背後から。トーユーズは腕を組んで艶やかに笑い、パチリと魅惑的なウインクを一つ。

「さてさて、ご開帳。これがあたしの用意した地獄の練習相手よ」

 振りかえった先には、紅の甲冑と紅の刀剣を手にした完全装備の騎士団がいた。誰も彼もが自らの主君の列席へ加わるに少年がふさわしいかどうかを見定めるため、殺気じみた闘気を立ち上らせている。

「あたしは番外なのよ。紅い騎士たちからの洗礼はこれからが本番。がんばりなさい、ジュンタ君。リオンちゃんとこれから歩いていくなら、これは避けては通れない道よ」

 紅き剣に騎士の名を――――我らは、真の竜滅紅騎士ドラゴンスレイヤーとなる。

 紅きシストラバスの騎士たちが掲げる聖句は、一筋縄ではいかないらしい。

――上等。俺が好きになった奴には、これでも足りない価値があるんだから」

 ジュンタはまた自らもそれを掲げるにふさわしい男となるために、獰猛に笑って、投げ返された双剣を受け取った。

 

 


       ◇◆◇

 


 

 暗闇に光がぼんやりと灯る。

 朽ちた城の中、鬼火のような白い炎に照らされてヤシューは眼を覚ました。
 頭には酷い鈍痛が。まるで誰かが頭の中で鐘でも突いているのかと思うくらい、二日酔いや風邪による頭痛などとは比べものにならない痛み。

 身体の不調はそれだけにおさまらない。

 刃で貫かれたような鋭い痛みを発する腕を持ち上げ、力をいれる。
 全力で力を入れた右手は、しかしピクピクと小刻みに震えるだけ。左手にも同じように力をいれてみると、こちらは震えもしなかった。

 そんな使い物にならない両手の様子を、ヤシューはぼんやりとした光の中で、繋がらない感覚から知った。

 目ではなく、あくまでも感覚から。

「ヤケに暗いと思ったら、そういうことか」

 灰色の空の下にある灰色の城という、色のない場所のためすぐには気付けなかったが、自分の手さえ蝋人形のようにしか映らないとなれば、気付かずにはいられなかった。眠る前まではあったはずの世界の色が、今のヤシューの視界からは抜け落ちていた。

 白と黒と灰色。それだけで構成された、あまりにも寂しい景色。

 ……簡単な話、ヤシューが危険な力を手に入れた代価として支払ったものは、人としての機能だったというわけ。

 だが、ヤシューは何も心配していない。

 たとえ今はベッドの上で上半身を起こすこともできず、両手両足も動かない状況だとしても、いざ戦いとなれば獣の如き俊敏さで身体は跳ね上がり、四肢は爪や牙となって敵を貫くだろう。

 それはたった一度だけ、獣の群の長が生涯に一度、最後の最後に力を振り絞って出す類の力なのかも知れない。事実、現状『儀式紋』を行使していない状況でこれだ。戦いの際、これを使ったときの負荷は考えられないものとなるだろう。

「一度だけだ。一度だけ、もてばいい」

 ヤシューは眠れる自身の身体を見て、歯をむき出しにして笑った。

 そう、ヤシューはすでに明日の命など欲していない。次に喰らう敵も欲していない。
 必要なのは現在。自分の人生の最後にして最大の敵は、すでに選んでいるのだから。

 一度だけ、もてばいい。命を犠牲にしてでも、一度だけ全力で力を出せれば、それでいい。
 
「なァ、ジュンタよォ。俺はよ、すでに決めてるんだぜ? テメェが俺の死に場所だってなァ」

 眠れるケモノを今は無理に起こす必要はない。
 ヤシューは口の端からもれる笑い声を噛み殺しながら、再び泥のような眠りへと落ちていく。

 戦いの、その始まりの臭いを嗅ぐまで。

 


 

「………………馬鹿ヤシュー」

 最後まで眼を覚ましたヤシューは気付かなかったが、部屋の中にはグリアーがいた。

 色を無くした彼の瞳の中に映らなかったのか、それともたった一人の人間だけを見ているために気付かなかったのか、ベッドのすぐ隣にいるグリアーは、こんなにも近くにいるのに気付いてもらえなかった。

 そのことに対して悲しみはない。長く相棒を務めてきたグリアーには、ヤシューという男がそういう男だと嫌というほど理解できていた。

 それでも声が震えてしまうのは、きっと、目の前の男がもうすぐ死ぬことを確信できてしまったから。

 助かる道はない。助かる道を彼が選ばないのだから、もう致命的なまでにヤシューという男は死から逃れられない。

「最低の相棒だよ、アンタは。こんないい女が尽くしてあげてるってのに、何のご褒美もくれないんだから」

 震える声でグリアーは治療の魔法を唱える。

 戦いの中ヤシューが倒れてから今眼を覚ますまでずっと、疲れ果てて眠ってしまう以外は、グリアーは死に身体のヤシューのために治癒魔法を唱え続けていた。

 死んだように眠るヤシューに比べてもやつれ果てたその様子は、どちらが重病人かわからないほど。このままあと十日も続ければ、グリアーの方が衰弱死することだろう。

 それでも、死ぬのはヤシューだけ。十日後のグリアーの仕事と言ったら、死んでしまった相棒のため、適当にお墓を作ってやることぐらい。それは『狂賢者』の施術に耐え抜いて、代わりに免れない死をヤシューが背負ったそのときに、全て決まってしまったこと……。

「……馬鹿ヤシュー」

 もう記憶の中にもない温かな雫が、グリアーの頬を濡らす。

「…………置いてかないでよ……」

 一人残されることが確定された女は、子供のように泣きながら、癒しの風を紡ぎ続けた。

 


 

 灰色の『ユニオンズ・ベル』は、盟主たる存在を欠いてなお、何一つ代わることなく存在していた。またベアル教も、切り捨てた生け贄のことなどすでに忘れ、本来の計画成就のために動き出している。

「では、器の方は順調に完成へと至っているのですね?」

「ええ。あたくしの腹の中で。今も確かな鼓動を感じていますわ」

 計画の中枢を握る『狂賢者』ディスバリエ・クインシュの許に、コム・オーケンリッター、ギルフォーデとボルギィが集って計画の肝となるものを見つめていた。

 ベアル教『改革派』の目指すべき真の計画の肝――『破壊の君』と呼ばれる存在を孕んだ、『聖母』たるディスバリエのその腹を。

 膨れているわけでもない腹を優しく撫でるディスバリエの顔には、彼女の経歴を知るものが見たら驚くような慈愛の表情に溢れていた。まるで我が子の誕生を待ち望んでいる母親のように、氷像のような冷たい表情を崩して笑っている。

「……それが、世界を滅ぼす……存在、か……?」

「違う。世界を変える存在だ」

 一人、興味も薄げに立っていた禿頭のボルギィの呟きに、オーケンリッターが歓喜の表情で訂正をいれる。

「成長が良好というのならこれ以上なく喜ばしいことです、はい。だとすると早々に核を適合させなければならないのですが」

 話を先に進めるために細い瞳が特徴の男、ギルフォーデが声を出して視線を自分に集める。

「これは前もって決めておいた、コム・オーケンリッター。あなたでよろしいのですね?」

「決まっている。私はこのためだけに全てを捨ててきたのだからな。他の誰にも譲るつもりはない」

「いやはや、何の躊躇もなく言い切りますか。仮にも長年苦楽を共にした今の身体でしょうに。しかも、真に核となれるかは分からない。そんなにも地獄を見たいのですかぁ?」

「貴様ももう十年もしたらわかるようになる。どれだけ保とうとしても老い、力を失っていく身体。その実感の恐怖を」

「人とは即ち生まれ死に行くものなんですがぁ。だからこそ予想外に消え行くことに人は嘆く。その嘆きが気持ちいいといいますのに。まぁ、だからこその私の夢、なんですけどねぇ」

 同じ計画に従事していてなお、成就が間近に迫った今でも思想はバラバラ。

 産み落とすことに意味を見出す『聖母』を担うディスバリエ。
 生まれてくる命を調べ尽くすことに意味を見出すギルフォーデ。
 生まれてくる命そのものになることに意味を見出すオーケンリッター。
 そして、そもそも計画自体に何の意味も見出していないボルギィ。

 それぞれの思惑をもって計画とは別に動くヤシューとグリアーと、完璧なまでに思想は一致していない。が、それでも求めるもの、行き着く場所は皆同じ。

「旧きを脱ぎ捨てて今、新たなる導き手へと。世界は、人は、新たなる改革を求めているのだ」

「地獄と化した聖地の中で生まれ落ちる破壊者。ああ、さぞや素晴らしい業を纏った存在でしょうね。あるいは裏切りよりも甘美な価値を教えてくれるかも知れません」

「旅立ちが始まる。あたくしが産み落とす存在によって。本当の救世の旅が、今始まる」

「…………神の真似事、か」

 暗い、暗い、胎動を中心に、貪欲に悪徳を貪る者たち。

 饗宴の始まりは、もうすぐそこまで迫っていた。

 


 

        ◇◆◇

 


 

 気が付けば陽は沈み、太陽の代わりにクーの顔があった。

「……クー?」

「お気付きになられましたか? ご主人様」

 頭の下にある柔らかな感触に、ジュンタは自分がクーに膝枕をされていることを知る。
 重たいだろうから早くどいてあげたかったが、百近い騎士たちに揉まれて疲れ果てた身体は、本能的にその安らぎを求めて動かない。

「はぁ。結局、一人も倒せずにKOか。本当に強いな、シストラバスの騎士は」

「それでも、皆さんどこか満足気でしたよ」

「そうだと嬉しいな。認められたとは思わないけど、それでも及第点くらいはもらえてると幸いだ。今の全力を見せたつもりだからな」

 トーユーズたちの誰かが呼びに行ってくれたのか、それとも心配して探しに来てくれたのか、広大な演習場の真ん中には今クーしかいなかった。そっと額を撫でる手に宿った癒しの力が、身体から痛みを取り除いてくれる。

「……ご主人様は、リオンさんのことが本当に大好きなんですね」

 赤光をバックにしたクーの顔は心配げなものではなく、どこから誇らしげな、それでいて寂しそうな笑顔だった。

「こんな無茶までして……私には無茶しないで欲しいっていうのに、自分はすごく無茶してます」

「返す言葉もない。けど、男には時として引けない戦いがあるんだ」

「でしたら、その戦いへ赴かれるときは私を一緒に連れて行ってください。応援することしかできませんが、それでもお一人で行かれてしまっては心配です」

「うん、ありがとう。……それと、ごめんな」

「どうして謝られるのですか? ご主人様はとても立派だと思います。リオンさんがこのことを知ったら、きっと、跳び上がるほど嬉しいと、思い……ますし」

「そうだな。謝ったのはきっと、クーが泣いてたからだよ」

 クーの声はその手と共に震えて、笑顔の形に細められた瞳からは涙がポタポタと落ちていた。

 言われて初めて自分が泣いていることに気が付いたのか、クーは慌てて目を擦る。

「おかしいですよね。嬉しいはずなのに、ご主人様とリオン様が結ばれてとても嬉しいはずですのに、どうしてか涙が出てくるんです。本当に、おかしいですよね」

「クー……」

「本当に、気になされないでください。嬉しいのは本当に本当なんですから。心のどこかでは受け入れられない気持ちがあっても、それでも最初からずっと理解していました。ご主人様と結ばれるのは、リオンさんしかいないって」

 擦った目をどけて、クーは潤んだ瞳で見つめてきた。
 
 そこに宿っているのは言葉通り、嘘偽りのない純真な喜び。それでも、小さな彼女の胸を今何かが締め付けている。

「不安なのか? クー」

「わかって……しまいますか?」

 今クーの胸を締め付けているのはどうしようもない不安だった。ジュンタとリオンが結ばれたことに対する、一抹の不安。それが今クーを泣かせているのだとジュンタは気が付いた。

 ジュンタはクーの目の端に浮かんだ涙をそっと拭った。
 自分で拭っても止まらなかったクーの涙が、ピタリと止まる。

「大丈夫だ。俺はリオンと結ばれたことを後悔していないし、結ばれたことで不幸になんてなってやらない」

 心配してくれたことに褒賞を。泣かせてしまった涙はぬぐい去ろう。
 これ以上泣かせないために、がんばりに褒美を与えるために、ジュンタはクーの主になったのだから。

「信じてくれ。クーの心配はきっと杞憂だから。どれだけそれが拭い去れない不安でも、俺ならきっと大丈夫。他の誰かじゃ無理かも知れない。俺以外じゃ不可能かも知れない。だけど――そうさ、俺なら問題ない」

 それは確証なき保証と約束。信じられないほどに傲慢な自分理論。

 だけど――クーは涙を消して、心の底から安堵したようにはにかんだ。

「そっか…………はい。ご主人様ならきっと、大丈夫だと思います。だって、ご主人様ですから」

 それもまた確証なき保証と約束。

 いや、確証はあった。どちらにもあった。
 好きな人が信じてくれる。だからこそ自分を信じられる。保証は好きな相手が、約束は信じる自分が。その二つが確証となって、笑顔をくれる。

 痛みのなくなった身体を起こしたジュンタに続いて、クーは立ち上がって真っ正面から向き直った。

 そして今度こそ祝福の言葉を、大切な主へと贈った。

「おめでとうございます、ご主人様。リオンさんとどうか、末永くお幸せに」


 

 


 耳に残るセイレーンの歌声。嘆くように歌う、水竜の声。

 あの日の言葉が耳から離れない。
 あの日知った事実が頭にこびりついて離れない。

 知ってしまったその危機を前にして、自分は一体どうすればいいのか?

 そう、悩んだ。

 けれど大丈夫だと、手を繋いで共に帰路を歩く人の横顔を見て、クーは思った。

 そこには形のない保証と約束しかないけれど、それでも信じるに足るものがある。だからきっと大丈夫。たとえ、そう――


『ドラゴンは――狂う』


 ――そう歌ったとしても、この人なら大丈夫なのだ。

 その生まれが故に理解できてしまったドラゴンの言語。誰にも気付かれずに知ってしまった主の心の中に巣くう闇。かつてかけられた一言に対する恐怖が納得によって消えた代わりに、それ以上の恐怖に怯えていた。

 ドラゴンである自分がいつか狂気に堕ちてしまうかも知れない恐怖ではなく。
 大切な主が狂気に堕ちてしまったそのときに起きるかも知れない、とある結果に怯えていたのだ。

 元よりクーは永遠にジュンタと一緒にいられるとは思っていない。自分がエルフとして生を受け、主が使徒として生を受けた以上、天命を全うするのはジュンタの方が先なのだから。

(そんなの、嫌です)

 そんな未来のことなんて考えたくもなかった。クーは自分がそうなったとき、どう思い、どんな行動に出るかわからなかった。恋人を失ってなお強く笑っていたフローラリアレンスのようになれるかはわからない。一人で歩くことをがんばろうと決めても、それだけは、わからない。

(私の今の、一番の願いは……)
 
 クーの願いはただ一つ。前のように誤魔化すことも、否定することもなく抱ける、願いは一つ。

(ご主人様と一緒にいたい)

 何があっても、どれだけ時間が経っても、ジュンタと一緒に居続けること。

(ずっと、一緒に)

 一緒に居続けられるだろうか?
 いつまでも一緒に居られるだろうか?

 そんなことはわからない。無理じゃなくて、わからないのだ。

(わからない……だから不安がるんじゃなくて、笑っていよう)

 喪失の未来を信じるよりも、幸せな未来を信じる方が、いい。

(信じよう、この人を)

 きっと大丈夫。
 この人なら大丈夫。

 繋いだ手の温もりに胸の中を熱くして、クーは前へと進んでいく。

(助けよう、この人を)

 歩いていく。

(支えていこう、この人を)

 一歩、一歩、確かな幸せを確信して。隣の人と行く道を。

(それが私の幸せだから)

 そう、不安がる必要などどこにもない。

 どんな悪よりも悪であり、どんな善よりも善であるジュンタ。悪徳に祝福されたドラゴンと、神に祝福された使徒の両方を抱く彼から幸せを奪えるものなど、この世のどこにもいない。
 いるとするなら、この偉大なる虹翼の使徒の幸せを打ち砕けるものがあるとしたら、それはきっと遙かな彼方におわす神様ぐらいなものだと思うから。

 だから――大丈夫。
 たとえリオン・シストラバスと結ばれても、ジュンタ・サクラは不幸にはならない。

 きっと、大丈夫。

 きっと。

 


 

       ◇◆◇

 


 


 奇跡を探す旅が始まって季節が一巡りした頃、彼女は二人の少女と出会った。

 山奥に暮らしていた紅い髪の少女と、塔の上に幽閉されていた白い髪の少女。
 彼女と同じく金色の瞳をもった少女たちは、人にはあり得ざる力を有していた。とてもとても強い、とてもとてもすごい力を。

 彼女は一目見て理解した。この少女たちの力こそが、この世界を救う奇跡なのだと。

 旅の目的地を見つけた彼女は、二人の少女に頭を下げてお願いする。どうかこの苦しみに溢れた世界を救うために、力を貸して欲しい、と。

『興味ない』

『どうでもいい』

 返された返答は素っ気ないもの。少女たちはすごい力を持っていたけれど、それでも世界になんてものに欠片も興味がなかったのだ。どれだけ頼み込んでも無駄だとわかるほどに、少女たちには苦しんでいる人を救う意志も、病んだ世界を治す意志も見られなかった。

 それを知って彼女は嘆く。どうしてそんな奇跡を賜ったというのに、今のままの世界に満足しているのか。

――あたしは、この世界を救いたい』

 結局、世界の救済を乞う彼女に対して、少女たちの返答は変わらなかった。

『興味ない』

『どうでもいい』 

 冷たい返答に、それでも彼女は頭を下げ続けた。お願いを繰り返した。嗤われても、ときに傷つけられても、それでもめげも諦めもしなかった。

『あたしには世界を救う力はないけれど、それでも頼むことだけはできるから』

 二人の少女の従者であった者たちは、彼女の熱意にやがて折れた。しかし、それでも二人の少女が頷くことはない。それほどまでに、二人の少女は世界がどうなろうと知ったことではないと思っていた。二人は自分が良ければそれで良かったのだ。

『だけど――

 けれど、それほどまでに世界を救いたいと思う彼女には興味を持った。
 どれだけ傷つけられても怒ることなく、恨むことなく、諦めない彼女を気にするようになっていた。

『少しだけなら、付き合ってあげる』

『まぁ、退屈凌ぎにはなるかもね』

 世界を救うようなことはしないけれど、彼女についていくことを了承した二人に、彼女は心の底からのお礼を述べた。

『ありがとう。本当に、ありがとう』

 そうして――彼女の救世の旅に、二人の奇跡を持つ少女が加わった。

 紅の不死鳥の化身たる少女。
 虹の聖獣の化身たる少女。

 やがて彼女が大好きになる、二人の親友が。


 






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