第五話 そして夜は来て 空は境界だった。 あちら側とこちら側を隔てる境界線。 『始祖姫』が当時持ちうる全てを用いて作りだした、この世とは異なる世界。限りなく近く、限りなく遠いはずの世界は今、空を境界として繋がっていた。 それは度重なる封印への干渉が理由か、あるいは『封印の地』にいる者たちが何かを行っているからか。それは予想の範疇を出ないが、実際日に何度も起きる地震として影響が出始めていた。 三日前突如聖地ラグナアーツを揺らした魔力の波は、その後も度々続いた。日を追うごとに人々へ不安を植え付けている。巫女ルドールやエチルア王国の魔法使いたちが解明しようと急いでいるが、成果は上がっていない。 見上げる空には、今もどこか灰色が混じった不気味な青が映り込んでいる。灰色の世界を映す鏡のように。突けば弾けてしまう泡の水面のように。 透き通るような青を映していた空は今、曇天よりも不気味な灰色に侵蝕されている。 この世の終わりを連想してしまうかのような――そんな、空。 「ムードもへったくれもないわよねぇ」 アーファリム大神殿の騎士堂に用意された部屋で、昼間からタダ酒に勤しんでいたトーユーズは、肴にならない空に文句をつける。 澄み渡る青空と黄金の月を酒の最大の供と弁えるトーユーズにとって、それは最大の楽しみを奪われたも同じことだった。弟子との修行を行ったのでそこまで鬱は入ってないが、こういう日は一日だらけていたい。 「ま、そんなにだらけてばかりもいられないんだけど」 現在のトーユーズの肩書きには、『騎士百傑』等々の前からの称号のみならず、使徒ズィール・シレ率いる決戦部隊の一員としての役割も加わっていた。 明日に控えたベアル教との戦いにおけるトーユーズの仕事とは、他の『騎士百傑』の面々と一緒にベアル教の儀式を止めるため、城までの道を切り開くという騎士として名誉ある仕事だった。使徒からの直々のお願いとあらば、死をも恐れず敵を倒す……とはいかない。 そもそもトーユーズ・ラバスのモットーはいついかなるときも美しくであり、そんな泥臭い熱血なんぞ遠い昔に捨てたのである。騎士への憧れと共に使命感は捨て去って、代わりに現実を頑なに追いかけた。夢を叶えるために。 夢は一人の少年によって叶えられた。今のトーユーズは夢の続きを見ているようなもの。幸せのあとの幸せ。ある意味では惰性と呼ばれる最大限の幸福の中、死に急ぐことに意味はあるのか? 相手が使徒であろうと、本来の主君にあたるグラスベルト王国の王族であろうとも、トーユーズは死に該当する使命には一切燃えない。従わない。『誉れ高き稲妻』が最大の全力をもってことに挑むのは、美しくあることに必要な時節のみ。 「きっと、あの馬鹿騎士団長は今頃盛大に山火事背負ってるんでしょうけど」 「聞こえてるぞ。馬鹿野郎」 「聞こえるように言ったから当たり前でしょ?」 窓の襟に腰掛けていたトーユーズの呟きに、入り口の戸を開け放った強面の男が答える。 二メートル近い体躯に絞り込まれた筋肉。一目で戦う人間であることがわかる、戦士の要素をこれでもかというくらい注ぎ込み、凝縮したかのような男である。 『騎士百傑』の第一位にして、グラスベルト王国騎士団団長、グラハム・ノトフォーリア。武勇のみをいえば世界最強を名乗っても嘘にはならない、此度の戦においても一団の長を務める男だ。 とはいえ、トーユーズからしてみればただの無粋な来室者でしかないのだが。 「最低。レディーの部屋にノックもなしに入ってくるなんて、さすがは野蛮人ね。こんな昼間からなんの御用? 夜這いなら夜にしてちょうだい。鼻で笑ってあげるから」 「誰が貴様なんぞに夜這いなどするか!? 戯言にしてもあまりに馬鹿馬鹿しいぞ?!」 「それじゃあ何の御用かしら? そんなに暇なの、あなた?」 「そんなわけはないだろう。貴様の顔など用事がなければ見たくもない。まったく」 決戦の前日であり最後の休息日であるというのに、無骨な甲冑で身を覆ったグラハムは勝手に部屋に入ると、手近にあった椅子にドカリと座り込んだ。 「ちっ、シャルルを国に置いてきたのは間違いだったか。今になっても事務仕事が終わりゃしねぇ」 グラハムは手に持っていた資料を乱雑な手つきで捲りながら、ぶつぶつ不平不満をもらしている。 「はぁ、まったく。折角のお酒がさらにまずくなっちゃったじゃない」 トーユーズは資料を探す途中で床にばらまいたアホな男を見て、お猪口に残っていたお酒を全部飲み干したあと立ち上がった。これではおちおち酒を飲んでもいられない。 「あのね、資料が見つからないなら口頭で伝えればいいじゃないの」 「阿呆が。覚えていたら最初からそうしている」 「つまり覚えてないってことね。情けないくらいに使えない男ね、あなた」 「黙れ! 元はと言えば、ここに来る直前に貴様がメンバーに紛れ込んだ所為で雑務が増えたんだ! 貴様とは違って俺は色々と忙しいのだから、貴様みたいな阿呆に関することは忘れても許されるわ!」 許されるはずないだろう――とは思っても、子供じゃないんだから言わない。これ以上場をかき回したところで無駄に相手を刺激するだけである。 「これじゃない。これでもない。くそっ、どうして俺はシャルルの奴を置いてきたのだ!」 グラハムが副官を国に残してきたのではなく、シャルルが自らその方がいいと思って国に残ったのだろう。 かつては大貴族の騎士団長であり、今は『騎士百傑』に身を置く武勇にも知勇にも優れた老雄は、この腕っ節だけで騎士団長になったグラハムよりもよっぽど国の情勢に通じている。 現在グラスベルト王国内では、エチルア王国ほどではないが不穏な動きがある。貴族たちの腐敗は止まらないし、王宮では様々な権謀述作が渦巻いている。真面目な騎士は煙たげられ、いいように使い捨てられるのが国の現状である。 そもそもかつては国の誉れであり国民たちの憧れであった『騎士百傑』も、今では貴族たちの権力争いに邪魔な、一騎当千の立役者たちを追放する牢獄に変わっている。 騎士である以上主君には逆らえず、良き騎士であればあるほどその忠誠心は絶対だ。金も脅しも通じない目の上のたんこぶ。そういった者たちを集め、栄誉ある名と共に一塊にし、王の直属という形にして飼い慣らしているわけだ。『騎士百傑』の内上位十の位を持つ騎士は国から要職が与えられ、逃れられないようにもできている。 こういった背景から、『騎士百傑』は聖地からの要請などという面倒ごとに宛われる。聖地側には名高く秀でた騎士たちを派遣することによってご機嫌をうかがう傍ら、たとえ犠牲になっても国を動かす貴族たちに何らダメージはない。格式も伝統も、全ては使い勝手のいい道具をさらに使い勝手よくするための付加要素に過ぎない。 まぁ、『騎士百傑』が手に負えない英傑たちの左遷場所であるからこそ、今でも『騎士百傑』の名に恥じない騎士たちが揃っているのだから、世の中皮肉に満ちている。 『騎士百傑』が少年たちの憧れであることには変わらないし、グラハムのカリスマ性とシャルルの知略がある限り使い潰されもしないだろうが、やはり自由を愛するトーユーズとしてはおもしろくない。生徒が気になって派遣に参加したはいいが、これからどうしたものか。 「ん?」 未だ資料を探している……というか、さらに荒らしているグラハムから離れ、一つの資料が足下まで飛ばされてきた。少し気になって、その資料をトーユーズは拾い上げる。 それはフェリシィールが三日前の夜に総員へ通達した、各部隊の配置表であった。 聖殿騎士団の各師団はフェリシィールの指揮の下、魔獣の軍勢の足止めを。 「そうね。でも、だからって手は抜けない。やっぱりだらけてばかりもいられないもの」 最終的に、決戦部隊の指揮権はズィールからグラハムに譲渡される。 ズィールを含めた最終的なベアル教への突入部隊。その面子に推薦・立候補を考慮して選ばれたのは、なるほど、ある意味当然といえる面子ばかり。 隊長にズィール・シレ。魔法使いとしての力量も高く、『封印の地』においては絶対的な神獣の力を有する使徒。 少数精鋭の部隊に名を連ねるメンバーは五名。 ジュンタ・サクラ――ドラゴンと同等の力を秘める、秘匿の使徒。 そして――メンバーの最後に記された名は、トーユーズ・ラバス。 「それだ。貴様の持っている奴がここに来た理由だ」 いつの間に迫っていたのか、トーユーズの手から資料をむしり取ったグラハムは、書面を見て憮然と鼻を鳴らす。 「あまりにも気に入らないから忘れていたのだった。どうして俺ではなく貴様が『騎士百傑』からの代表として選ばれるのだ。間違いなく、そちらの方が愉しいだろうに」 「ふふっ、それはしょうがないわ。だってあなたは『騎士団長』であり、あたしは『誉れ高き稲妻』ですもの」 十位以内に入ると制約があるため、十二位という地位を選んだトーユーズは、自分の知らぬところで改訂されていた資料に艶やかな表情を浮かべる。 グラハムは長年の好敵手に奪われた役割にギリギリ歯をならしながら、騎士団長として最低限の役割を果たす。 「貴様は会議の末、あとから追加された面子だ。対ドラゴン用の足止め、それが貴様の役割だ」 「ドラゴン、ね」 トーユーズの笑みがさらに増す。壮絶に、並の男では見ただけで気を失いかねないほどの色香を纏った笑み。 「嬉しい。相手にとって、不足はないわ」 美しくなるための糧を見つけた、狩人の笑みを。 「ベアル教の資料が少なすぎるわね」 「確かに、十年前の資料が足りていない。本当にこれで全てなのか?」 机の上に積み上げられた本を挟んで、白銀の髪の兄妹が資料の洗い出しに急いでいた。 決戦を前に侵蝕してきた封印。毒々しい魔力の波。ただの魔獣との戦い、宗教団体との戦いでは片付けられない事態の推移に、神秘の最高学府の次期学長候補二人は協力してベアル教の資料を漁っていた。 ほぼ三日間、睡眠と食事以外の時間を費やしたのにも関わらず、得られた収穫は少ない。そもそもベアル教に関する資料が絶対的に少ないのだ。これで事態を推測することが可能な者など、未来予知者ぐらいのものだろう。 「お手上げ。これ以上は無駄な努力だわ。あたしはもう止めにするから」 キリがいいとして選んでいた資料を読破したところで、先にミリアンが根を上げた。 キルシュマは手元の資料に目を注いだまま、モノクルを指先であげる。 「そうだな。この資料からではこれ以上は何の収穫も得られないだろう。明日が決戦である以上、ミリアンのいうとおり無駄な努力だ」 とは言いつつも資料から目を逸らさない真面目な兄に、ミリアンは他に誰もいないから見せられる、だらけた様子で頬杖をついた。 「そもそも、ここにある資料は全部巫女ルドールが読み終えたものなんでしょ? 歴史を蓄えるリアーシラミリィのエルフでもわからないことを、たった三日で調べろなんて到底無理な話だったのよ」 「ルドール老はこれ以外にも、ベアル教に関する全ての資料を読み解いたという話。そもそも、ベアル教に関連する資料全てを管理しているのは彼だからな。ルドール老がわからない以上、僕たちに割り出せる真実はない」 「ちょ、それが最初からわかってたなら、どうしてあたしにも手伝わせたのよ!?」 淡々としたキルシュマの相づちに、彼に強引に引っ張り込まれる形で手を貸したミリアンは目を尖らせる。 「折角聖地にまで来たんだからやりたいこともあったのに。あたしが無駄な努力が大嫌いだってこと、お兄様だって知ってるでしょ?」 「知っている。つまりまったくの無駄ではなかったということさ」 手元の資料全てを僅かな時間で読破したキルシュマは、ポン、と真ん中に積み上げた本の塔の一番上に資料を置いて、椅子の背にもたれかかった。 「今のでここにあるあらかたの資料には目を通したわけだが。ミリアン、お前も先程言っただろう? 間違いのない違和感に」 「……どういうこと?」 「ベアル教の資料が少なすぎる、という違和感だ」 睨んでくる妹を理知的な眼差しで見つめ返しながら、キルシュマは持論を語る。 「僕たちはルドール老に頼んで、全てのベアル教の資料を用意してもらったわけだが、間違いない。全てに目を通してようやく確信がいった。ここにはベアル教に関する決定的な資料が欠けている」 「決定的な資料? ……そういえば、オルゾンノットの魔竜の影にあったベアル教の暗躍。その目的と手段についての資料に、何だか改竄が見られたような気が……」 「ミリアンもそう思ったか。僕もそう思った。世間一般ではベアル教の侵した犯罪――つまりリオンの母親であるカトレーユ様の誘拐のみが伝わっている。一部の関係者と知識人が知る限りでは、ドラゴンに対する干渉を仕掛けたことがわかっている」 「『竜の花嫁』のことね。『狂賢者』ディスバリエ・クインシュの企み。失敗に終わったっていう」 「だが僕はこう思う。それが果たして本当に真実だったのか、と」 膝の上で手を組んだキルシュマの冷たい眼差しに、研究者として偶に見せる真実を暴き出そうとする瞳に、兄がなぜそんなに熱くなっているのかわからないミリアンは困惑に瞳を揺らす。 「真実が他にあったっていうこと? でも、これが聖神教の公式見解なのよ? 纏めたのも事件に関わった巫女ルドールで――」 そこではたと、ミリアンもとある可能性に気が付いた。 キルシュマは顎に手を寄せた妹に頷いて、 「そう。ルドール老なんだよ、全て。事件の報告を聖神教に伝えたのも、自ら資料を管理し纏め上げて公式見解としたのも、全ては一人の人間によるものだ。本来なら重要性から多人数で行うこれを、立場と信頼からルドール老はたった一人で行い――」 「――揺るがない真実としてみんなに植え付けた、ってわけか」 「あくまでも可能性に過ぎないが、完全に信頼するにはあまりにもベアル教の資料が欠け過ぎている。特に『竜の花嫁』に関わる資料が。事件の根本にいるはずの存在なのに、まったく言及されていない」 「でも、仕方ないんじゃない。だって『竜の花嫁』って……」 ミリアンもキルシュマも『竜の花嫁』という世間一般では死んだことになっている人物が誰であるかうっすらと気付いていた。 思い出すのは公式発表されていない使徒であるジュンタ・サクラの巫女である少女。ベアル教創設者の二人を親に持ち、件のルドールを祖父に持つエルフの少女。 「実に興味深い。ミリアン、手伝ってくれ。今度はベアル教の資料ではなく、ルドール老の血縁者について調べる」 「…………それは、別にいいけど……」 ここまで付き合ったのだから、明日に響かない程度に付き合うことには問題を感じないミリアンだったが、モノクルを輝かせて楽しそうに笑う兄を見て、一つだけ問題を感じていた。 可愛らしい少女――クーヴェルシェン・リアーシラミリィのことを興味深いと笑っている兄。 「お兄様。本当にロリコンじゃないわよね?」 ミリアンの中である日芽生えた疑惑は、日々健やかに成長中である。 ◇◆◇ 祖父であるルドールの私室へとやってきていたクーは、あまりにもごちゃごちゃしていた資料の山を見て、居ても立ってもいられず片付けをしていた。 あからさまにいらないものをまとめあげて部屋の片隅へと運んでいく。小さな身体を精一杯動かして何往復もする内に、すっかり執務机の上は綺麗になった。こうなると小さいところも気になってしまう。 うっすら埃がたまっていたので雑巾を持ってきて拭く。歌う度にメロディーの変わる鼻歌を歌いつつ綺麗にしていると、なんだか楽しくなってきた。掃除は嫌いではない。 「あれ?」 一人、輝くほどに綺麗になった机を見て満足げに頷いていると、クーは机の片隅に固めておいた重要そうな資料の間に挟まった古びた紙切れを見つけた。 「なんでしょうか?」 資料の一部ではないようなので、クーは抜き取って確かめてみる。 魔法を応用した映写装置で、紙にレンズで映した画像を転写する――つまるところ写真であったそこに映っていた男女を見て指先を強ばらせた。 「なんだ、クーヴェルシェン。お主、また勝手に掃除をしたのか?」 そのとき判子押しに追われるフェリシィールのところへと資料を運んでいたルドールが戻ってきて、すっかり綺麗になった机を見て困った顔をした。 「掃除してくれるのは助かるが、不用意に掃除をされると資料がどこへ行ったかわからなくなるのだが……ん? クーヴェルシェン。お主、一体何を見ておる?」 クーの隣までやってきたルドールが、クーの手にある写真を覗き込み、そこで孫と同じように固まった。 しかしルドールの再起動は早く、ポン、とクーの肩を叩いて気を取り戻させた。 「そういえば、お主にこれを見せたのはこれが初めてだったか」 「おじいちゃん、これ……?」 怖々と美貌の老人の顔を振り向いたクーは、そこにある祖父が、どこか懐かしむような、後悔するような表情をしていることに気付く。 クーが見つけた、微かに劣化してしまった写真。 ルドールによく似たエルフの男性と、どこか影を纏ったエルフの女性。父性とも母性ともかけ離れた、よく言えば研究者肌の、悪くいえば周りを顧みない、犯罪者の烙印を押された夫婦が結婚したときの写真。それがたぶん、これだった。 「一度だけ、アンジェロの奴が儂に写真を送ってきおった。いつの間にか大人になっておったあやつが結婚をしたと、そう報告する手紙と一緒に送ってきたのがこれだ。今から、そうだな、ちょうど二十年ほど前になるか」 クーの手からそっと写真を抜き取ったルドールは、ふっ、と笑って写真を見る。 「幸せそうにまったく見えない、肩を抱き合っても、手を繋いでもおらん、仏頂面で並んで立っているだけの写真だ。これを見て儂にどうしろというのか、当時の儂は真剣に悩んだものだ」 「そうだったんですか……」 しめやかな雰囲気を払拭させようと笑ったルドールだが、クーの顔には影が落ちる。 ルドールは孫の肩に置いた手を、今度は帽子の上から頭に置くと、不器用に撫でた。 「お前はアンジェロのことも、ターナティアのことも、ほとんど覚えてなかったのだったか」 「はい」 父アンジェロ。母ターナティア。かけがえのない親子という名の絆があるはずの故人のことを、クーはほとんど覚えていない。 当時の記憶は、両親のことを含めてほとんどない。知識と『狂賢者』の顔のみが、ぼんやりと浮かぶのみだ。 (どんな人だったんでしょう?) 写真に写る父と母を見て、クーは唐突にそう思った。 今の今までそう思わなかったのがむしろおかしいのだが、クーは二人のことについて思い出そうとも、知りたいとも思わなかった。それ以外のことが忙しかったのもあるが、クーにとって両親は見知らぬ他人――いや、それ以上にベアル教の人間という要素が大きかったのだ。 両親がいなくて寂しいと思ったこともない。クーには祖父であるルドールがいたし、フェリシィールもいた。 だから今知りたいと思うのは、寂しいからでも愛情からでもない、大切な家族であるルドールが懐かしそうな目をしているからなのだろう。 「お父さんは、どんな方だったんですか?」 「……そうだな」 まさか訊かれるとは思っていなかったのか、僅かに驚いて手の動きを止めたルドールは、しばし躊躇したあと、頭の撫でる動きを再開させるのと共に語り始めた。 「正直、儂にもわからなんのだがな。しかし、その人となりは少しばかり理解しておる、と思う」 少しだけ不安げに前置きを入れてから、 「アンジェロはな、たぶん憧れていたのだ。使徒様に」 「使徒様に、ですか?」 「そうだ。お主も知っての通り、儂はあやつの育児を里の皆に任せて、主の巫女としてここへ来た。親としての責任を全て放棄したのだ。それが理由かはわからぬが、成長したアンジェロは使徒という存在に強い興味を持っていたらしい」 初めて知る父アンジェロの憧れ。クーにもまたある、使徒への憧れ。 「人には多かれ少なかれ、使徒様に対する畏怖と憧憬がある。この世界の在り方がそうなるようにできているからだ。我々は金色の瞳を見るだけで腰を折りたくなるし、祈りたくなる。ただ人ならば、それくらいで終わる。 「天才……」 「若くして『満月の塔』へと入り、研究者として一角の才を開花させたのだ。ドラゴンの研究を選んだのは、儂は使徒様とドラゴンが真逆の存在といわれているからこそだと思った。いや、この二つは限りなく似ているものだと、あやつは思ったようだが」 現代のドラゴン研究に大きな進歩をもたらした人物は二人いる。同時期に誕生した二人だ。 「それこそあやつが追放される原因にもなったのだがな。まったく、馬鹿な奴だ。使徒様とドラゴンの誕生理由が同じなどと発表しなければ、権威も何もかも上手くいっただろうに」 ある日、天才アンジェロが当時の学長だった若き日の『魔女』ミリティエ・ホワイトグレイルに、一つの論文を提出した。それは『満月の塔』どころか聖地をも揺るがした論文。人の救い手たる使徒と人の敵対手であるドラゴンが、同種の使命を持ってこの世に誕生するというあまりにも使徒を冒涜する論文だった。 「なかったことにされた論文。葬り去られた一つの可能性。『救世存在仮説論』。これを最後まで撤回しなかったアンジェロは、助手であったターナティアと共に『満月の塔』を去った」 ルドールは写真をもう一度眺めて、苦笑を浮かべる。 「あやつから手紙が届けられたのはその直後だった。手紙にはこう書かれておったよ。『私は何も間違ってはいない』、と」 クーだって認められないと素直に思うそれ。誰からも理解されないとわかっていたのに、それでも発表したアンジェロ。天才――彼は自分をそれほどまでに信じていた。だから自分が気付いた真実を受け入れて欲しかったのだろう。 「だから、あやつは入ってしまった。自分の考えを唯一信じてくれたベアル教に」 「…………馬鹿な人です」 「ああ、この上なく馬鹿な天才だったよ」 そこから先は語るまでもない。覚えていないが、クーの方がよく知っているだろう。 アンジェロがそこで巡り会った『狂賢者』と共に、ドラゴンをさらに知ろうと考えた。そして生み出された自分と引き起こされた惨劇。救いようがないほどの大馬鹿者。それが、結局はアンジェロという男の正体。 肉親だからか、暗い情念をクーに抱かせる。親愛はわかないのに、嫌悪がわくのは容易かった。 「お前はきっと、アンジェロのことを一生好きにはなれんだろうな」 「わっ」 クーは乱暴に頭を撫でられて、小さく声をあげた。帽子ごとぐちゃぐちゃにされてしまった髪を見て、クーは小さく頬を膨らませて祖父を見上げる。 「もう、おじいちゃん。酷いです。このあとご主人様とお出かけしますのに」 「おお、それはすまなかったな。――さて、昔話はここらで終わりにするとしよう。語れば語るほど、きっと何の意味もなくなるのだから」 「そう、ですね。はい、教えてくれてありがとうございました」 「気にするな。儂とお主は、お互いたった一人だけ残された肉親なのだから」 最後に優しく、帽子を脱いだ頭を撫でられたクーは、いつもは厳しいルドールの笑顔になんだか照れくさくなった。 「それじゃあ、おじいちゃん。私はこれで」 「ああ、掃除をしてくれてありがとうよ」 「これからはきちんと掃除しないとダメですよ? 病気になってしまいます。おじいちゃんも、もう若くはないんですから」 「儂を老人扱いしてくれるのは、お主だけだよ。クーヴェルシェン」 最後に一言だけ注意を伝えて、クーは部屋を飛び出した。 このあとジュンタと約束をしているのである。二人だけで街で遊びに行こう、と。明日は戦い。その前日として精一杯楽しまなければ損だと、そう言っていた。 ……そういえば。と、クーは考える。 ベアル教以外には理解されなかったアンジェロの仮説。ドラゴンと使徒が同じ使命を持ってこの世に生まれてくるという戯れ言。それは到底救いようのない暴論なれど、クーはドラゴンであり使徒である人を知っている。 「ご主人様がこの世に生まれてきた、使命」 ジュンタの身に使命があるのなら、それは彼の存在こそがアンジェロの仮説の正しさを証明するのではないだろうか? 「オラクル。ご主人様の第六のオラクル……『見えない道を探せ』」 第五のオラクルの達成があんなにも悲しいものになったため、もう伝えることすら躊躇われる、クーとサネアツだけが知る使徒ジュンタ・サクラの第六のオラクル。 クーはその意味を改めて考えながら、パタパタと廊下を走っていった。 「まったく、何をやっておるのか。気付かれたらどうするというのだ」 ルドールはクーが消えた途端、右目を押さえながらその場に崩れ落ちる。 右目を基点として、身体を蝕む鈍痛。魂を締め付ける幻痛に荒い息を吐きつつ、机を支えにして起きあがった。 「見つからなくて良かった。写真を出していたのは失態だが、写真だけだったのは不幸中の幸いか」 ルドールは写真を鍵付きの戸棚へとしまい込む。そこには膨大な資料に埋もれる形で、写真と共に贈られた手紙も残されていた。 「『救世存在仮説論』。私は何も間違っていない――」 アンジェロ・リアーシラミリィ。愚かな息子。希代の天才から送られてきた言葉には、続きがあった。 しかし、全てはもう遅い。アンジェロはあのときにはもうすでに、危険過ぎる存在に目を付けられてしまったのだから。 ルドールにできることは現在にのみ存在する。未来を守ること、それしかできない。 「儂の最後の肉親。クーヴェルシェン、お主だけは何があっても守ってみせよう。それがたとえ……」 ◇◆◇ 忙しい時間の合間を縫っての娘とのティータイムを、ゴッゾは何よりも楽しみにしてくれていた。 疲労した身体に染み渡るハーブティーの臭いに満ちた部屋で、リオンはゴッゾと共にテーブルを囲み、ユースがいれてくれたお茶を飲んでいた。 和やかで穏やかな午後の一息。戦いの前の最後の休息。この時間を大事にしたいと思って、ユース以外に部屋に姿はない。ユースも無言で控え、主たちの話の邪魔にならないよう務めていた。 「しかし、リオン。私とお茶などをしていていいのかい? ジュンタ君はクーヴェルシェン君と一緒に出かけてしまったようだけど」 まず最初の一杯はゆっくりと楽しむ。それがいつからかの暗黙の了解だった。忙しい父親と過ごせるこの時間を精一杯楽しむために、幼い頃自分が提案した記憶もあるし、逆にゴッゾが提案したような気もする。話に花を咲かせるのは二杯目からというお互いの了解は、もはやそれすらわからないほどに慣れ親しいものになっていた。 「お父様。私は恋人を束縛するような女ではありませんわ。それに相手がクーでしたら、何の心配もありませんもの」 「そうかい? 私は一番の難敵だと思っているんだが」 「クーとは友達ですもの。大丈夫ですわ」 「そうだね。友達なら、きっと平気だ」 正直なところをいえば、ジュンタとクーが二人だけで出かけたことに少しだけ嫉妬してしまう部分はいる。けれど、ゴッゾの手前強がってみる。 ゴッゾにジュンタとの仲に気付かれた――それより先にもう気付かれていただろうが――のが、『神座の円卓』での嬉し恥ずかしい出来事のこと。それから改めてジュンタと共にお付き合いしていることを伝えに行ったのがその夜のことになる。 父親に恋人を紹介するということで、相応の覚悟をしていったのだが、ゴッゾの対応は拍子抜けするほどに簡単だった。歓迎。歓喜。そんな言葉のみで語り尽くせる。むしろそのときゴッゾに盛大にからかわれたりと、リオンとしてはちょっとおもしろくない展開である。いや、嬉しいが。 ジュンタとは男同士何かしら語るところがあったようだが、それは女であるリオンの出る幕ではない。わかっていることは一つ、すでにジュンタとの仲が親公認であることだけだ。 「そうそう、ところでリオン。今日はお前に見せたいものがあったんだった」 「私に見せたいもの、ですか?」 幸せそうな顔をしていたリオンに、片目を閉じてゴッゾがパチリと指を鳴らす。 「それは……」 分厚く装飾が施された本は、リオンに嫌な記憶を思い出させる。かつて来る日も来る日も積み上がっていった、お見合い写真と相手のプロフィールが載せられた本の記憶だ。 さすがにゴッゾがこのタイミングでそんなものを用意するわけはないので別物だろうが、貴族が威信をかけて用意するお見合いの本と同じくらいの装飾が施されている。それだけ重要ということだろう。 「リオン。中身を見てみなさい。そしてできれば選んでくれると嬉しいんだけどね」 「選ぶ?」 目の前に置かれた本を手で指し示すゴッゾの言葉に疑問を持ちつつ、リオンは本を開いた。 「これは……!?」 光沢紙を磨き上げた本には色とりどりの写真がちりばめられている。そのどれもが白を基調にしており、女性ならば一目で虜になること間違いのないドレスだった。これまで数多くの種類と意味合いのドレスを着たリオンでもまだ着たことのない、それは大好きな人の隣でしか着ることの許されない聖なる衣装だった。 「ウェディングドレスのカタログ? お父様、これは!?」 「もちろん、リオンが着るためのウェディングドレスだ。正確にいえばそこにあるものをそのまま使うわけではなく、ある程度方向性を決めておこう、という話だけどね」 「そそそ、そういうことではなく、私が聞きたいのはどうしてこれが今用意されているということですわ?! いえ、わかりますけど!」 赤くなって慌てふためくリオンとて気付いている。ゴッゾが別に娘をからかうためだけにこれを用意したわけじゃないことを。彼が本気で、娘のウェディングドレスを作る計画を推し進めていることを。 ジュンタと付き合うということは、やがてこれを着る日が来るということだ。それはわかっている。とても嬉しいことだと思う。だけど、かつては決して叶うことのない夢だと思っていたものの象徴を、こうやって見せられるとどうしていいかわからなくなってしまう。 「リオンはまだ十七才になったばかりだからね、結婚できるまであと一年待たないといけない。だけど、うん、ジュンタ君とは婚約という形できちんと周りに示しておくべきだと私は思うんだ」 怖々とページの端を浮かしたり閉じたりするリオンを、ゴッゾは微笑ましそうに見守っていた。 「ジュンタ君がどんな地位にあるかほとんどの人は知らないし、リオンにはお見合いの申し出がとても多い。大陸外の、それこそ一国の王様からだって来る始末だ。それもこれも、リオンにこれまで婚約者の影もなかったのが影響している。 「で、でも、こればっかりはジュンタとも相談しませんと。それに付き合ったばかりで結婚の話だなんて、少し早すぎではありませんか?」 「遅いよりはいいと思うんだよ。……まぁ、そんな建前はあるけど、本音は早くリオンのウェディングドレス姿を私が見たいだけなんだがね」 悪戯っこな子供のように笑う父親の姿に、それが嘘でもなんでもない真実だと知って、リオンは困ったように笑う。 「そう言われてしまったら仕方がありません。少しだけ、選んでみることにしますわ」 「うん、そう言ってくれると思ったよ。ここにピックアップしているのは私が見てお勧めだと思った品ばかりだ。ああ。ちなみに挙式場はフェリシィール様の全面的なバックアップの下、アーファリム大神殿を貸してもらえることになったから心配いらないからね」 「…………もうすでに本格的に決行準備がされている気がするのは私だけかしら?」 なんだかここで納得することがそのまま結婚に繋がりそうでちょっぴり怖い。今とても幸せなのが怖いくらいなのだ。少しずつ、少しずつ、ジュンタと前進する形でこういうことはしていきたいと思っているのだが、ゴッゾに任せると一段どころが三段抜かしくらいでことが運びそうに思えて不安だ。 (これもお父様が喜んでくれていると思えば、いいのでしょうけど) とにかくゴッゾのジュンタに対する信頼は大きい。何か通じ合うものがあるのか、そういえば会ったばかりの頃から二人は仲が良かったような気がする。 恋人と父親の仲がいいのは喜ばしいことだが、何だかもやもやする。クーのことも含めて、些細なことで嫉妬してしまう自分がちょっぴり恥ずかしい。 「それにしても、やはりウェディングドレスは乙女の憧れですわね」 カタログに目を通していたリオンは、うっとりとそこに載せられたドレスに魅せられる。 ダンスパーティーのために用意させられたドレスとは全然違う。たとえ平民の慎ましやかな挙式で用意されるウェディングドレスであろうとも、それが結婚式で使われるドレスである限り、輝きがまったく違って見えるのだ。 これまで何度か足を運んだ結婚式で微笑む花嫁の、なんて美しかったことか。その花嫁に自分がなることを何度夢想したことか。今、それに自分が近い場所にいることの奇跡がどれだけ幸せか。 「リオン、泣いているのかい?」 「え?」 ゴッゾに言われて、初めてリオンは自分が泣いていることに気が付いた。笑いながら泣いていることに気が付いた。 とてつもない愛おしさを感じて、リオンは本を閉じて抱きしめる。 「お父様。私は、今こうして生きていられることがとても幸せに思いますわ。お母様に生んでいただいて、お父様に育てていただいて、ユースに見守ってもらって、ジュンタに救われて……私はいつも皆に守られていることを自覚しています」 「リオン様……」 「今ここにいることができる意味を、生きていられる幸せを、私は感じています。だから私はとても、とても、幸せですわ。幸せ過ぎて、申し訳ないくらいに」 黙って控えていたユースが、主の涙に少しだけ慌てる。 ゴッゾはリオンの伝えたいものを受け止めるように目を瞑って、次に開けたとき、手を伸ばして徐に娘の頬を抓んだ。 「うにぃ」 「ははっ、最近のリオンは泣き虫だね」 「お、お父様!」 リオンは抓まれた方の頬を抑えて、ゴッゾを不満げに睨んだ。 「わ、私は本当にそう思ってますのに! いつもいつでも私は守ってもらってばかりで、助けてもらってばかりで、それこそ一人だけ幸せでいることが申し訳なくて……!」 「それはね、違うよ。リオン。大切な人が幸せでいてくれることが自分の幸せだと思う人も、世の中にはいるんだ」 カタログを抱きしめたリオンをゴッゾは優しい瞳で見て、それからユースへと視線を向ける。 「それはたとえば、主に夢見る従者であるとか」 ユースは小さく微笑み、 「それはたとえば、娘に夢見る父親であるとか」 ゴッゾも片目を瞑った。 「リオンとジュンタ君の二人が幸せでいるとね、こっちまで幸せが伝染してくるんだ。だからもっともっと人前で、それこそ熱い熱い抱擁やその先なんかをしてくれると嬉しいね」 「はい、私も心の底よりご同意させていただきます」 「ふ、二人とも。もう、そんなことできるはずありませんわ!」 二人の直視がくすぐったくて、リオンはそっぽを向いた。 リオンの心の根底には、自分が誰かに守られる『姫』であるという小さな罪悪感があった。だからこそ、幸せにしてもらった気持ちを返すために、誰かを守る騎士という在り方を欲したのだ。 今でも十二分に過ぎるくらいの幸せをもらっているのに、結婚だなんて、これ以上の幸せを欲するのは傲慢かと思った。だけど、その傲慢を見て幸せになれる人たちがいるのなら――それはきっと、間違ってはない求めなのだろう。 幸せになりたいと思う心。どこまでも、際限のない幸福に浸りたいという乙女の心。 リオンはそっと胸の中の何かを開くように、カタログを広げる。 「それでは、もう少しだけ見てみましょうか。やはり結婚は乙女の憧れですもの」 「そうだね」 「ええ、そうですね」 映りこむ幸せの一つの象徴を見つめて、最後の昼を団らんで過ごしていく。 それは一つの家族の形。それもまた一つの幸せの形だった。 ――――そうして、最後の夜が来た。 風のない夜。 空には少しだけ霞んだ星空が。黄金の月は灰色の汚染を跳ね返し、いつも以上に妖しく輝いていた。 明日戦いへ赴く者たちを祝福するように、平等に照らし輝く月。 場所は屋根の上。シストラバス邸で一番空に近い場所。 都で一番月に近いわけではないけれど、それでもあの空に手が届くのではないかと錯覚する。何かが掴める気が、そのときジュンタはした。 恐怖とか、緊張とか、そういったあらゆるものをひっくるめた上での、変化の予兆。 全ての始まりの出来事と、そこで知るべきだったのに、知ろうとしなかった自分の力。 使徒。新人類候補者。佐倉純太の魂の根底に眠る、『世界権限』が欲し求めた異端の力。 ――『特異能力』。 「約束だ。今こそ語ろう、マイソウルパートナー」 太陽の下で交わした約束を、月の下で遂行する。 「サクラ・ジュンタが持ちうる特異能力。その名は【全てに至る才】」 月光を浴びて荘厳に輝く猫は、神託を告げる巫女のように、月へと手を伸ばす神獣へとその名を口にした。 「世界の破壊者にも救世主にもなれる――――可能性の力だ」 そうして全てを知る者は語り始める。
鮮やかな色とくすんだ色がせめぎ合う境界面。
カリスマ性と武勇には秀でた彼ではあったが、反面事務仕事にはとんと弱かった。常ならば傍に控えた副騎士団長にして『騎士百傑』の第二位、シャルル・ファケラニアスというよくできた副官が手助けするのだが、今回は国に残してきたらしい。
盟友たちの部隊とズィール・シレ近衛騎士団以下各師団からの精鋭は、ズィールの指揮の下決戦部隊として敵主力を叩く役割を。
それは途中でズィールがベアルの城へと攻め込むリーダーに変わるからである。
クーヴェルシェン・リアーシラミリィ――優れた魔法使いにして賢者の知識を持つ者。
リオン・シストラバス――最も高貴なる紅。ドラゴンをも殺す騎士の姫。
ユース・アニエース――矛盾を有する者。サポートとして彼女以上はいまい。
◇◆◇
そこに映っているのは記憶の片隅に残る、自分の両親の姿だった。
二人が死んだのはまだクーが四歳の頃だ。しかしその頃には確かな知識と見識がクーにはあった。ただ、その頃は人形であったため、傍にいた二人のことを見ようとも覚えようとも思わなかったのだろう。
しかしクーが知るアンジェロの顔はドラゴン研究者としての一面のみ。使徒とドラゴン。相反する二つだ。
しかしアンジェロはただ人とは違った。あやつは紛れもなく、そう、天才だった」
一人はフェリシィール・ティンク。自然の予知にドラゴンが当てはまったという形で、ドラゴンの属性を暫定ながら見定めた。そしてもう一人がアンジェロ・リアーシラミリィ。彼はドラゴンの性質や根底を瞬く間に突き詰めていった。
「――人・使徒・ドラゴン。これを生け贄に捧げれば、私でも使徒になれるのだから」
誰にも教えてはいけない、教えられない言葉。どうしてこれを受け取ったとき、自分は息子の危険性について誰にも相談しなかったのか。相談していれば、今この状況はなかったかも知れないのに。
目が霞む。苦痛の呻きで呟きは掻き消され、続きは誓いをより強固にするように、ルドールの心の中でだけ響き渡った。
即座に控えていたユースが反応し、部屋の隅に置いてあった数冊の本を手に戻ってきた。
そこで現れたジュンタ君。恋人なんてことにしておくだけじゃもったいない。正式に婚約者とすれば、こういった手合いからの催促も少なくなるだろう」
そんな月夜を最大限楽しむように、白い子猫が月光浴をして待っていた。
いい方向へ行くのか、悪い方向へ行くのか、それはわからない。わかっているのは、いい方向へ行くために最大限努力することが必要ということ。