第八話  破壊の君

 


 頭上に広がる光景を見てアーファリムが受けた衝撃は、とても言葉に表せられなかった。

 漆黒のドラゴンにヤシューが変貌してみせたそれは、間違いなく神獣化だ。

 しかし、それはあり得ないはずのことだった。
 ヤーレンマシュー・リアーシラミリィ。かの使徒は人工の使徒であるがゆえに、神獣になる力は持ち合わせていないはずなのだから。

 二年前アーファリムが企てた『聖誕』は、使徒――即ち、特異能力を有する人間を産み落とす儀式である。通常の使徒とは違い、その誕生に『神』の手が加わっていないために、人間の肉体に加えての神獣としての肉体は持っていない。

 それが人工の使徒としての限界。彼は救世主のオラクルのための生け贄でしかないはずだったのに……

「どう、して……?」

 ようやく口から呟きがもれたのは、漆黒の光が真紅の斬撃によって空の彼方へはじき返されたときだった。

 ドラゴンの吐息を跳ね返したのは紅い刀身の短刀。柄についた飾り紐が上空で起きた大爆発の衝撃波で揺れる。

 ドラゴンスレイヤーを振るったユース・アニエースは呆然とするアーファリムを流し目で見た。

「ほら、だから言ったでしょ? 君は君の手で他の使徒を殺して救世主と一緒に生き残るべきだって」

 その金色の瞳を見た瞬間アーファリムは全てを理解した。

 そう、ヤーレンマシュー・リアーシラミリィが神獣化を可能とするのなら、それは自分の預かり知れぬところで人ならざる者の手が入っただけの話。

「シスト……」 

「そろそろ知るべきだよ。自分ができる唯一のことを。
 クーの用意した切り札は、もうとっくの昔にわたしのものになってるんだから」

 ドラゴンと化したヤシューがゆっくりと地上へ降り立つ。

 嗤う紅い花嫁を背にして。






 一瞬意識を失ったジュンタが次に目を開いたとき、辺りが破壊された様子もなく、ヤシューの姿はユースとの間にあった。背中を丸めるようにして二本足で立っている様は、まるで小さな岩山が目の前にそびえているかのようだ。

「危ねェな。気を抜いてるんじゃねえよ。今の一撃で終わりだなんて、そんなつまらねェ終わりにしてくれるなよ」

 ヤシューは爛々と輝く血のような赤い瞳でジュンタを見ると、鋭い牙の並ぶ口を開いた。

「さあ、ジュンタ! テメェもさっさと神獣化しやがれ! 待っててやるからよォ、またあの美しい虹の翼を見せてくれや!」

 素早い動きで距離を取るが、ヤシューが攻撃を仕掛けてくる素振りはない。言葉通り神獣となるのを待っているのだろう。ヤシューが望んでいるのはドラゴン同士の戦いだ。今度こそ、どちらかが死ぬまで戦い続けることが本懐。

「救世主様、ここは退きましょう」

 圧倒的なプレッシャーをぶつけられるジュンタに、アーファリムが近付いてきてそう言った。その横顔からは血の気が引いている。

「この状況で『破壊の君』と戦うのは分が悪すぎます。せめて、フェリシィール様か使徒ズィールの協力を仰いで」

「馬鹿を言うな。それじゃあ、オラクルの達成にはならない」

「そう、ですが、でも……」

「お前の言いたいことはわかってるさ。今の俺じゃヤシューには勝てないってことは」

 ジュンタは再び剣を構える。瞳の中に狂気を僅かに滲ませて、目の前の敵をにらみ据える。

「それでも退けない。退けるわけがない。目の前にいるのは俺の敵だ」

「ア?」

 そんな好敵手の姿を見て、ヤシューは初めて訝しげな声をあげた。

「オイオイオイ。何だよ、何のつもりだよジュンタァ!」

「もちろん――お前を倒すつもりだ!」

 虹の光と共に加速し、ジュンタはヤシューの側面へ回り込んだ。

 人間にとっての死角は、しかしドラゴンと化したヤシューにとっては死角でもなんでもないらしい。刃が届く前に、尾を振り回してジュンタを追い払う。

 そこには攻撃の意志は感じられない。明らかにヤシューは困惑していた。
 つけ込む隙があるとしたらそこだ。ドラゴンスレイヤーの切っ先で空中に魔法陣を描くと、ジュンタは雷撃を喚び出した。

 雷の矢は空中で枝分かれして、四方からヤシューに襲いかかる。ドラゴンになって『侵蝕』の守りも強化されたのか、矢は身体の表面に触れた途端はじけ飛んだが、あまりにも目立ちすぎる虹色の魔法光を隠すには事足りる。

 矢に紛れてヤシューの真上を取ったジュンタは、身体を回転させるようにして、真下に向かって虚空を強く蹴った。

 双剣はまっすぐ前で合わせ、身体そのものを一本の矢に見立てて、落ちる。

――稲妻の切っ先サンダーボルト]!!」

 それは戦場の最後に現れるという命の煌めき。極大の稲妻が脳天からヤシューの身体を撃ち貫く。

 ジュンタの使える技の中で最大の威力を誇る、魔法[稲妻の切っ先サンダーボルト]の疑似行使――

「で? それがどうかしたかよ?」

「ぐあぁああああああ――――っ!」

 それをヤシューは片腕で事も無げに押しとどめ、さらにジュンタを巨大になった手で掴むと床に向かって投げ付けた。

「くそっ、[稲妻の切っ先サンダーボルト]でも効かないのか」

「いや、さすがに手のひらは火傷しちまったし、それなりに危険性はあるけどよォ……何かおかしくねェか?」

 床を転がるようにして受け身を取るジュンタの悪態に、ヤシューは律儀に火傷を負った――正確には瞬く間に塞がっていく手のひらの傷を見せながら、盛大に首を傾げた。

「そうだ。この状況でテメェがドラゴンにならねェことがおかしいんだよ。誰がどう見たって、テメェもドラゴンにならねェと勝てねえとこだろ。何のペナルティがあるわけでもねェのに、どうしてドラゴンにならねェ? ……いや、違うな。ならないんじゃなくて……」

 そのときヤシューは何かに気が付き、心底慌てた様子で、


「ジュンタ。テメェまさかドラゴンになれねェのか?」


 使徒サクラ・ジュンタの抱える、最大の欠陥を指摘した。

「…………」

 ジュンタは無言で剣を構え直す。そうする以外に手段はない。以前は使えていた神獣化が、二年前を境に使えなくなっていた。

「大正解か。なるほどなァ、それならこの状況下でドラゴンにならない理由もわかるってもんだぜ。そうか、ならないんじゃなくてなれねェのか。そりゃ、敵わないって理解しながらも剣で戦うしかねえよなァ」

 得心がいったという風にヤシューは頷き、

――ふざけるなよテメェ。それは何の冗談だ?」

 心底からの怒りを込め、肉薄するとジュンタの身体を上から手で押しつぶした。衝撃で床が砕け、半径五十メートル近いクレーターが出来上がる。

「救世主様?!」

 それほどの一撃を受けたジュンタを見てアーファリムが悲鳴を上げた。あんな攻撃をまともに受ければ、たとえ使徒だろうと命が危ない。

 しかし、ジュンタは間一髪直撃だけは防いでいた。双剣を咄嗟にドラゴンの拳に叩き付けることで、五本あるその指先の一つに押しつぶされただけ。

「ぐぁあああっ!」

 それでもダメージは甚大なもの。骨が軋む音がして、ジュンタは吐血と共に悲鳴をあげる。

奔れ雪雲 主に仇なす敵を打ち砕け

 主の危機を見て取って、アーファリムは全身の『儀式紋』を発動させて魔法を放った。渦巻く氷結の光はヤシューに向かって突き進む。

「ガァ!」

 それを彼は口から炎弾を放って押しのける。
 儀式魔法相当の魔法に対しても、ドラゴンブレスの一撃の方が威力としては上だ。

 しかし、アーファリムとてそんなことは百も承知。

「っ!」

 魔法による攻撃は一瞬でもヤシューの意識を自分に向けるためのもの。その間にジュンタは全身から雷を迸らせると、拘束から逃れ出た。

「逃がすかよォ!」

 そこへ放たれるヤシューからの追い打ち――

「がっ!?」

 それはドラゴンブレスではなく、握り込んだ拳による右ストレートだった。
 両足で床を蹴り、一瞬で間の距離を詰めてきたヤシューの拳は、今度こそジュンタの身体の中心を捉えた。身体がくの字に折り曲がり、背中から壁に叩き付けられる。

「ハッ、せめて肉弾戦なら、これくらいはやってくれねえとよォ」

 拳を突き出した状態で軽口を叩くヤシューだったが、口振りとは違って全身からは怒りのオーラが魔力となって立ち上っている。なまじドラゴンと人間との中間にあるような姿をしているため、彼が怒っていることはジュンタにも伝わった。

 そう、ヤシューは怒っていた。どんなときでも愉しそうにしていた彼が怒り狂っていた。

「ジュンタ。俺はよォ、ずっと楽しみにしてたんだぜ? テメェと心行くまで戦うのを。それがどうしようもなく楽しみだったから、地獄から這い上がってきたんだ。なのに、テメェの方がドラゴンになれなくなってるなんて、ふざけてんじゃねえぞォオオオオオ――――ッ!!」

 怒りの咆哮が大気を揺すり上げる。
 高密度の魔力が、まるでヤシューの身体を何倍にも大きく見せていた。

 ――勝てない。

 空を覆い隠すような闇に、今度は直感の域で理解した。今の自分ではヤシューに勝ち目はない。ドラゴンの中でも彼の力は飛び抜けている。たとえ神獣化できても勝つのは難しいとなれば、それすらできない今勝てる道理はない。

「……チッ、つまらねェ。肩すかしにもほどがあるぜ」

 そんなジュンタの心の内を読んだように、ヤシューは構えを解いた。

「俺はそんなジュンタに勝ちたいわけじゃねェ。あのとき、絶対に勝てないと理解した獣に勝たなきゃ意味ねェんだ。だから――

 その目がようやくジュンタ以外にも向けられた。血色の瞳は、聖堂に残っていた二人の少女の内、紅い花嫁へと移る。

「そうだ。今テメェが感じてる絶望こそ、俺が以前胸に灯したものだ。なら、俺がこうして最強の獣に辿り着けたように、一度は手に入れていたテメェが再び辿り着けないわけがねえよなァ」

 姿が消えると共に、ヤシューはユースの後ろに移動する。

「ハッハー! つうわけだからよォ、この女はさらわせてもらうぜ!」

「そんなことさせてたまるか……」

 壁を支えに起きあがったジュンタは、しかしまるで毒を見舞われたかのように足に力が入らず、片膝をついた。

「そんな様で何をどうするっていうんだァ? 俺を止めたければ、今すぐドラゴンになってみせろや!」

「っ!」

 吠え立てるヤシューに、ジュンタの金色の双眸が輝いた。

 全身が粟立つ。さながら服を脱ぎ捨てるかのような変化の予兆に全身の感覚が支配される。

「あぁあああああアアアアア――――ッ!」

 だがそれと同時に感じた嫌悪感に、たまらずジュンタは絶叫した。神獣化の感覚こそ身体が覚えていたが、精神がそれを拒絶していた。

 頭に甦るのは紅い少女。愛した人の微笑み。
 何も知らず、何も気付かず、最後までただ幸せそうに笑っていた彼女を、もし自分の中に潜む獣の衝動に狂わなければ、ジュンタは失わずに済んだかも知れないのだ。

「リオン……」

 ドラゴンを神獣とする使徒なんかが生まれなければ……。

「チッ、そう簡単にはいかねえか。じゃあ、やっぱり仕方ねえよなァ」

 ヤシューは舌打ちすると、ユースの身体を巨大な手で掴んだ。

 ユースは抵抗しない。じっと、震えるジュンタを紅い瞳で見つめているだけ。
 これでいいのだと、ジュンタはその決意を秘めた眼差しが語っているような気がした。

「ジュンタ! この女を取り戻したかったら、もう一度ドラゴンの力を手に入れて俺のとこまで来いや!」

「待て! ヤシューッ!!」

 翼を広げ、ヤシューの身体が浮かび上げる。

 ジュンタ残った力を振り絞って彼の行動を阻もうとしたが、その視界を黒い炎がカーテンのように閉ざした。

「くそっ!」

 炎を振り払ったときには遅かった。哄笑が空に消え、ドラゴンの姿はどこにも見えなかった。

「……くそったれ」

 ジュンタは奥歯を噛み締め、しばらく空を睨んでいたが、やがて剣を指輪に変えて指に戻す。

 そのまま聖堂の出口へ向かい、

「これは……?」

 そこで――見た。

 半壊したアーファリム大神殿の南側。瓦礫の山と、倒れる白銀の騎士たち。視界の隅には、折れた支柱にぐったりと背中を預けている使徒ズィールの姿も見られた。さらに神殿の前にも、かつて人だった者たちの遺骸が無造作に転がっていた。神殿から都の端まで流れていく水は、いつもの青々とした色ではなく赤い色で染まっている。

 そこには使徒の結婚式に沸いていた都の姿はない。ただ、破壊の限りを尽くされ、蹂躙された姿があるばかりだった。

「……ここまでなのか。これほどまでだったのか、ヤシューたちは」

「彼は破壊を司る者。その足跡にはただ屍と瓦礫の山が続くのみ」

 ジュンタの隣に並んだアーファリムが道を指し示す。

「ゆえに『破壊の君』――あなたが倒すべき魔王なのです、救世主様」




 

       ◇◆◇






 戦いは終わった。ジュンタの敗北という形で。

「なかなか面白い演目だった。ただ、拍手を贈るべき相手がすでに帰ってしまったのは残念だな」

「何馬鹿なこと言ってんのよ! リオンの奴さらわれちゃったじゃないの!」

 崩れた『婚礼の間』を見下ろせる屋根の上で拍手するアースとは対照的に、隣のミリアンの心中は穏やかではなかった。

「どうしてみすみす見送ったのよ?! あんたの力なら、相手がドラゴンだろうとどうにかできた癖に!」

「そう言うな、ミリアン。相手がジェンルド帝国の皇帝を名乗った以上、事実確認ができるまでは下手な手出しは危険と見るべきだ。王よ、あなたもそう思ったから見送ったのだろう?」

「まさか。この方がおもしろそうだから見送ったに過ぎんよ」

 キルシュマの言葉を呵々と笑ってアースは否定する。
 これにはキルシュマは呆れ、ミリアンが柳眉を逆立てるが、彼は笑いを隠そうとはしなかった。

「なんだ、わからんのか? 美しい花嫁が魔王にさらわれたのだぞ。これほど心躍る英雄譚の始まりもあるまい?」

「何言ってるのよ馬鹿! ふざけてるんじゃないわよ!!」

「そう憤るな。案ずることはない。彼女はこの我が帝国へ赴き、手ずから救い出してみせよう」

「ちょっと待ってくれ」

 怒るミリアンに向けた、王という立場にあるまじきアースの放言にはキルシュマが黙っていなかった。

「君は何を言っている? これから帝国がどう動くか不明なんだぞ。我々はすぐにでも国に戻り、対策を会議すべきだ」

「そうか。では、それは卿に任せた」

「なっ!?」

 軽く肩を叩かれ任じられたキルシュマは開いた口が塞がらない。一段落したとはいえ、まだ聖エチルアには多くの問題が残っているというのに、一体何を考えているのか?

「マスター。旅の用意はここに」

 そのとき、これまで姿が見えなかったメアが荷物と共に虚空より突如出現した。
 皮の鞄に纏められた大量の荷支度。あらかじめそうするつもりだったとしか――こうなることを予期していたとしか思えない準備の良さだった。

 アースは頷くと、上着を翻す。

「よし。メア、ミリアン、付いてこい」

「イエス・マイマスター」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! どうしてあたしも行くことが決定してるのよ!?」

 粛々と頷くメアと違って異論を唱えたミリアンに対し、アースはニヒルに決めた笑みを向けた。

「愚問だな。卿は我の行く末を見届けるのであろう?」






 襲撃から一刻経っても、未だヤシューによる襲撃の混乱から聖神教は立ち直れずにいた。

 フェリシィールこそ無事だったものの、敵と交戦したズィールはかなりの深手を負っている。そして神殿を守っていた聖殿騎士にも多数の死傷者が出た。 

 プラチナ・ウリクス・タダト。
 クォーツ・ウリクス・タダト。
 ジェード・ウリクス・タダト。

 同じ姓を持つ彼女たちによる被害は甚大だ。おおよそ、三人の人間だけで行った破壊だとは思えないが、三人共が『理想の英雄ミスティルテイン』を行使したとなれば、むしろこれだけの破壊で済んだのは僥倖と言えるかも知れない。

 少なくとも、ジュンタはヤシューに見逃された。恐らくは、彼らの狙いはジュンタであり、聖地への攻撃はそのついでといったところなのだろう。

 それを理解したジュンタは、一人静かに南神居を後にした。
 脱ぎ捨てられた法衣の代わりにいつもの旅装を身につけ、大きな布袋が下げている。

「ジェンルド帝国へ行くつもりなのね」

 黙って出立しようとしたジュンタに声をかけたのは、入り口で待ちかまえていたトーユーズだった。

「どうやら、かわいい花嫁がさらわれちゃったみたいね。やっぱり花婿としては取り戻しに行かずにはいられない?」

「ええ、俺の力が及ばなかったばかりにさらわれた。なら、俺が取り戻さないと」

「そういうことなら、一つだけ聞いていい?」

 足を止めることなく目の前を通り過ぎていくジュンタに対して、トーユーズは冷ややかな声で問いかけた。


「どうして前もってあたしに、たとえ婚礼中に何が起きてもここから動くなって厳命したの?」


 その言葉で初めて、ジュンタは足を止めた。

「婚礼中に敵が攻めてくるのはわかっていたはずなのに。そんなの、まるで最初から中止になっても良かったみたい。あるいは、この式自体が敵をおびき出すための囮に過ぎなかったのか」

「先生。回りくどいのは止めて、はっきり言ってください」

「そう、ならはっきり訊いてあげる。――ジュンタ君。あなた、ユースちゃんをわざとさらわせたんじゃないの?」

 トーユーズの確信が込められた眼差しに、ジュンタは結婚式前のユースとの会話を思い出す。





――いいえ、私はジュンタ様の味方ではありません」

 自分の味方かと尋ねたジュンタに対し、ユースははっきりとそう答えた。

「他の誰でもなく、私はリオン様だけの味方です。よって、もしもジュンタ様とリオン様、そのどちらかを斬り捨てなければならないというのなら、躊躇せずにあなたを斬り捨てます」

 それは欲していた返答ではなかったけれど、それ以上に価値ある答えだった。

「私は私の目指すべきもののために戦います」

「目指すべきもの?」

「お分かりになりませんか? 私たちは同じものを共有しているのです。そう、未だにリオン様の死を受け入れることができていない――いいえ、それは否定できるものだと思っている。リオン様を甦らせることができると知っている」

「それは……」

 ユースにまつわる秘密は、リオンの妹だったことだけではないと気付いたジュンタは、それでも彼女ならば信じるに値すると確信した。

「だからジュンタ様、私はあなたの味方ではありません」

 なぜなら手を結ぶことになったとしても、あるいはいずれ戦うことになったとしても。

「今はまだ。あなたが覚悟を決めるまでは」

 その果てに、リオン・シストラバスを第一に想う者が残るのだから。






「いいえ、先生。俺はユースをさらわせるつもりじゃなかった。けど、他でもないユースがそれを望んだ理由はわかります。そうすることで、ユースは自分の目的に近付くことができると思ったんでしょう」

「そう」

 ジュンタの答えに、トーユーズは切なげに吐息を吐き出した。二年間鍛え続けてくれた彼女は、あるいは少なからずジュンタが敵を欲する事情を察しているのかも知れない。

「じゃあ、あたしに手を出すなって言ったのは、全部一人でやらないと意味がなかったってことね。でもねジュンタ君。こんな結果じゃ、それはあまり格好いいやり方とは言えないわ」

「わかってます。だから、俺はユースを取り戻しに行くんです」

「いいえ、あなたは何もわかってない。ユースちゃんを取り戻すだけならみんなで行けばいい。あなたはただ、敵を倒しに行こうとしているだけ。違う?」

「…………」

 ジュンタは何も言い返せなかった。ヤシューが去っていくとき呼び止めたのは、ユースをさらわせたくなかったからなのか、それとも敵がまた遠ざかってしまうからなのか。

「全部を一人で背負い込もうとしてる。それを知って捨て置けはしない。ね? あなたもそう思うでしょう?」

「はい、トーユーズさん」

 トーユーズに流し目を送られたのは、大きなリュックを背負って南神居から出てきたクーだった。

 蒼い瞳に決意を込め、惑うジュンタをまっすぐ見つめる。

「私はご主人様が何に迷っていられるのか、それはわかりません。ですが、あなたを一人で行かせはしません。絶対に」

「クー……」

「そういうことよ、ジュンタ君。さあ、行きましょうか」

 隠していた荷物を持ち上げて笑うトーユーズを見て、離れないと訴えかけてくるクーを見て、ジュンタは頷いて歩き出した。

 ヤシューを倒す。ユースを助ける。どちらにしても、進まなければ始まらないから。

「ああ、行こう。ジェンルド帝国へ!」

 







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