Prologue





 灰色の世界で一人、少女は愛する子供を探している。


 この数多広がる世界の中、たった一人を探すことは難しい。

それこそたった一人では、海に落ちた一本の針を探すことより難しいだろう。

 捜索にかかる時間は数千年、数万年単位でかかるに違いない。いや、探す場所が今も広がり、増え続けているため、奇跡でも起こらなければ一生見つけることは出来ない。

 だが、少女には見つける自信があった。

 確かに魂と精神だけの存在を見つけるのは難しい。不可能とさえ言っても良い…………だがそれは、捜す相手が見知らぬ他人だった場合の話だ。

 少女が見つけたいと思っている相手は、少女にとって他人ではない。強く繋がり、縁を持つ我が子である。よってその捜索は他者を捜すのとは訳が違う。例え世界は広くとも、自分と繋がった相手なら、探すのは容易になる。

 少女がすることと言えば、繋がった縁の糸を辿るだけ。それは召喚の魔法を使うのにも似た行為である。

 あとは自分と我が子との縁が本物である、見つからないはずがないと、そう信じるだけでいい。







 ――――二月が過ぎた。


 自分が生まれた世界には一月前にすでにいないと分かったため、少女はその捜索範囲を、他の世界――異世界へと伸ばしていた。

 元々、我が子の魂と精神が彷徨っている可能性が高い場所は、我が子が肉体を失った自分の世界か、それとも魂と精神が発生した我が子の故郷だと予測できていた。

 少女は我が子が生まれた世界を観測し、その縁の糸を手繰る。

 途方もなく広い、『世界』という枠組みの中、目に映らぬ『魂と精神』だけという、まるで幽霊のような我が子を探す。


 ――そしてその作業が一月ほど過ぎたあと、ついに少女は我が子を見つけた。



「ビンゴ! やっぱり、故郷を彷徨っていたのね!」


 歓喜の声をもらし、少女はパチリと指を鳴らした。


 何一つ纏っていない、幼い肢体の足首まで伸びる白銀の髪。

 溌溂と輝いていながら、どこか怪しい神秘性を感じさせる黄金の瞳。

 小さな聖母とでも呼びたくなるような、そんな美しい少女は、何一つない灰色の世界の中で声を張り上げる。


「マザー! 見つけたわ! ここから出しなさい!」


 鈴を転がしたような少女の声は、反響することなく虚空に吸い込まれていく。


 少女以外誰もいない灰色の世界――しかし少女の声に答える『想い』があった。


『よかろう。ただし、期限は三日とする。それ以上はあちらの世界の『世界権限』が耐え切れまい』


 それは声ならざる声だった。

 声と呼ばれる概念を打ち壊す、別の何かであった。


 男のような声。女のような声。大人のような声。子供のような声。老人のような声。赤子のような声。希望を歌うような声。絶望を詠うような声――


 その声ならざる声は、灰色の世界にどこからともなく落ちてきて、少女の耳へと届く。

「三日か…………ええ、十分よ。新しい使徒の肉体は用意出来てる。

 すでに一回適合させているんだもの。見つけてすぐに一時的な適合その後、然るべき処置とともに保護。一分もあれば完遂できるわ」


『了承した』

 少女の声に何かの想いが答える。


 そしてその瞬間、少女を閉じ込めた灰色の世界が光に包まれる。


 光はどうやら、灰色の世界に差し込んでくる外の光であるらしい。

 崩れていく灰色の世界と同時に、外の輝きが少女の世界に満ちてきているのだ。

 それは少女の世界が、外の世界と繋がったということ。久方ぶりの感覚に少女は薄く笑い、歓喜と憎悪が入り交じった声音で歌う。


「■■■■■■■■■■」

 澄んだ歌声は言葉になっていない。

 しかし音が響く度、世界を変質させていく。


 理をねじ曲げ、時間の流れを逆流させ、世界そのものを狂わせていく。

 自分の欲望と求めを世界に刻みつけ、世界をただそれだけのために動く機械へと変貌させていく。

 何億という生命を抱き、無限の理を敷く『世界』を塗り替える、少女の『世界』――灰色の世界に封じられた、世界を滅ぼす『究極の毒(せかい)』は、ここに解放された。

 星が煌めく黒い海に浮かび上がる少女は、白銀の髪をかき上げ、


――さぁ、行きましょうか」


 まるで近所に出かけるような気軽さで
――――――世界を渡った。









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