私立バイブル学園。 そこはストライクとフリーダムを校風にして建設された、どこにでもありそうでどこにもない高校である。 生徒たちは寮で暮らしたりお城で暮らしたり、はたまた山で暮らしたりしつつルームメイトや学友と共に青春を謳歌することになる。 これはそんな学校に通う生徒たちの、血も涙もない物語の記録である。 「ですけど、いえ、私の方からなんて……」 別に付き合いたいとかそういうことじゃなく他に誘う相手がいないから仕方なく誘ってあげるだけで特別な感情があるとかそういうわけではないのだ絶対ちょっといいかも何て思っているわけじゃなく誰があんな無礼で破廉恥な輩をけどジュンタもあれはあれでいいところがたくさん……。 「そ、そうですわ。あくまでもこれはジュンタを荷物持ちとして酷使させてやるというだけですもの!」 「……一体、誰にいい訳しながら手紙を書かれているのでしょうか?」 後ろでユースが何かを言っているような気がしたが、まったく耳には入ってこなかった。 夕方にいきなり訪ねてそう言うと、寮の自室でくつろいでいたグリアーはあからさまに鬱陶しげな顔をした。 「なんで、いきなり、果たし合い?」 「いや、前から考えてたんだよ。俺をあそこまで一方的に敗北させたジュンタの奴と、もう一度真剣勝負してぇってな」 最強の番長などと呼ばれていた自信を打ち砕いた男。彼こそは長年探し求めたライバルだ。 「あいつとの戦いが今でも夢に出てくるんだよ。ここらでリベンジしとかねぇとな」 「……そういえば、黒が、黒がって苦しそうに寝言を言ってたっけ。あれは向こうが強かったっていうより、アンタが弱かったって感じだけど」 「ああ、盤上が真っ黒に染められることになるとは……恐ろしい奴だぜ」 今でも白一列がパチンパチンと黒に変わっていく音が耳にこびりついて離れない。あの恐怖は深いトラウマとして残っている。 「だからよォ、何としてもリベンジしてぇんだ。安心しな、あんな無様な戦い二度としねぇからよ。一ヶ月山ごもりして鍛えてきた」 「…………あれを?」 「そ、そこまで頼りにされたら仕方ない。手伝ってあげるわ。その代わり、アタシの言うとおりに書きなさいよ? 一言一句間違えずに!」 「おう! 恩にきるぜグリアー!」 脇に抱えていたオセロ盤を床に置いて、俺は代わりにボールペンを手に取った。 ・ 1年Bクラス――クーヴェルシェン とてもドキドキする。 床には失敗作が山のように転がっていた。 だけど止められない。 こうすることでしか、もう想いを形にすることはできないから。 だから不器用なりに、一生懸命手紙を書く。 この想いがあの人に届くかわからないけど。 後悔だけはしたくないから。 それぞれ水色、桃色、薄緑色とかわいらしい便箋で、上履きの影に隠れるようにあった。今まで受け取ったことのある不幸の手紙や脅迫状、果たし状とは一線を画しているのが一目でわかる。 「まさか、これは……」 恐る恐る三通の手紙を取り出した俺は、初めて遭遇した事態に混乱していたのだろう。でなければ、一緒に登校してきた奴の目の前にこんな美味しいご馳走を差し出すなんて真似しなかっただろうから。 「ほぅ、ラブレターか」 「うおりゃっ!」 後ろからひょいと手元を覗き込まれた俺は、反射的に背後に向かって蹴りを放っていた。 しかし幼なじみのサネアツは軽々とそれを避け、ニヤニヤと笑う。 「はっはっは。照れることはないだろう、マイソウルパートナー。それは誰がどう見てもラブレター。まさか三通も下駄箱に入っているとは、青春ではないか。トラブルの匂いがぷんぷんするぞ」 「トラブルといえばその通りだが、お前の思い通りになってたまるか」 返す俺の言葉にも力がない。やばい。口元がにやけてしょうがない。サネアツに見られてしまったのは大失態だが、それを気にさせないほど嬉しさが込み上げてくる。 朝のホームルームが始まるチャイムが鳴り響いているが、俺もサネアツもそこを動く気はなかった。そもそも担任が道楽で教師をやってるような人で大遅刻を平気でしてくるので、恐らく今頃級長が代わりにホームルームをやっているはず。だとすれば、サネアツを連れて行かないことはクラスのためにもなる。 「ほら、ユー、開けちゃいなYO!」 「……覗くなよ?」 無意味な制止を呼びかけてから、俺は意気揚々と一枚目のラブレターの封を切った。 特に意識することなく選んだ桃色の封筒には―― 「ほぅ、斬新な切り口のラブレターもあったもんだな」 「少なくとも出した本人はそう思っているのだろう。思うに、何回も書き直した結果夜も遅くなり、何か変なテンションで書いていると俺は予測するな」 「………………………………このレベルのナイスツンデレはまさか…………」 「なるほどな。最初に本人も言ってた通り、確かにこれはラブレターじゃない。見た目だけをラブレターに偽装した、未だかつてないほどむかつく果たし状だ」 思わずこの手紙を破り捨てたい衝動に駆られながら、肝心の送り主の名前が書かれていない手紙を何とかポケットに突っ込む。興奮してはいけない。ラブレターはあと二つも残っているのだから。 「今のは見なかったことにしよう。そうさ。果たし状くらい今までも何度かもらってるし、今度の奴が少しKYだっただけだ。二枚目。二枚目にこそ、密かな想いの丈が書いてあるんだよ」 俺が二枚目に選んだのは水色の手紙。後ろで何やら考え込んでいたサネアツがまた覗き込んでくるのと同じタイミングで、中に畳まれていた手紙を開く。 開いた手紙を慌てて閉じる。なんだ今のは? なぜそこでその台詞に繋がる? 「ジュンタ、続きを読むのだ。もしかしたら、その一言には何か深い意味があるのかも知れない」 「そ、そうだよな。最初に軽い冗談をいれることで、心の防波堤を下げる巧妙な恋愛テクニックって奴だよな」 サネアツからのフォローを受けて、俺は意を決し手紙を再度開いてみる。 「落ち着け、ジュンタ。ある意味この上ないラブコールではないか」 「重すぎる上にアウトすぎるわ! なんだこの官能小説も真っ青な告白?! この名前も書かれていない差出人は俺に何を望んでるんだよ!?」 続く長い文章は、一切消しゴムのあとが見えない綺麗な文章。一切疑問や自問が入り込む余地なく書かれた独白がこめられていた。いかに俺を思って眠れない日々を過ごしているのか、今後どういった付き合いをしていきたいのか、むしろどんなプレイが燃えるのかという、ラブレターとしては明らかに間違っている描写が続いている。 「こえぇ、サネアツ。少なくともうちの高校に一人変態がいるぞ」 「首輪趣味という奴だな。先程と同じく、返事は今日の放課後の屋上を指定しているから、知ろうと思えば差出人が誰か知ることができるわけだが……」 「俺はこんな手紙を書く奴が普通に待ってるとは思えない。行きたくない。俺は果たし合い以上にこの手紙の差出人が待つ屋上に行きたくないぞ」 「ふむ。では最後のラブレターを紐解いてみるとしようか。そちらが別の場所を指定していれば何の問題もない」 「うぅ、嫌だなぁ」 そう言ってサネアツがまだ開かれていない緑の封筒を指差す。 先程までは薔薇色の未来を運んできてくれるはずのかわいらしい便箋が、今の俺には決して開けてはいけないパンドラの箱に見えて仕方なかった。 「それでも開けてしまう俺は、やっぱり男の子なんだな」 この流れから行くと、まともなラブレターが来るはずないってわかっているのに。 「ん? そこの二人、もう授業は始まってるよ。遊んでないで、教室に急ぎなさいムグムグ」 廊下をセグウェイで爆走しつつ、ポッキーをつまみながら携帯狩猟ゲームに勤しんでいる担任のカトレーユ先生の言葉にツッコミを返せないくらい、俺たちにとっては衝撃的な内容だった。 まさか、ツッコミをいれる要素がないなんて……。 俺たちは無力だった。 「いたっ!」 怒りの声と共に放たれたチョークが額に当たった痛みで、私は意識をはっきりとさせた。 額を抑えて黒板を見ると、そこには小さな少女が頬を膨らませていた。担任教師のリトルマザー先生である。 「いきなり何しますのよ?! レディーの額にチョークをぶつけるなんて、それが教師のすることですの!? それは確か、先日の会議で禁止になったはずでしてよ!」 「ふんっ、問題ないわ。そう思ってチョーク代わりにとろろ芋の角切りを使ってるから」 「道理で額がヒリヒリすると思いましたわ! それはチョークよりも凶悪な武器です! パワハラ反対。教育委員会に訴えますわよ!?」 「やれるならやってみなさいよ! 人が授業を一生懸命やってあげてるっていうのに、ガーガーいびきをかいて寝てるあなたが悪いんじゃない!」 舌を出してあっかんべーをやるという、教師とは思えない仕草をする先生。しかし彼女の言葉の正当性は、隣に座るユースが額に手を当てる様子からうかがえる。確かに、昨夜色々あって眠れなかったとはいえ、居眠りをした私が悪い。いびきはかいてないが。 「今いいところだったんだから! わたしが昨日ようやくラオを倒せたときのエピソードを――」 「それ授業ではありませんわよね!?」 バンバンとリトルマザー先生が叩く黒板に書かれていたのは、よくわからない巨大な怪獣の絵と、それに立ち向かう先生らしき双剣使いだった。自分が眠っているからって、とんだ授業崩壊もあったもんだ。 「いいわ。文句があるなら買ってあげる。生徒だからって、手が出せないと思われたら困るもの。ここでわたしのジュンタに近付く羽虫の駆除をしてあげるんだから!」 「望むところですわ。ジュンタのことは関係ないですが、まったくこれっぽっちも関係ありませんが、あなたの暴挙には目に余る思いですもの」 「チャイムが鳴りましたので、一時限目の授業はこれで終わりということにしておきます。皆さん、各自十分な自習をお願いします。起立、礼」 一触即発の空気を無視して、チャイムと同時にユースが勝手に授業を終わらせる。クラスメイトも何ら戸惑うことなくユースの号令に従って、思い思いの放課タイムへ移行していた。 「…………」 「…………」 「当然じゃない。そっちこそ、ギブアップって言っても聞いてあげないんだから!」 放課なら放課なりの戦い方がある。 不敵に笑う先生の手には、ビギナー色のP■Pが握られている。ふんっ、そんな■SPを持っている時点で私の敵じゃありませんわ! 私が鞄より取り出すのは、お母様とお揃いで買った高貴なるクリムゾンカラー。今こそお母様に付き合わされた日々の成果を出すとき。そう、お母様の意図がわからなかったが、全てはこのときのためだったのだ。さすがはお母様。見事なご慧眼です。 もちろん、お互いにセットされているUM■-ROMはあのソフト。同時に電源を入れ、戦闘開始の声をかけあう。 「行くわよ。ガンダ■ファイト!」 「レディ――」 昼放課、私は自分の教室の上でぐったりしていた。いくら剣術を嗜んで鍛えている私といえど、午前中丸々正座で説教は厳しい。今もまだ隣の1年Bクラスの担任教師であるシャス先生に説教されているリトルマザー先生よりはマシだろうが。 「それにしても珍しいですね。リオン様が授業中に居眠りなさるとは」 ぐったりしていると弁当箱を片手にユースがやってきた。彼女は学生指定寮ではなく、私と同じ屋敷に住んでいるが、昨日は先に寝てしまったのでどれだけの激闘が昨夜繰り広げられたのか知らないのだ。 「昨夜は結局、徹夜してしまいましたのよ」 「徹夜、ですか? 確か先輩をデートにお誘いするお手紙を書かれていただけでしたよね?」 「だけだなんて、それはユースが書いたことがないから言えることですわ。どんなに書いても何かが足りない気がしたり、あるいは変なことを書いてしまったりと」 「確かに、遊園地にお誘いするのになぜ夜景がよく見えるレスト――」 「きゃああああ!」 変なことを言おうとしたユースの口を慌てて塞ぐ。 「ど、どうしてユースが私が失敗した文章を知ってますのよ? エスパー? もしあなたがエスパーだというなら、こっちにも考えがありましてよ!?」 「落ち着いてください、リオン様。リオン様が悪いのですよ。床に投げ捨てた失敗作をそのままにしておきますから。私が片付けなかったら一体どうなっていたことか」 「そ、そういうことですの。確かに、渾身の力作を手に朝一番で学校へ来てしまいましたものね。ありがとう、ユース。あなたのお陰で、お父様やお母様にばれることは――」 「ええ、間違いなく額縁にいれてリビングに飾っておきましたのでご心配なく」 「何してくれてますのよあなたはぁあああああああああっ!?」 「メイドとして当然の嗜みです」 「そんな嗜みは捨ててしまいなさい!」 ガクガク肩を掴んで揺さぶっても、一切ユースは反省することなく大きな胸を張る始末。くそぅ。自慢か。自慢なのか? どうして幼い頃から同じ食べ物を食べてきたのに、こうも違う? 「ふ、ふふっ、全てはその大きい胸が悪いのですわね」 「リオン様? 目が据わっておいでですが?」 「黙りなさい! こうなれば、私の失敗作以上のイベントを家に持ち帰る以外に私の尊厳を保つ方法はありませんわ! ユース、あなたのことは大好きですが、今は生け贄になってもらいましてよ!」 わきわき手を動かして親友であり従者であり家族である少女に詰め寄る。 さしものユースも顔を引きつらせて後ずさるが――甘い! 「おーほっほっほっほ! ジョイスティック操作で鍛えた私から逃げられるとでもお思いかしら!」 「くっ、着実にダメ女の影響を受けていらっしゃいますね!」 その後行われた鬼ごっこは、私の力が切れるまで続いた。 …………恐ろしい、弾力でしたわ。 昼放課という解放時間に似つかわしくない溜息は、同じ机を囲んでお弁当を広げる自分以外の二人の内一人、金髪に大きな帽子がかわいい親友の口から出たものだった。 今朝から元気がなかったクーのことは気になっていたが、あまりにも落ち込んだ様子なので追求するのは我慢していたのだが……もう限界だ。 「クー。朝から溜息をついているが、一体何があったんだ?」 「え? そ、そんな、私は元気ですよ!」 クーは握り拳を作って元気さをアピールするが、いつもの日溜まりのような笑顔は曇っている。 「嘘をつかないでくれ。先程からまったく弁当に手を付けていないし、それくらい私にもわかる。それとも、私には言えないことか?」 だとしたら悲しい。私はクーを親友だと思っているのだ。 「そ、そういうわけではありません。ただ、心配はかけたくなくて……」 「心配なら好きなだけかけてくれればいいんだ」 「でも……」 クーは困ったように眉をハの字にして、口をモゴモゴと動かしている。 そのとき、クーとは逆隣で箸を置く音が聞こえた。今まで我関せずとお弁当を食べていた、薄紅色の髪をツインテールに結んだメアが、醒めた瞳でクーを見て言った。 「別に言えばいいじゃないですか。どうせラブレターのことでしょう?」 「っ!」 メアの一言に対するクーの変化は劇的だった。 「ラブレター? ラブレターとはどういうことだ? メア」 「昨夜部屋で夜遅くまでラブレターを書いていたんです。ルームメイトであるメアのことなどお構いなしに。お陰でメアは寝不足です」 「す、すみませんでした。ごめんなさい!」 「謝罪は必要ありません。どちらにしろ気になって眠れなかったわけですから。それでクークー、どうして落ち込んでいるのですか? もう出してしまったのですから、放課後を待つしかないでしょう?」 「そ、それが……」 ルームメイトであるが故に全てを知っていたメアの追求に、クーは涙目で机の中から紙を取りだした。かわいらしい便箋で、そこにはクーの綺麗な字が書かれていた。 「封筒はきちんと出したんですが、実は中に肝心のお手紙を入れるのを忘れてしまったんです」 「それは……また、何ともクーらしいというか……」 ご愁傷様としか言いようがない。 「しかも昨日は途中で寝てしまって、この手紙も中途半端な出来栄えで。そのことを忘れて慌てて出してしまい……もう自分が情けないです。何も入ってない封筒をお渡ししてしまうなんて、ご迷惑以外の何ものでもないですし……」 小さな声で絶望を顔に浮かべるクー。彼女が誰にラブレターを出したのかは、もはや訊くまでもないこと。クーが落ち込んでいるのは、ラブレターを出すのを失敗したのに加え、先輩に嫌がらせのようなことをしてしまったのが原因なのだろう。 「しかし、どうしてそこまで慌てる必要があったんだ? もっと時間をかけてじっくり遂行すれば良かったのに」 少なくとも昨日のクーにそんな素振りは一切見えなかった。 「実は昨日メアメアが持っていた占いの本を見せてもらって、今日の私の恋愛運が一年で一番いい日だったんです。だから、その、がんばってみようと思ったんですけど……」 「なるほどな」 理由もまたクーらしいものだった。基本的に自分に自信がない彼女にしてみれば、そういった助けがないと手紙を出すことなど夢のまた夢なのだろう。メアと一緒に学園のマスコットのように扱われているのだから、もっと自信も持てばいいのに。 「メア。その占いの本、もっと別の日でクーの恋愛運が高い日はないのか? 今日がダメだったなら、その日にもう一度がんばってみれば」 「残念ですが、今日ほどクークーの恋愛運が高い日はもうありません。桃神様の占いは百発百中ですから」 「……噂の桃神占いか。あんなものが最近校内ではやっているというのは本当だったんだな」 「それはどういう意味ですか? メアの耳にはまるで、桃神様占いはうさんくさいと言っているように聞こえましたが?」 「その通りだ。だってそうだろう? こうしてクーも結果的に失敗してしまったということは、その占いは外れているってことなんだから」 メアはむっとした顔になって睨んできたが、そう言うとさらに表情を変えた。親しい者以外に向ける毒舌モードに。 「この中途半端なキャラは何を言ってますか。そんな風にものの本質を見誤るから、活躍するシーンでもぱっとしない印象しか与えられないんです」 「なっ!? そ、そっちこそ、予定が変更されて本来の出番とは違うタイミングでの出番になった癖に! しかも本編にはまだ出てこられないという、番外編専用キャラではないか! 私は地味だが、使い勝手がいいキャラだからいいんだ!」 「メアの方こそいいんです。メアはマスターと出会えた幸運に感謝しているのですから。予定変更でも登場させられたということは、それだけメアが素晴らしいキャラということ。使い勝手がいいだけの中途半端よりマシです! ポニーテールをなくしたとき、あなたの個性は一緒に死んだも同然。稀少なロリツインテールをなめないでください!」 「なんだと!」 「何ですか!」 「や、止めてください! 二人とも喧嘩しちゃダメです!」 『ことごとくいいところを持っていくあなたは黙ってなさい!!』 「ひゃうっ! ご、ごめんなさいでした!」 クーが震えながら頭を下げるのを見て、私は正気を取り戻す。いけない。前人未踏の領域に入り込んでしまったようだ。意味がわからないことを口走っていた気がする。見るとメアも同じように我に返ったようで、頬を染めて咳払いをしていた。 「クークー。安心してください。あなたが落ち込む必要はありません」 「え?」 「どういうことだ?」 「桃神様を否定するのは、まだ早いということです。クークーが昨夜途中で寝てしまったので、仕方なくメアが代筆を買って出てあげたわけです。きちんとクークーが出したラブレターには、メアが観察と予測から創造した渾身の力作が封入されています」 「メアメア……ぐすっ……私のためにわざわざ……」 「泣くんじゃありません。まだ結果が出たわけではないんですから」 「ありがとうございます。私、私がんばりますっ!」 涙を流すクーを、メアが困ったように慰めている。こうして見てみるとまるで姉妹のようだ。 ただ……一つだけ不安なのは、メアの恋愛観が一般のソレとは大きくかけ離れているということか。自分がクーであると仮定して書いたということなので大丈夫だと思うが。 「クークー、メアはあなたに期待しているんです。見仰ぐ人は違えども、同じ想いを抱くもの同士。これから先輩としてメアが色々アドバイスをして差し上げますから、あなたのご主人様と一緒に精進することです」 「はいっ!」 「良い返事です。では、まずは首輪の正しい付けられ方から――」 「…………哀れな」 メアの首もとで光るものを見て、私は心の底からダメだと確信した。 決して負けるわけにはいかない。何より、負けたくない。 一月前、学校の番長として君臨していた俺は退屈していた。どうしようもなく退屈していた。 『…………驚いた。お前、ものすごく弱いんだな』 そう、俺は弱かった。どうしようもなく弱かった。初めての戦闘方法だったというのはいい訳にはならない。あの日自分は、完膚無きまでに敗北したのだ。 「ハッ、だが今の俺をあのときと一緒にしてもらっちゃ困るぜ」 屋上の中心に置かれた、格子状に区切られたデュエルプレート。 森の中で。食事のときも。熊と戦いながら。滝に打たれながらもひたすらに。 そして見出した。ジュンタも誰も気付いていない、オセロの必勝法に。 「問題があるとすりゃ、グリアーが考えた果たし状だが。本当にあれでいいんだよな?」 勝負の結果は決まり切っているため、俺が気になるのはグリアーに相談して書いたジュンタへの果たし状。何度もグリアーの言うとおりに書き直したアレは朝一番にジュンタの下駄箱に突っ込んでおいたので、今頃あいつの手の中だろう。 「そういや、なんかグリアー。書いてる最終怒ってたみたいだが、何かあったのかね?」 思い出すのは書いている最中のことだ。書かせてはこう訊いてきた。首を横に振ったら怒りながら折角書いた果たし状を破り捨てやがった。 『アンタ、本当に気付いていないの?』、『ねぇ、わかってて無視してない?』、『これが果たし状だって本当に思ってる?』、『こ、これはアンタに対する私の……ああもうっ、勝手に出して来ればいいじゃないのよ! そして変態だと思われなさい!』などなど。 「……もしかしてグリアー、あの日だったのか?」 だとしたら悪いことをした。お礼も兼ねて今度、熊の肉でも持っていてやることにしよう。うんうん。 屋上に行くか、それとも何もなかったことにして帰るか、である。 「行かないと俺にラブレターをくれた女の子を裏切ることに、だがしかし、屋上には果たし合いと重すぎる愛を待つ奴らもいる……」 ある意味人生最大の選択を問われているかも知れない。 こうなったら藁にも縋る気持ちでサネアツに相談したいところだが、生憎とこちらの悩みを鋭く察知して逃げやがった。恐らくこちらがどんな結論を出すか屋上で張り込んでいるに違いない。ある意味屋上に行きたくない理由の一つである。 もしも行かない場合、果たし合いの相手は帰ってくれるだろうし、マニアックな御方は他の人に目移りするはずだ。しかし告白を待ってくれている子も帰ってしまうかも知れない。 すでに放課後になってから三十分近く経っている。これ以上待たせるのは酷というものだろう。 俺は他の二つの封筒は努めて見ない様にし、緑色にこめられた文面に想いを馳せる。 この文面を考えた人は本当に相手のことを好きなんだと伝わってくる。言い方や何かが全て、堪えきれない愛を叫んでいる。正直に言おう。この少しの文しか書いてないラブレターをもらっただけで、かなり気持ちは揺れ動いている。いや、他二つがあまりにもアレだった所為もあるが。 「……そうだよな。男なら、そういう気持ちを裏切っちゃいけないよな」 たとえ敵がいたとしても、男には逃げちゃいけないときがある。 それが今このとき――ただ、それだけの話なのだろう。 「行くぜ」 三通の手紙を手に、俺は屋上を目指す。 そこに待っているだろう、三人の人物を想像しながら。 驚いたことに全員が知り合いだった。 「おぅ、ジュンタ。待ってたぜ」 「ヤシュー」 まず最初に反応を示したのは、強烈に互いを意識している女の子二人ではなく男の方――ヤシューだった。 学園番長だった彼とは、一ヶ月前とある事件の折にオセロで遊ぶことになり、そのあとなぜか校内で見かけることがなくなったのだが、いつの間にか復帰していたらしい。 その手にはなぜか――オセロ盤。 「この日を愉しみにしてたぜ、ライバル。一ヶ月前のあの日から、俺はテメェのことを一時たりとも忘れた日はなかった」 「喜色悪いことをいうな。それにそのオセロ……まさかお前、この一ヶ月学校に来てなかったのは?」 「ああ、山で修行をしてたのさ。先に言っておいてやるが、俺を前の俺と一緒にしてもらっちゃ困るぜ?」 「……マジか。オセロに負けて山ごもりとか、あとオセロで果たし合いとか……」 なんてわかりやすい。このヤシューが間違いなく、あの桃色の手紙の送り主だろう。あんなかわいい封筒で送ってきたのも、こいつなら納得がいく。きっとどれでもいいと適当に選んだに違いない。 「はぁ……わかった。オセロくらい付き合ってやるから、少し待っててくれ。お前も、他に邪魔が入るのはおもしろくないだろ?」 「まぁな。どうやらそっちの二人もテメェに用みたいだな。仕方ねぇ。扉の向こうで待っててやるからよォ、さっさと終わらせて来やがれ」 そこにいた二人の少女を見て、ヤシューはオセロを片手に扉の向こうに消えた。あんな手紙を送ってきたとは思えない空気読める奴だ。 「さて――」 ヤシューがいなくなったことにより、俺は残った二人に意識を向けられるようになった。 片や、真紅の髪と瞳が美しい、ミリアンと並んで知らぬものがいないお嬢様のコンビの片割れ、リオンだ。高飛車で潔癖な彼女とは、偶然の事故、あくまでも偶然の事故とはいえ裸を見てしまったことから付き合いが始まった。 もう一人は、金髪の髪と蒼天の瞳が愛らしい、メアと並んでやはり知らぬものなき妖精コンビの片割れ、クーヴェルシェンことクーだった。大人しく引っ込み思案な彼女とは、なぜか行く先々で出会うという、不思議な絆から付き合いが生まれた。 まったく正反対な二人だが、恐らく学園内で一番付き合いのある異性の二人と言っていい。まさか二人があの手紙の送り主なんて……。 あの手紙の……。 「――――――――――――――――――――ぇ?」 氷柱でも背中に入れられたほどの寒気を感じて、俺は表情を引きつらせた。 「ジュンタ……」 「ジュンタ先輩……」 もじもじと恥ずかしそうにしながら名前を呼んでくる二人以外に、屋上に人影の姿はない。サネアツがどこかに潜んでいるだろうが、それくらいだ。だとすると、この二人の内どちらかがラブレターをくれた相手で……もう片方があのあまりに濃すぎる世界の住人ということになる。 「そ、その、二人に最初に質問があるんだけど、この手紙くれたのはどっちだ?」 そう言って、俺は緑色の封筒に入っていた中身だけを見せる。 「こ、これはっ、まさかクー。あなた!?」 「そ、その…………はい」 二人は同時にそれを見て、リオンが驚いた表情を、クーが頬をぽっと染めた。 「そうか……わかった」 その反応だけで、もはや全ては明らかだった。 そうだ。明らかになったんだ、全てが。 俺は今にも詰め寄ってきそうなリオンから視線を逸らし、クーにまず向き直った。 「クー。その、気持ちは嬉しいんだけど、返答はしばらく待ってもらっていいか? 俺にはその前に、やらなくちゃいけないことがあるんだ」 「やらなくちゃいけないことですか?」 「ああ。俺はリオンの奴が大事だから。だから……真摯に向きあってやらないといけないんだ」 未だかつてないほど真剣な瞳でクーに嘆願した。正直、クーが送り主と知って心臓が痛いほど高鳴っているが、今はその前にやらなければいけないことがある。 そんな気持ちが伝わったのか、クーは静かに頷くと、とても魅力的な日溜まりの笑顔を浮かべた。 「はいっ、待ってます。だから、がんばってください!」 「ああ、ありがとう」 「それじゃあ、私はこれで。失礼します、ジュンタ先輩。リオンさん」 クーはペコリと頭を下げると、小走りで屋上から立ち去った。 「……ジュンタ。先程の言葉、どういう意味でしたの?」 彼女は初めて見る、何かを期待するような顔で訊いてきた。 瞳は潤み、頬は熱っぽく蒸気している。色っぽいとも言っていい。半開きになった口は、何かを訴えかけているようだ。 「そのままの意味だ。リオン、俺にとってお前は大事な奴だ。だから、真摯に向きあおうと思うんだ。あの手紙をもらって……その送り主がお前だって知って、俺の決心は固まったんだ。お前の気持ち、確かに受け取った」 「そ、そうですの。隠していたつもりですけど、伝わってしまいましたのね」 両肩に手を置くと、リオンは恥ずかしそうに、だけどそれ以上に嬉しそうな顔をした。 「ここまで来たら自分に嘘をつくのも止めにしますわ。今まであなたに対する刺々しい態度は、恐らく自分を守るための壁だったのでしょう。ですが、もう我慢できません。私の気持ちはあの手紙にこめた想いのまま……ジュンタ、他の誰でもなく私はあなたを選びましたの」 「……どうして、俺なんだ?」 「最初は不埒な輩だと思いました。無礼者だと。けど、その飾らない態度が、他の人とは違うまっすぐな瞳が私の身体を熱くしましたの。いつしか気になって、会えないと寂しくなって……この人は私にとって特別な人なんだと、そう気付きましたの」 そうか。最初から、リオンは俺を選んでいたのか。 きっと彼女はずっと自分の特殊な性癖に悩み、隠そうとしていた。けど、隠しきれなかったのだ。俺にそういう性癖を刺激する何かがあるとは思わなかったが、リオンにとってはそうだったのだろう。 「だけど俺はノーマルだぞ? 極々普通の男だ。お前に満足してもらえるかわからない。今だって俺は、お前をまっとうな道へ矯正しようと考えてる。お前の趣味を否定してねじ曲げようと――」 「あなたになら私は縛ってもらっても構いません。あなた色に染められても本望ですわ!」 「っ!?」 「そんな私を誰かに見られたとしても、私はこの人が私の唯一の人だと言い切って差し上げますわ!」 「そこまで……そこまで、覚悟を決めていたのか……!」 まさか首輪趣味のみならず、緊縛趣味と露出願望まであるとは。しかもそれを是という。一体、何がそこまでリオンの奴を駆り立てるのか。 ……残念だが、リオンの揺るぎない覚悟を決めた瞳を見れば、ここで何かをいって彼女に改心してもらうことはできそうもない。ここは一人の友人として、また彼女に自分の性癖を認めさせてしまった者として、しばらく付き合いながら真っ当な道に戻してやるしかないのだろう。 「わかった。俺も覚悟を決める。この先後ろ指を指されることもあるかもしれない。だけど、俺がんばるから!」 がんばって――精一杯ご主人様を演じて、正しい方向へと導いてみせる! 「ジュンタ……その、よろしくお願いしますわね。期待してますわよ。手紙に書いたことなんて、まだまだ序の口なんですから」 「あれでか!? だけど任せとけ! すぐに輪っかも買ってやるからな!」 「輪? それって、まさか……?」 他の誰かに手を出されないように、首輪を早い内につけてやらないとな! 「そうと決まれば早速新聞部に殴り込みをかけよう。俺たちの関係をはっきりさせるんだ。リオン、お前を他の奴には指一本触らせない!」 「そこまで私のことを……はい!」 俺は小手調べにリオンの手を引いて走り始めた。 まずは約束通り、ヤシューとオセロ勝負をしないといけない。そのあとはクーとリオンのことも含めてきちんと話し合わなければ。彼女ならきっと分かってくれるはず。 ――そうして、俺は修羅の道に堕ちてしまった。 恐らく今後俺の学園内での評価は地の底まで墜ちることだろう。だが、これもリオンのため。彼女のような異常性癖を持つものを野放しにしておくには、このバイブル学園は危険すぎる。彼女に目移りなんてさせるつもりはない。 リオンを守るために、今日より俺はこの称号を名乗る! そう――ご主人様と! くっ、まずい。笑いすぎて呼吸困難に陥ってしまった。腹筋がよじれて死にそうだ。 「さすがだ、ジュンタ! お前はやはり素晴らしい!」 三つの手紙より始まったこの結末。ああ、一体誰が予想しようか。ジュンタでなければこうはいかない。彼と彼の周りにいる人間ではないとこうはいかない! ジュンタはリオンを守るために悲壮な覚悟を決め、リオンはジュンタの言葉を勘違いして幸せに浸っている。クーは親友を信じるあまり勘違いをし、ヤシューは鈍感すぎた。 やがてリオンも自分の勘違いに気付く日が来るだろう。その頃にはもはや学園中に噂は広がっているだろうが。 やがてクーも自分の勘違いに気付く日が来るだろう。その頃にはもはや親友の思うとおりに進んでいる可能性はあるが。 やがてヤシューも自分の勘違いに気付く日が来るだろう。とりあえず、友達作って誰かと対戦しないことにはオセロは強くならないと。 やがてジュンタも自分の勘違いに気付く日が来るだろう。そのときにはもはや周りの状況は誤解じゃ済まない段階になっているだろうが。 今から、そのときが楽しみだ。 うむ、楽しみでならない。 「ああまったく――――バイブル学園万歳!!」
小ネタ バイブル学院〜三つの手紙〜
『注:この物語は本編とは一切関わりのないパラレルワールドを舞台にしたものです。そのため各キャラクターの性格や関係性が若干変わってたり変わらなかったりしています。その点をご注意の上お楽しみ下さい』
勉学に勤しむも良し。部活動で汗を流すのも良し。恋愛に生きるも、冒険に生きるも全て許される、まさに学生の聖地。
・ 1年Aクラス――リオン
手の中にある二枚のチケット。それは最近市内にオープンしたアミューズメントパークの特別招待券だった。お父様がプレゼントとして送ってくれたのだ。
招待の日付は明後日からの土日。誘いたい相手がいないわけじゃ、ない。
・ 2年Cクラス――ヤシュー
「ジュンタの奴に果たし合いを申し込もうと思ってんだが、果たし状でどうやって書くんだ?」
「そう、オセロを、だ」
グリアーの質問に、当然だと俺は答えた。
すると彼女はあからさまに溜息をついたあと、何か閃いた顔をして、頬を染めた。
心臓が破裂しそうだ。
ルームメイトにも迷惑をかけてしまっている。
・ 2年Bクラス――ジュンタ
遅刻ギリギリで昇降口に飛び込んで下駄箱を開けると、三枚の手紙が入れられていた。
『最初に言っておきますけど、これは別にラブレターというわけではありません。そこのところを勘違いしてはいけませんわ!』
「いきなり全否定された!」
『この手紙をあなたに差し出したのは、あまりにもあなたが暇そうでかわいそうだったからですもの。彼女も友達もいない寂しい休日を、せめて一日くらい薔薇色に変えて差し上げようという博愛精神から来た――そう、この手紙の九十パーセントは博愛精神でできているのですわ!』
「上から目線なのに、この手紙まさかの博愛を謳ってるぞ。偽りの愛にもほどがあるな」
『ちなみに残り十パーセントは何かと考えたところ、特にありませんでした』
「ないのかよ! じゃあ、この手紙の全てが偽りじゃないか!」
『では本題に入ります。
実は今手元にチケットがあるのですけど、仕方がありませんからあなたを荷物持ちとして同行させてあげようと思ってますの。本当に仕方なく、最初に言った通りあなたがあまりにも同情に値するからですわよ? くれぐれも私があなたに好意を持っているなどという、勘違いも甚だしい妄想は止めていただきますわ。本当ですわよ?
べ、別に私が、あなたと一緒に行きたいと思っているわけではないんですからねっ!』
「じゃあ出すなよと俺は言いたい。一体この差出人は何がしたいんだ?」
『詳細を説明して差し上げますから、放課後屋上で待ってなさい。必ず来るように。もしも遅れたら、とても酷いことになりますから。いいですわね? 約束でしてよ!』
一方的に約束を強要したところで手紙は終わった。文章自体は綺麗な手紙用の文章だが、なぜか文面を目で追っていくと、知り合いのお嬢様っぽく響きなぜだろうと思ったが、俺は最後まで読んでそれをはっきりと理解した。
『サクラ・ジュンタ様。
突然のお手紙申し訳ございません。もしお時間があるようでしたら、どうか私の想いを聞いてください。もう、どうしても我慢することができないのです』
「おお。これぞあるべきというくらい見事な出だしだな」
『お願いします。私の――――ご主人様になってください』
「はい、アウトォオオオオオオオオオオオオォオオオオオオオオ!!」
『安心してください。すでに首輪を始めとした、各種調教道具一式は取りそろえてあります。あとはあなたさえ了承していただければ、もう夜な夜なベッドで――』
「スリーアウトチェンジィイイイイ! ゲームセットォ――ッ!!」
『サクラ・ジュンタ様。
突然のお手紙ごめんなさい。でももう我慢できなかったんです。だから思い切って、お手紙を出しました。この手紙の意味、たぶんお分かりいただけると思います』
まともなラブレターが……。
『あなたに伝えたい大切なことがあります。
面と向かって伝えたい。今日の放課後、屋上で待っています。どうか来てください』
まともな……………………まともだ。
・1年Aクラス――リオン
「そこ、寝るな!」
気を取り直して。
「上等ですわ。直接拳を交えることだけが戦いではないと弁えてますもの。先生、準備はよろしくて?」
「――――何を危険なことやっているのでありますかッ!!」
二人の間に落雷が落ちた。
「うぅ、仕方がないこととはいえ、私の愛機を没収されてしまうとは……お母様を悲しませてしまいますわ」
・ 1年Bクラス――クレオメルン
はぁ、と重たい溜息が耳に届く。
その頬は赤くなっていて、言い辛いのではなく言うのが照れくさいということがわかった。
耳まで瞬間的に真っ赤になると、恥ずかしそうに耳と同時に顔を下に向けた。
・ 2年Cクラス――ヤシュー
昼休みにはすでに俺は屋上まで来てスタンバイを完了させていた。放課後ここで繰り広げられる戦いは、かつてない激闘になるだろう。
そんな俺の憂鬱を一撃で晴らし、圧倒的な力量差で地面にひれ伏させたあいつ……ああ、これはまさに恋にも似た殺意。あの日、黒一色に染まったオセロ盤の向こうから笑みと共に向けられた一言はまだ忘れもしない。
拳で交える戦いではない、知略全てを費やしたまさに至高の遊技。この一ヶ月寝る間も惜しんでそこを睨み据えていた。
「そう。オセロは――角を制したものが勝利するッ!!」
これでもう俺の勝ちは決まったも同然。笑いが止まらないぜ。
・二年Bクラス――ジュンタ
授業も終わり放課後が来たことで、俺はいよいよ選択を迫られていた。
そして――ついにそのときはやってきた。
屋上の扉を勢いよく開くと、そこには未だ高い空をバックに、二人の女と一人の男が待っていた。互いに互いを盗み見ては、居心地が悪そうにしている三人だ。
向こうもこちらに気付くと一斉に反応を示す。
え、いや、そのまさか……嘘ぉ…………?
あのあまりにも重たすぎるラブコールの主は――リオン、だったんだ。
残るはリオンだけ。ちょうど陽が落ちる頃合いなのか、徐々に茜色に染まっていく太陽の光に彼女の紅の髪がきらめき、まるで後光のように彩っていた。
彼女は、根っからの首輪趣味なのだ。
・ 2年Bクラス――サネアツ
最高過ぎて笑いが止まらない。